星の王子さまとファシズム。

星の王子さま」に登場するバオバブが、ファシズムの比喩である、という解釈があるのを最近知りました。

ネット上では多くの「星の王子さま」読者が指摘しているように、第二次世界大戦中に発表された同作中でバオバブは「星を壊す」ファシズムの象徴として描かれています。
 
「自称プラントハンターによる「星の王子さま バオバブの苗木」、大炎上により販売中止に」より

https://buzzap.jp/news/20180811-le-petit-prince-baobab2/

 でも、私はファシズム説には懐疑的です。
 
 まず、「バオバブファシズムである説」の根拠を挙げてみましょう。
 
・作者、サン・テグジュペリは、第二次大戦で自由フランス軍の一員として戦った、反ファシズムの闘士である。
・この物語は、「子どもの頃のレオン・ヴェルト」に捧げられている。レオン・ヴェルトは作者の友人で、ユダヤ人であるために当時フランスで身を潜めていた人物である。
・作中、抜くのを怠ったバオバブに占領されてしまった星、で描かれる「3本のバオバブ」は、日独伊の枢軸3ヶ国を表している。

 
 ……つまり作者が言う
「早いうちに芽を摘まないと惑星全体にはびこり、星を破裂させてしまう」
「子どもたちに声を大にして危険を伝えたい」
 バオバブとは、すなわちファシズムのことである……という解釈です。
 
 なるほど魅力的な解釈だとは思うんですけどね……。
 
 でも、私は違う気がします。
 
 理由を幾つか挙げます。
 
1・ファシズムにしては扱いが軽すぎる。
 
 読めばわかりますが、バオバブの話って、「星の王子さま」の最初の方でちょっと登場するだけのエピソードなんですよ。
 
 王子さまは毎朝自分の星を見回るのが日課で、それはおそろしいバオバブの芽が出ていないかを確かめるためでした。
 で、ある時、見慣れない植物が芽を出しているのを見つけました。
 新種のバオバブかもしれない、と思って注意深く見守っていた王子さまは、そこからすばらしく美しい花が咲くのを目の当たりにしたのです……というような話。
 このバラの花こそ、王子さまにとって唯一無二の、愛する相手になるんですけど。
 
 つまり、バオバブは、バラと出会った理由づけに過ぎないのです。
 
 作者は、フランスがナチと講和した後、なおアメリカに亡命してナチと戦った(そして命を落とした)人物です。
 なるほど、反ファシズムの闘士なのは確かでしょう。
 
 だから逆に言って、もし作者が本当にファシズムを意識して書いたなら、バオバブはもっと重要な役割を果たしてなきゃおかしいと思います。
 何しろ、本作のメインテーマは「愛とは何か」であり、バオバブはほとんど物語に出てこないわけですから。
 
2・ファシズムを扱いたいなら他に出すところがある。
 
 第10章からの、王子さまが色々な星を巡り、色々な「大人たち」に出会うところ。
 もし本当に作者があの作品でファシズムを扱いたかったなら、あそこにファシストが……「指導者」とか「将軍」とか「主席」とか「統領」とか「総統」とかそういう名前で……登場してしかるべきだと思います。
 あるいは、ファシストに盲従する大衆が。
 
 しかし実際には、あの一連の話にファシストの「大人」は登場しません。
 「王様」は登場しますが、彼はファシズム的な人物ではありません。
 なにしろ地の文で「とても善良な人」と明記されてるくらいです。
 王子さまから見るとおかしな人ではありますが、他人に無理な命令は出さないのがモットーなわけですから。
 
 実のところ、あの作品でもっともファシズムに近いのは、点灯夫だと思います。
 自転周期が変わって自分の休息時間がなくなったにもかかわらず、「毎日一回ガス灯を点灯・消灯せよ」という指示にひたすら従い続けているわけですから。
 でも彼は、作中で最も好意的に描かれている大人ですからね……。
 
3・バオバブは我々にとって危険な木ではない。
 
 言うまでもなく、バオバブはアフリカには自生していて、特に危険なものではありません。
 作者は、それをアフリカで見たことがあるわけです。
 
 作者は「子どもたち、バオバブに気をつけろ!」と書いていますが、それはあくまで「将来子どもたちが旅に出て、小惑星に迷い込んだら危険だから」と書いています。
 地球ではバオバブは危険ではないのです。
 
 それがファシズムの象徴である、とするのはおかしいでしょう。
 もし本当にファシズムの象徴として何かを描くなら、まだ地球には普遍的でない何か……未知の病原体だかトリフィドだか、そんなようなものとして描いたのではないかと思います。

「Giant Kudzuがいったんはびこってしまったら、それを根絶するのは難しいんだ。
 奴らは逆に、自分たちを邪魔するものをみんな絞め殺し、追い出してしまう」
「子どもたち、Giant Kudzuに気をつけるんだ!」
 ……こういう話ならまあ「ファシズムの象徴」と言っても差し支えないと思うんですけどね。(イルミナティカードが予言だとか陰謀だとかいう妄説に与するわけではありません。念のため)
 
 ブコメ引用。
自称プラントハンターによる「星の王子さま バオバブの苗木」、大炎上により販売中止に | BUZZAP!(バザップ!)

ところで自分がバオバブに親しんだアフリカ人だったら星の王子さま読んで怒る自信がある。

2018/08/12 10:20
 もし本当に「バオバブファシズム」という意図だったら、それはある種のバオバブ差別ですわな……。
 

とはいえ。

 もちろん、バオバブファシズムの隠喩でないとしても、ああいうバオバブの売り方が望ましいとは思いません。
 
 そもそもバオバブって(ネットで調べた限りでは)夏場は日当たりの良い外に出してやらねばならない一方、冬は気温が5度以下になると枯れてしまうという、観葉植物として気軽に育てるにはちょっとハードルの高い植物だと思います。
 ガーデニングだか盆栽だかの経験がある人が買うならともかく、経験のない人に気軽にバンバン売るのは、「ファインディング・ニモ」需要で売れたカクレクマノミとか、「ハリー・ポッター」で売れたフクロウの仔みたいに、かわいそうな末路を辿ることになると思います。
 
 ……でも、あの「プラントハンター」の人って、「世界一のクリスマスツリー」の時には、富山の山中に生えていた樹齢150年のあすなろの木をはるばる神戸まで植え替えたあげく、イベント終了後はバラしてバングルとして売りさばいたわけですからね……。
 キャッチコピーは「輝け、いのちの樹」。
 NHKスペシャルに出てた時は、「植物の生態を把握して、最適な環境で育てるよう配慮するプロ」みたいな扱いだったけど、実のところ植物を延命することにはあんまり興味がないのかも知れない。
 
 あとさあ、あの「小さなバオバブは旅に出た」で始まる中学生のポエムみたいな文章、あれまさか「星の王子さま」をイメージしてるわけじゃないですよね?
 どう考えても文体が別物なんですけど。
 

ところで。個人的な感想文。

 私、「星の王子さま」が児童文学だとはあんまり思えないんですよね……。
 
 私自身は小学生の時に初めて本作を読んだんですが、正直言ってよく意味がわからなかった。
 
 言葉の意味が難しいとかではなくて、
「なんでこんなに子どもを持ち上げるんだろう? そして大人を悪く言うんだろう?」
 というのが理解できなかったのです。
 
 あの「大蛇のスケッチ」、小学生の私だって「あー、これは帽子にしか見えないね」と思いましたもの。

 作者もその辺は巧妙で、
「大人たちに見せても、みんな『それは帽子だ』と言う」
 ……とは書いていますが、
「子どもに見せると『大蛇だ!』と言う」
 とは書いてないんですよね。
 
 だから、あれを一目見て「大蛇だ」と見抜いた唯一の人である王子さまは、感性が子どもなのではなくて、何か特殊能力を持った人なのだろう、としか思えませんでした。
 絵に描いた箱の中にヤギが見えることも含めて。
 
 そして、王子さまは、「王様」やら「のんべえ」やらに出会うたび、「大人っておかしいなあ」と言うわけですが、なにしろサンプルが偏っている。
 少数のサンプルで大人全体について語るのは差別であり政治的に正しくないと思います。
 
 ……というのは冗談にしても、何しろ子どものころの私が知っている「大人」と言えば、まず両親であり、それから先生です。
 
 どの人も王様ではないし、ビジネスマンでもないし(父は公務員なので)、地理学者でも点灯夫でもなく、ありがたいことにアル中でもなく、うぬぼれ屋でも(たぶん)なかったのです。
 だから王子さまが「大人って……」と言うたびに、「えー?」って感じでした。
 
 中学生になって再読して、ようやく作者の言わんとすることがわかったのですが、それによって
「ああ、自分はもう純粋な『子ども』ではなくなったんだなあ……」
 というささやかな悲しみを覚えました。
 
 あの本で書かれている「子ども」というのは実際の子どもではなく、大人が懐かしむ、センチメンタリズムとしての「子ども」なんですよね。
 そこに共感できる人間はもう子どもではない。
 
 だから私は、「人間はいつ大人になるのか」と問われたら、「『星の王子さま』が理解できるようになったら大人」と答えることにしています。