「天気の子」も「オメラスから歩み去る人々」も名作だ、という話。

 見てきました天気の子。
 事前にあらすじは知っていて、あまり期待はしていませんでした。
 なんか、セカイ系エロゲー文脈だとか言われてて、
togetter.com
 正直そっち方面の教養はないし、「万人受けを捨てた賛否両論映画」とか言われていたので。
 
 そしたらすごく良かった。
 見ながら2回くらい涙してしまった。
 
 ……なお、一緒に見た奧さんは
「マジで? 私は途中から『うわー駄作映画を見てしまった……』って思いながら見てた」
 だそうです。*1
 
 賛否両論ですね!
 
 そんなわけで、個人的な感想を、とある古いSF(……なのか?)と絡めて書いておきます。
(どっちも全力でネタバレします)
 

「オメラスから歩み去る人々」

 「オメラスから歩み去る人々」は、アメリカのSF作家、アーシュラ・クローバー・ル=グウィンが書いた短編小説です。(ヒューゴー賞受賞作品)
 
(ここから作品紹介をするので同作を読んだことがある人は読み飛ばしてください)
 
**ここから**
 
 ル・グィンは、SFとしては「闇の左手」が有名ですが、たぶん作品としてはファンタジーである「ゲド戦記」が一番有名かも知れない。……ジブリ映画にもなったし。*2
 
 「オメラスから歩み去る人々」も、どっちかというとファンタジー作品です。
 
 あらすじを説明しますけど、文庫本で16ページしかない短編だからみんな読んで!*3

風の十二方位 (ハヤカワ文庫 SF 399)

風の十二方位 (ハヤカワ文庫 SF 399)

 作品は、「オメラス」という架空の都市の情景を描きます。
 
 オメラスはある種の牧歌的理想郷です。
 古く美しい街並みに、穏やかな気候、明るく、そして思慮深い人々。
 身分の上下はなく、芸術や学問も高みに達しています。
 
 さりとて、オメラスはいわゆる反テクノロジー的な、あるいは禁欲的な「天国」ではありません。
 高速鉄道や、あるいは洗濯機の類もあるかも知れないし(そこは読者の想像に任せる、と作者は語ります)、読者が望むなら、性宴(オージー)や、習慣性のないドラッグ「ドルーズ」を付け加えても良い、とされています。
 
 ともあれ、<夏の祝祭>を前に、郊外の草原で草競馬の騎手になる子どもたちの緊張と高揚、大樹の下で横笛を吹くことに熱中している少年、そしてそれをあたたかく見つめる大人たちの姿が描かれます。
 
 それで?
 
 かくも完璧な理想郷であるオメラスですが、実はこれは、ある契約にもとづいたものなのです。(このへんがややファンタジー要素)
 
 それが何者との契約なのかは語られませんが、人々の幸福の代償に、オメラスのとある建物の地下室には、がりがりにやせた一人の子どもが閉じ込められています。
 
 部屋には窓もなければトイレもなく、子どもはしょっちゅう排泄物の上に座るので、尻やふとももは腫れて膿みただれています。
 子どもは大体ぼんやりと座って、鼻をほじったり、陰部をいじったりしていますが、自分の両親や、外の生活のことも知っているので、時には
「おとなしくするから、ここから出してちょうだい!」
 と叫ぶのですが、誰もそれに答える者はいません……この子どもに優しい言葉一つかけてはならない、さもないと、オメラスの幸福は全て失われる、というのが「契約」だからです。
 
 オメラスの住人は、物事が理解できる頃になると皆このことを知らされます。
 最初は誰もがショックを受けるのですが、やがて、その現実を受け入れるようになります。
 
「あの子は長い地下生活で知的に遅れているから、助け出してやったところで、与えられた自由や文化の幸福を大して理解できないだろう」
「外に出たところで、やはりみじめな気持ちでいることは変わらないに違いない」
「あの子一人の幸福と、この街の何万人もの幸福を引き替えにすることはできない」
 
 このようにして、オメラスの人々は自分を納得させるのです。
 
 ……しかし、時には、そうでない人もいます。
 
 若者が、あるいは、もう何十年もオメラスで過ごした大人が、黙って思い悩んだ後、ふっと姿を消すのです。
 彼らは夜明け前に街を出て、どこかへと歩み去ります。
 その行き先がどこであるかはわからない、と作者は言います。「しかし、彼らは自らの行先を心得ているらしいのだ。彼ら―オメラスから歩み去る人びとは」
 
**ここまで**
 

オメラスに住む私たち。

 ……もちろん、ル・グィンが描きたかったのは、架空の理想郷ではありません。
 私たちの住むこの世界なのです。
 
「天気の子」で、圭介社長は言います。(小説版)
 
「人柱一人で狂った天気が元に戻るんなら、俺は歓迎だけどね。
 俺だけじゃない、本当はお前だってそうだろ?
 ていうか皆そうなんだよ。誰かがなにかの犠牲になって、それで回っていくのが社会ってもんだ。
 損な役割を背負っちまう人間は、いつでも必ずいるんだよ。普段は見えてないだけでさ」
 
 私たちの社会は、オメラスのように素晴らしい理想郷ではありません。
 
 しかしそれでも、その豊かさ、便利さを支えるために、どこかで多くの人が犠牲になっている。
 
 それを
「仕方ないんだよ。世の中そういうものだよ。どうしようもないんだよ」
「哀れな彼らを救うために、私たちみんなの幸福を犠牲にすることはできないよ」
 等々と受け入れるのか? ということを、ル・グィンは問うたのです。
(ほとんどの人は受け入れているよね、と言いたかったのかも知れない)
 
 そのことは、「オメラス」の作者解説や、その次に掲載されている「革命前夜」で明らかです。
 作者は、「革命前夜」の主人公である年老いた革命家、タヴィリを「オメラスから歩み去った人々のうちの一人」と述べていますが、両作品が同じ世界にないことはほとんど確実なので。
 

歩み去らない、ということ。

 ただ、ル・グィンの言わんとすることはわかるものの、昔、高校時代に「オメラス」を読んだ時から、どうしてもひっかかることがありました。
「あの子はどうするの?」ということです。
 
 オメラスから歩み去る人々の志は高潔かも知れないし、故郷を現状のままにしていくのはおそらく抑制的な態度なのかも知れない。
 あの子を助け出した結果オメラスに巻き起こるスペクタクルを描くのは、ル・グィンがやりたいことではなかったのでしょう。でも……あの子はどうなるの?
 
 そう考えた時、「天気の子」は、まさに「あの子」を救う物語だったと思います。
 
 みんなの幸せのために、犠牲になろうとする天気の巫女。
 それを救い出した結果、豊かで便利な東京は水の底に沈みます。
 
 でも、それで世界が滅びるわけではない。
 
 水没した山手線の上には水上バスが走り、テレビの天気予報は雨の止まない東京で「どれくらい強い雨が降るか」を語り続けます。
 世界の形は変わってしまったけれど、それでも、新しい世界に人々はなんとか適応して生きていくのです。
 
 だから、オメラスから歩み去った人々も、歩み去る前に、あの子を地下室から救い出しても良かったのです……おそらく。
 
 もちろん、「オメラス」と「天気の子」は全然違う作品です。
 オメラスから歩み去った人々が、(おそらく作者と同じように)より良い社会を築きたい、という思いを抱いているのに対して、「天気の子」の帆高は、別段社会に対する何の考えもなく、たぶん世界を変えてしまうことへの覚悟もなく、「ただもう一度あの人に会いたいだけ」です。
 でも、それでいいのだと思います。
 オメラスから歩み去った人、例えば革命家タヴィリの思いが高潔なものだったのは確かでしょうけれど、動機が「愛にできること」だってやっぱり尊い
 むしろ、個人の愛を否定してしまったら、社会改良に意味があるでしょうか?
 

以下余談。

私「……それで、どの辺りが気に入りませんでしたか」
妻「私は別に、子どもがチンピラに殴られたり、銃を撃ったりする映画を大画面で見たいわけではなかった」
私「ああ……」
妻「映像は綺麗だったけど……。私は前情報を全然知らないで見たけど、CMとかポスターで見せてる雰囲気と、映画の内容がだいぶ違うと思う」
 
妻「そもそも、あんな子どもが風俗に勧誘されるとか、暴力とか、よろしくないと思う。教育者としてどうですか」
私「ええ……。でも、実際『プチ家出』とかで繁華街に出てきた未成年が危険な目に遭ったり、そのまま悪い世界に引き込まれてしまう現実はあると聞くので。
 島からのこのこ出てきた主人公が、親切な人に出会ってそのままスムーズに東京暮らし……みたいな脳天気な展開になったら、それこそマズいのでは」
 
私「カップラーメンとか、実在の商品が大量に出てきてたけど、あれはみんなタイアップなのかなあ……。『ムー』は『書く方も読む方もウソだとわかってる』扱いだったし、Yahoo!知恵袋は『役に立つ回答が絶対に返ってこないサービス』扱いだったし、バニラトラックも『怖い世界の入り口』扱いだったし……」
妻「バニラトラック?」
私「なんでもないです」(ウチは田舎なので走っていません。私もYouTubeでしか見たことがない)
 
妻「『天気の巫女』というのはいわば神聖な存在なのであって、その力をお金もうけに使う、という発想はどうなのかなあ、と思った」
私「うーん…神話伝説的な存在が現代世界に登場したら、という仮定としてwebサービスの形にしたのは面白かったのでは……?
 ある意味では、より現代的になった『魔女の宅急便』なんじゃないかな。
 もちろん、あれは決して『いいこと』ではなくて、だからこそ代償を支払うことになる、という話だったのでは」
 
私「主人公は警察に捕まるし、社長も警察に捕まるし、センパイは補導されて夏美さんもたぶん警察に捕まってるんだけど、結局みんなめでたしめでたしで良かった。
 なんか会社は大きくなってるし、夏美さんはたぶん就職できたみたいだし。
 警察に捕まっても社会復帰することはできるんだよ、という希望があった。
 社長が警察を殴ったせいで娘さんに会えなくなったりしたらさすがに後味悪かった」
妻「この映画を『めでたしめでたし』と言っていいのかなあ……」
 
妻「なんか、前作『君の名は。』で万人受けする映画を作ってしまった監督が、
 『オレはそんなお行儀のいい映画ばかり作る人間じゃないぜ!』
 って、ことさらに露悪的な表現に走ってしまったように感じる。
 前作に怒った人の方ばかり向いて、前作を好きだった人を忘れているのでは」
私「私は『君の名は。』も『天気の子』もどっちも良かったと思うから、そう言われてもよくわからない。前作とジャンルが違うのは感じるけど」
 
私「そういえば、あのチンピラ、終盤の快晴になるシーンでちらっと出てたね」
妻「赤ちゃんだっこして、奥さんと一緒にいるカットね」
私「帆高を殴ったりするシーンでは、正直こんな奴車にでも轢かれたらいいのに、と思ってたんだけど、あれを見て、ああ、こんなクズ野郎でも妻と子がいて、車に轢かれたら困る人がいるんだなあ、と……」
妻「そんなに奧さんと子どもが大事ならもっとまともな職を探して欲しいです」
私「ごもっとも」
 
 ……まあ、「前作みたいなのを期待していたら違った」「CMやポスターのイメージと中身が違う」というのが、賛否両論の理由なのかなあ、と思いました。

*1:「でも気にはなってたし、話題作を一緒に見られて良かったにゃー」だそうです。 隙あらばのろけていくスタイル。

*2:ご存じの方も多いでしょうが、ル・グィンはあの映画に 「よくも登場人物を白人にしやがったな!」 「魔法の剣で悪い影を切ってめでたしめでたし、というのは作品のテーマが全然違うだろ!」 と激怒していた。

*3:短編集「風の十二方位」所収。作者解説を入れても19ページ、次の「革命前夜」を入れても42ページしかないよ!

スキュモーフィズム定規

 さて皆さん。
 突然ですが、下の写真の物差しは、本校の小学校2年生が使っているものです。*1
 

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 皆さんは見たことがありますか? あるはずですね?
 それで、この物差しが何でできているかわかりますか?
 
 木? 竹?
 
 ……いやだなあ、そんなものでできてるわけがないじゃありませんか。
 昭和じゃあるまいし。
 
 この物差しは、もちろん、プラスチックでできています。
 端のところを拡大するとわかりやすいですかね?
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 透明なプラスチックで、裏面……つまり机やノートに接する部分に、目盛りと、茶色い塗料が塗ってあるのです。
 
 竹の物差しなんて、使っているうちに反るし、手にトゲが刺さったりしますから、子ども向きではないですよね!
  
 ……プラスチックならどんなデザインにもできるのに、なんでこんな古風なデザインなのか?
 
 ……教科書を見てください。
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東京書籍「新しい算数」2年上
 
 これ、現役小学生が使ってる教科書ですからね?
 タイトルは「新しい算数」ですからね?
 
 ……つまりですね。
 
 その昔、物差しと言えば竹、というのが常識だった時代に、算数の教科書が作られました。
 その後、プラスチックが登場して、社会にも、子どもたちの文房具にも、便利なプラスチックが普及しました。
 そしてその間、教科書は何度も何度も改訂されました。 
 
 にもかかわらず、教科書に載っている「ものさし」は、このデザインのまま残っちゃったわけです。
 
 それで、今度は教材会社が、教科書に合わせて、わざわざ「竹の物差しそっくりなプラスチック物差し」を開発したわけですよ。
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教科書の拡大
 よく見ると、教科書には「竹のものさし」って書いてある。
 
 昭和じゃないんだから……!
 
 私が10年くらい前に勤務していた学校では、2年生がこの「長さ」の勉強をするのに合わせて、まさに竹の物差しを購入していたんですけどね。
 便利な時代に……なってないだろ!
 
 何が変かって、子どもたち、普通の物差しはちゃんと持ってるんですよ。
 でも、教科書で扱う「ものさし」がこれなので、それに合わせて、別にこのヘンテコな物差しを買わねばならないのです。
 
 そして、この「竹みたいな物差し」が、2年生にとって使いやすいか、というと、全然そうではありません。
 何しろ、目盛りに数字が書いてないので。
 
 もちろん、大人であれば
「同心円のマークが書いてあるのが10cmごとで、その中間の黒丸が5cmの印」
 というのはすぐわかりますが、これが2年生には難しい。
 特に、学力が下位の子には。
 ただでさえ、cmとmmの2つの単位を扱わねばならず、頭がこんがらがる子が続出するのに。
 
 2年生を担任して、長さを測る問題がわからなくて答えがめちゃくちゃになっている子に、
「この茶色い物差しじゃなくて、筆箱に入ってる方の物差しではかってごらん」
 って言うと正確に測れる、みたいなことを何度も経験しました。
 
 もちろん、かつて、世の中でも竹の物差しが一般的で、それが使えなければ長さが測れない、という時代には、この教科書のように教えるのは非常に実践的だっただろうと思います。
 しかし現代では、こんな目盛りの振ってない物差しをわざわざ買ってまでやらせる意味がない。
 
 そりゃまあ、一部の業界とかでは今でもこういう物差しが使われているでしょうけれど、そんなのその時に読めればいいんですよ。
 
 時計だって、世の中には文字盤に数字のない時計もあるけど、初めて時計の読み方を教わる子どもにそんなの使って教えないでしょう。
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文字盤に数字がない、金色の懐中時計のイラストです。
 
 ムダなことをやっているなあ……というか。
 子どもたちに不必要な苦労を押しつけているなあ、と。
 
 文科省も教科書会社も、タブレットだとかプログラミング教育とか言う前にこういう地道なところを現代化して欲しいなあ、と思うことなのでした。
 

*1:私が今勤務している学校でも、異動する前にいた学校でも、その前の学校でもこれを使っていました。

「生い立ちの授業」の話。

 昨年度は2年生を担当していました。
 
 で、年度末ごろ、生活科で「生い立ちの授業」……つまり、生まれてから今までの自分の成長を、保護者に聞いて振り返る、という学習をしました。
 そして、その発表会を、年度末の授業参観でやるという計画。
 
 いや、これとか「1/2成人式」とかって、世間では
「センシティブな個人情報に必要以上に学校が立ち入りすぎではないか」
「被虐待児童や離婚家庭などへの配慮がない」
 といった批判があるのは承知しています。
 
 とりわけ、はてな界隈では
「学校は授業だけやってればいいのに余計なことするな」
 とか蛇蝎の如く忌み嫌われている授業です。
 
はてブの反応の例(どっちも主題は1/2成人式だけど)
[B! hatena-bookmark] 考え直してほしい「2分の1成人式」――家族の多様化、被虐待児のケアに逆行する学校行事が大流行(内田良) - 個人 - Yahoo!ニュース
[B! hatena-bookmark] 「名前の由来」「昔の写真」必要か? 2分の1成人式(内田良) - 個人 - Yahoo!ニュース
 
 でも、生活科の教科書に載ってるんだから担任の判断で勝手に省略できないじゃないですか……。
 
 で、保護者に、これまでのエピソードを子どもたちに教えてくれるようお願いしたり。
 入学以前の写真を用意してくれるようお願いしたり。
 子どもたちにエピソードをいくつか選ばせて原稿を書かせたり。
 原稿にあった写真をスキャンしたり。
 写真がない場面については絵を描かせてそれをスキャンしたり。
 
 正直すごいめんどくさいので担任としても二度とやりたくない気持ちでいっぱい。
 写真はスキャンしたらすぐ返すけど、万一汚損したら……とか思うと気が気じゃないし。*1
 
「お母さんへのお礼の手紙」とかはやりませんでした。
 片親とか再婚とかの家庭がないらしいことはわかっていましたが、お母さんへの手紙を書いてお父さんが参観に来たら気まずいし。
 
 それに、手紙を書くとしたら授業の最後に渡すことになるわけですが、保護者はそれまで教室にいないんじゃないかな、と思ったので。
 
 というのも、子どもたちの発表って、
 
「ぼくは生まれる前、お母さんのおなかを元気にけとばしていたそうです」
「わたしが生まれた時、お父さんとお母さんとお兄ちゃんはとてもよろこんだそうです」
「1才の時、つかまり立ちをしました。どこへでも行ってしまってお母さんはたいへんだったそうです」
「年長さんの時、はじめてなわとびができました。おかあさんにほめてもらって、とてもうれしかったです」
「3年生になったら、字がていねいで、かきゅうせいにやさしい3年生になりたいです」
 
 ……みたいな話を、スライド(写真or本人の描いた絵)とともに発表する……という内容。
 
 一応は全員違う内容だとはいえ、そんなに劇的に違いがあるはずもなく。
 似たり寄ったりな話を30人くらいぶっつづけで延々聞かされるという……。
 
 自分で授業参観にぶつけておいてなんですが、ものすげー退屈な内容なのですよ。
 
 だから、保護者には事前に
「出席番号順に発表します。時間は1人あたり2分弱です」
 と連絡しておき、自分のお子さんの発表だけ見られるように配慮しておきました。
 
 第一、他の学年に兄弟姉妹がいる場合、そちらの授業も見に行かねばなりません。
 何分頃に見に来ればいいのか伝えておくのは大切なことです。
 
 ……という計画だったのですが。
 
 いざ子どもたちの発表が始まってみると、保護者の真剣さたるや。
 もちろん、兄弟姉妹関係で途中離席する保護者もいたのですが、ほとんどの方が、自分のお子さんの発表が終わってからも食い入るように発表を見ておいでで。
 教室後方に用意した保護者席はほぼ満席。
 
「どういうことなの……」
 
 そして、授業後に回収されたアンケートはわりと絶賛の嵐。
 
「子どもたちの成長をあらためて感じる素晴らしい授業でした」
 いや担任はほとんど眺めてるだけの『授業』でしたけど。

「今は毎日の慌ただしさに追われていますが、毎日が笑顔だったあの頃を久しぶりに思い出しました」
 大丈夫ですかお母さん。
 
「最後の先生のお話は、まさに私が言いたかったことを言ってくださった、という思いでした。*2
 みんなにその気持ちがあれば、いじめなどなくなると思います」
 その、いじめが「起きない」じゃなくて「なくなる」って言い方はどういう……。
 
「話す順番でない子も仕事があるなど、工夫されていて良かったです」
 『仕事』って言っても、発表待ちの子は自分の前に発表する子のスライド係をやる、ってだけなんですけど……。
 PCのカーソルキーを押すだけの簡単なお仕事。
 担任は当日は全体を見ていたいし、それに、担任がスライドをミスるのは失策だけど、2年生がミスっても微笑ましく見ていただけるので……。
 
 まあ、もちろん、アンケートを提出されない保護者の方が多いので、不満がないのかどうかはわかりませんが。
 しかし、少なくとも苦情めいたアンケートは一件もなく。
 
「退屈なんじゃないか」
「人権的にどうなのか」
 などという不安があったにもかかわらず、結果的には、過去何十回かやった授業参観の中でも特に好評だったという……。 
 
 結局、同じ発表であっても、子どもがいない私が見るのと、実際にそのお子さんを産み育てた保護者の方が見るのでは、全く違った感慨があるのでしょう。
 今回はたまたまそれが良い方向に働いたとはいえ、保護者の目線でものを見るのは難しいことだな、とつくづく思いました。
 
 そして、はてなーの一人を自認する私としては複雑な思いですが、子どもの個人情報……特に、家庭環境や生育歴といった情報は学校からは切り離すのが望ましい、というはてな的価値観は、保護者間では必ずしも一般的なものではないのだ、と感じた次第でした。
 

余談

 
A児「ねえ先生、お母さんのおなかの中の絵って、何色でぬればいいの?」
担任「うーん……。覚えてないの?」
A児「ないよ!」
担任「まあ、赤とかオレンジとかピンクとか、そのへんの好きな色で塗ればいいんじゃないかな?」

f:id:filinion:20190623010118j:plain:w550
*これは実際の子どもの絵ではなく、筆者が描いた絵に自動着色ツールを使ったもの
 
担任「……で、君の……その絵は何の絵?」
 
f:id:filinion:20190623010729j:plain:w550
 
B児「おなかの中にいた時の絵!」
担任「そう……。じゃあ、何か色を塗った方がいいんじゃないかな?」
B児「塗らない」
担任「いや……でも……」
B児「これ、ちょうおんぱの絵だから」
担任「……ああー!」
 
 ちなみに、「今までの様子がわかる写真」というお願いに、超音波エコーの写真を持たせてくださった保護者もいました。
 
担任「じゃあ、お話しする台本に、『これは、ちょうおんぱでおなかの中を見た時の絵です』って書いておこうね。
 ……でないと、見た人びっくりすると思うから」
 

*1:できればデータで欲しい、とお願いしたんですけど、ほとんどの家は物理写真でした。

*2:『みんな、自分が生まれる前、生まれた時、お家の人がとっても喜んでくれた、大切にしてくれたことがわかりましたね。
 そして、お友達もみんなそういう話をしていたよね。
 だから、みんなは、自分も、友達も、みんなお家の人にとっては大切な宝物なんだよ。
 だから、自分のことも、お友達のことも大切にしてくださいね』
 という……まあ普通の話だよね?

学校での心付けの話。

 全くの思い出話なんですけど、昔は、遠足とかでお世話になるバスの運転手さんに、「寸志」って書いたのし袋を渡していた気がします。
 私が産休補助として働いていた頃……もう二十年近く前ですけど。
 
 正規職員ではないので、
「学年主任が何かやってる」
 くらいの感覚でしたが、考えてみればあれってチップを渡していたわけですね。
 
 なんか、ここ数日の、キモチップがどうとか心付けがどうとかいう話で唐突に思い出しました。
 
 しかし、自分が正規採用の教員になってからは、そういう光景を目にしたことはないし、自分の学級でお金を出したことも、「出した方がいいよね」という話を聞いたこともないです。
 バス会社に支払う費用は、事前に見積もりをとって、後日会社から請求された分だけです。
 
 公立学校の遠足だから、必要な費用は保護者から集金して、決算は教育委員会に報告するわけですけど、当時、運転手さんへのチップってどう処理されていたんだろう……?
 
 今でもやってる地域もあるんでしょうかね……?
 

保護者と感覚が違うなあ、と思った話。

 本校……じゃなかった、私が昨年度まで勤務していた学校では、始業式に、各学年の代表者が、新しい学年でのめあてを作文で発表することになっています。
 
 始業式……つまり、新学年の最初の日に読むわけですから、年度末に子どもたちが作文を書き、代表者を選ぶところまでは担任ができますが、その後、春休み中に練習し、当日作文を持って来るのは本人任せになります。
 
 なんだかんだあって作文が一応できあがって代表が決まった後、練習用の原稿を家に持たせて、保護者に連絡。
 
「……というわけで、お子さんが学年代表になりました。
 原稿は持ち帰っていると思いますので、おうちで練習させてあげてください。
 教室で練習した時はとても上手に読めましたけれど、春休み中に忘れてしまうといけないですし」
 
 すると保護者の方が、
 
「それで、持ち帰った原稿はどうしたらいいですか?」
「え? それは差し上げますのでどうぞ家で持っていてください。
 当日は、台紙……と言っても色画用紙ですけど、それに貼って装丁したものを読みます。
 それも……たぶん記念に持ち帰ることになるんじゃないですかね。その時の担任の考え次第ですけれど」
「まあ! あんなきれいにしたのをもらっちゃっていいんですか?」
「えっ?」
 
 ……えー、その持ち帰った「原稿」というのはですね。私がパソコンで打ったやつなんです。
 
 いえ、もちろん、元々の作文は子ども本人が書いたんですけど……(その「元の作文」も持ち帰ってるんですけど)。
 
 ただ、
 
「ぼくが2年生できるようになったことは、プールで25メートルおよげました」

「ぼくが2年生でできるようになったことは、プールで25メートルおよげるようになったことです」
 
 のように、担任が若干手直ししてしまっていたり。
 
 いやその、国語教育上、そういうのはもちろん本来は子ども自身が書き直すべきものなんですけれど……(もにょもにょ)
 
 しかし、年度末で時間がなかったことでもありますし。
 それに、紙媒体だと年度末の人事異動や教室移動に紛れて紛失しないとも限りませんので、データにしておいた方が安心ということもあり……。
 加えて、正直なところ、子ども自身も、自分が書いた字よりパソコンで印刷した字の方がスムーズに読めるという……。
 
 ………………と、いうように、担任としては、
 
「子どもが自分で書いた作文→尊い
「大人がパソコンで打ち直した作文→手抜き」
 
 という認識が「常識」として染みついていたのですが。
 
 ところが件の保護者の視点では
 
「子どもの作文を担任がパソコンで打ち直した原稿」→「きれいにしてもらった」
 
 という認識だったようで……。
 
 こう……絵を額装してもらったとか、手書き原稿をオフセット印刷に製本してもらったとか、そういう感覚なんでしょうか。
 確かに、「子どもが書いた作文」と「子どもが作った作文に担任が一手間かけた原稿」と考えると、そっちの方が手間がかかってるように見えるのかな、などと思い直しました。
 しかし正直……子ども自身に清書させると、担任がパソコンで打つより10倍くらい時間がかかるので……。
 
 ……今まで、社会科見学とかでお世話になった時には、子どもがつたない字で書いた「お礼の手紙」を送ってきましたけど、あれってちゃんと気持ちが伝わってるんだろうか、とちょっと思いました。

異動のお知らせ。

 まあ、何しろ今の学校に8年もいましたので、異動自体は驚きではないです。
 
 ただ、今いるA小学校は、市内で一番の小規模校。
 で、今回発表になった異動先は、市内で一番大きいG小学校。
 
「ひえっ……」
 
 小規模校も大規模校も同じ小学校ではありますが、仕事の進め方も違えば子どもたちの様子も色々と違います。
 当市の場合、おおむね小規模校の方がのどかな雰囲気。
 
 市内で一番のどかな学校から、一番……ええと……現代的課題を抱えた学校に異動になるわけです。
 
 内示が発表になると、今までお世話になったY先生が
「びっくりだね! G小学校! てっきりB小学校とかかと思ってたよ!」(B小は市内2番目の小規模校)
「私も内々示を聞いた時はそう思ってましたよ……」
 
 帰宅して卒論ちゃん(最愛の妻)に伝えると、
 
「ええーっ!? G小学校だけはないと思ってたのに……。B小学校かと思ってた。今の教育長は配慮が足りないんだよ!」
「いやまあ……他の先生とか学校の構成とかとの兼ね合いもあるんでしょうし、私にばかり配慮してもいられないのでは……」
 
 まあその、私は以前、隣市の僻地校から、当市のF小学校(2番目の大規模校)に異動になり、その年度中に鬱を患って休職してしまった過去があって。
 それもかれこれ10年前のことではありますが。
 しかし、その10年のうち8年間はA小学校にいたわけでもあります。
 
「10年も経ったんだからもう大丈夫だろう」
 という話なのかも知れませんが、それでいきなり児童数が4倍の学校に行くとか、経歴をさておいてもちょっと心配です。
 
「死ぬ前にお仕事休むんだよ? 万一そういうことになっても私は全然気にしないから。休職期間中も共済組合からある程度お金はもらえるし。ダーリンが毎日家にいてご飯作ってくれたらそれはそれで安心だから」
 
 すでに私がメンタルを病む前提で話している卒論ちゃん。
 ちなみに奧さんは学校教育課にいた経験もあるし、今は市立美術館勤務で校外学習の受け入れもしているので、各学校の子どもたちの様子とかある程度知っているのです。
 
「まあ、異動先の校長も、履歴書は読むだろうし、いきなりハードな学級を持たされたりしないとは思うんだけど」
「むしろ、担任なしで個別支援専門とかでもいいかも知れない」
「それはさすがにないんじゃないかな……」
 
 というわけで、例年以上に不安な年度末となりましたが、まあその、なんとか無事に乗り切りたいものだと思っています。
 

アイドルマスター(デレステ)の政治的正しさについて。(あと、ガールズインフロンティアすごくいい)

 しばらく前からスマホゲーム「アイドルマスター シンデレラガールズ スターライトステージ」をやっています。 
 
 長い。以下「デレステ」とします。
 
 アイドル育成ゲーム「アイドルマスター」シリーズの一作で、ゲームの基本的な内容はリズムゲーム音ゲー)です。
 
 ……しかし、はてなにいると、
「これって要するにギャルゲーでしょ? 未成年女性の性的消費では? ジェンダー的価値観の強化にあたらない? フェミニズムの観点からどうなの?」
 
 ……といったことを自問してしまいます。
 フェミニズムを系統的に勉強したことはないけれど、影響されてはいる私……。
 
 それでも本作が好きなので、その良いところ、それでも問題だと思うところを挙げてみようと思います。
 
*なお、私は「デレステ」以外の作品はアイマスシリーズも他のスマホゲームもほとんど知らないし、本作についてもよく知らないキャラクターとか大勢いるので、トンチンカンなことを書いていたらどうぞ教えてください。

f:id:filinion:20190310181233p:plain:w350
まだこのくらいのレベル。
*記事中の画像は、断りがない限り全て「アイドルマスター シンデレラガールズ スターライトステージ」のものです。
 

良いところ。

 

  • キャラクターがかわいい。

 ……どのキャラクターもかわいい。好感が持てる。
「そのようにデザインされてるんだから当然では?」
 という話なんですけども……。
(そして、それはかえってフェミニズムの人を激昂させそうでもあるのですけど)
 
 でもまあ、本作の魅力としてはそれを第一に挙げざるを得ない。
 
 ちなみにウチの奥さんに一番似てるのは前川みくさんだと思います。ウチの奥さんも語尾がにゃーにゃー言うし(誰も聞いてない)。
 

 個々のキャラクターに、「コミュ」と呼ばれるある程度のストーリーが用意されています。
 
 本作の登場人物は、いずれも大変個性的です。
 元警察官であるとか、腐女子であるとか、女子高生で起業家であるとか、ネグレクトの疑いのある幼児であるとか、ドバイからの経済難民であるとか。
 
 そんな彼女らが一様にアイドルを目指し、ファンを獲得していくわけですが……。
 その過程で、彼女ら一人一人の個性が活かされ、個人的な願いもきちんと成就する、という物語になっています。
 
「『かわいいアイドル』になるために、これまでやってきた空手の道を捨てる必要はない。それはむしろ魅力として活きるのだ」……という、空手家・中野有香の物語とか。
 
 神崎蘭子中二病)と、白坂小梅(ホラー映画大好き)が意気投合するストーリーコミュとか非常に印象的でした。

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一人で物語の世界に浸っている子どもだった蘭子さん。
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すごくよくわかる小梅さん。
非コミュにシンパシーを抱く筆者)
 
*画像はクリックすると拡大されるみたいです。
 
 歌い手に合わせて歌が作られたりする世界なので、歌い手について知らないと、歌詞が部分的に意味不明だったりする例も。*1
 
 あまりにも個性が強くて、「普通」の社会ではやっていけそうもない子たちが、ありのままでちゃんとアイドルとして活躍していく姿を見ていると、
346プロダクションって、発達障害者の支援機関としても優秀なのでは?」
 
 ……なんて言うと、発達障害はこんな甘いものじゃない!」とか叱られるかも知れませんが。
 
 でも、諸星きらりのご両親とか、我が子のデビュー……というか就職が決まった時、すごく喜んだろうし、安心したと思うのですよ……。
(いや、決してそんなキャラクターばかりではありませんけれども。「前職は会社員」「元アナウンサー」とかいう人たちもいるし)
 
 前川みくについても、当初
ネコミミで語尾がにゃーにゃー言うアイドルとか、媚び媚びじゃねえか……」
 と思ったのですが。
 しかし、ストーリーを追っていくと、その「猫アイドル」こそが本人の考えるアイドルの理想型であり、それを貫くために前の事務所を飛び出してきたこと、事務所内でもとりわけファン思いでプロ意識の高いアイドルであることが明らかになってくるというですね……。
 
 ……とはいえ、現実の芸能界が、このような、個人の個性が活かされる幸福な場所なのかどうかについては、わりと強い疑いを抱いてはいます。
 
 というか、現実の労働全体が、そんな幸福なものではないかも知れない。
 しかし、だからこそ……
デレマスというアニメを見て驚いた

アイマス世界では、学生アイドルはちゃんと学校に行き、薬物も枕営業もストーカー被害もない。現実の芸能活動…ひいては労働全般が、アイマスのように心身ともに健康的で自己実現に繋がるものならいいのに、と常々。

2016/06/19 08:41

 
 ちょっと話が逸れますが、イベント曲「Spring Screaming」のMVについて。
 この曲、夜の学校の校庭で3人が踊る……のですけど、よく見ると、完全な深夜ではなく、まだ少し空が明るいのがわかります。
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一番左が龍崎薫
 これたぶん、労働基準法の関係ではないかと思っています。
 この曲を歌う「龍崎薫」は設定上まだ9歳なので、撮影が20時を超えないようにしている、という表現なのではないかと。
 
 ……まあ、昨今では、現実の子役の労働基準の方がユルユルになっているという話ではありますが。働き方改革
労基法は子役を守ってくれない? 児童労働の規制緩和が進行中(今野晴貴) - 個人 - Yahoo!ニュース
 
 あと、細かいけど本作のいいところとして、過去何度かUIの改善があって、その都度確実に使いやすくなっているのはすごいと思います。
 
 ゲームとはいえ、インターフェイスが変わるたびに炎上するどこかのソーシャルブックマークサービスとかどこかの動画サイトとはわけが違う……。
 

良くないところ。

 
 ……まあ、絶賛してきたわけですけど、それでも「これはなあ……」と思うところはあります。
 

  • 女性が受動的である。

シンデレラガールズ」というタイトルの通り、モチーフがシンデレラなのですね。
「普通の女の子が、魔法使いに魔法をかけてもらうことによって変身する」
 という。
「魔法使い」に相当するのが、プレイヤー担当する「プロデューサー」であるわけです。
 どうなんすかねそれ。
 

  • ダサピンク。

 ダサピンクとは、「ピンク色はダサい」という意味ではありません。
「こういうピンク色にしときゃ『カワイー!』とか喜ぶんだろ?」
 というおっさんセンスが生んだデザインがダサい、という話です。
 
 まず特訓アイテムがダサい。

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幼児向けのおもちゃっぽい。
 アイドルの特訓に実際にイヤリングやらガラスの靴やらを何個も消費するはずはないので、あれは何か仮想的な概念のアイコンなんでしょうけど。
 具体物でないならむしろもう少し何とかならなかったのか。
 
 それから、肝心のアイドルも、ノーマルやレアのアイドルは、特訓後の衣装がしばしばダサい。
 具体的な名前を挙げると角が立ちそうなので避けますが、
「クリスマスツリーとか雪だるまとか、仮装大会じゃねえんだぞ!」
「柄も色使いもひでえセンスだな……」
「とりあえずヒラヒラフリフリでリボンがついてりゃいいと思ってない……?」
 とかいうのが多い。
 
こち亀」(なつかしの駄菓子屋講座)に出てきた「リコちゃん(リカちゃんのパチモノ)」を連想させる衣装がしばしばある。決して全員ではないけど。
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ひどいデザインのニセ物と、美麗な「本物」をちゃんと描き分けるプロ漫画家すごい。
*2

 
 とはいえ、同じキャラクターでも、Sレア、SSレアになると衣装デザインは「本物のリカちゃん」並に大幅に洗練されます(しばしば顔のデッサンも大幅に改善される)。
 
 ……あと、未プレイの方に誤解を与えてはいけないので書いておくと、ゲームの仕様上、ノーマルやレアのアイドルの衣装がどんなにダサくても、それでステージに立ったりすることはないので、ダサい衣装を見るのはほんの一時的なものです。まあ割と気分の問題です。
 
 

  • 恋愛主義。

 リアルアイドルの歌をあんまり聴かないので、現実もそうなのかわからないんですが、本作の楽曲は恋の歌がやたら多い。
 次に多いのは、「自分がアイドルであることの喜びと決意」を歌う系。これは明らかにゲーム特有だと思うのですけど。
 
 どちらでもない、と確実に言えるのは、市原仁奈の「みんなのきもち」とか数えるほどではないかと。
 

  • 反恋愛主義。

 かように楽曲では「恋」を前面に押し出しているのですが、ストーリー中では、アイドルの恋愛は注意深く排除されています。
 
 いや……どこぞの事務所のように「恋愛禁止」「彼氏を作ったら丸坊主で謝罪動画」という世界ではなく、ただ単に「恋をしているアイドルがいない」
 
 中にはご丁寧にも
「恋を知らない自分に恋の歌を歌えるのだろうか?」
 と悩む話があったり。

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空手少女、中野有香
 そして、相談に乗る周囲のアイドル達が、そろいもそろって「私も知らないけど……」というスタンス。
 
 いや、別にね?
「今どきの若い子なら、彼氏の一人や二人いるでしょグヘヘ」
 とかそういうことが言いたいんじゃないんですよ?
 
 でも、3ケタ人の若い女性がいて、みんな顔もスタイルも性格もいいのに、誰一人(禁止されてるわけでもないのに)そういう話がないって、軽くホラーだと思うのですが。
 
 いやまあ……理由はよーくわかるのですけどね……。
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結局、「恋はわからないけど、歌を届けたいファンや、仲間や、プロデューサーの事を考えて歌えばいいんだ」という結論に達する中野有香
 

  • 舞い飛ぶハートマーク。

 ゲームシステム寄りの話になりますが、本作では、キャラクターをユニットに加えて「ライブ(リズムゲーム部分)」に参加させると、「親愛度」というポイントが貯まります。
 これが増えると色々強くなる(雑な説明)。
 
 で、これが一定値に達するごとに「親愛度演出」という、簡単なストーリーイベントみたいなものが発生します。
 基本的には、そのアイドルが
「プロデューサー、いつもありがとうございます! 私らしく活躍できるのはプロデューサーのお陰です! これからもよろしくお願いします!」
 みたいなことを言うという。
 

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主力ヒロイン(たぶん)島村卯月さん。
 内容には個人差があって、恋愛感情……とまでは言えない例が多いけど、基本的にはプロデューサーへの信頼や個人的好意が表明されるイベントです。
 
 ……しかし正直、こっちはそこまでその子のことを知らないでやっていたりします。(システム上、コミュが見られるようになるより親愛度が貯まる方が早いことが多い)
 特に、数合わせでユニットに入れただけの子(とにかく5人集めないとライブができない)からそこまで言われると、こっちがいたたまれない気持ちになったり。
 
 それでも、何十人と親愛度演出を見ていると段々慣れてくるのですが、逆に「慣れていいのか?」と思う時もあったり。
 
 ……これ……「親愛度」である必要ありましたかね?
 ライブに出演すると増えるポイントなんだから、「ステージ経験」とかで良かったのでは……。
 それで、アイドルが「自信が付きました! これからもがんばります!」と言うだけで良かったのに……。
 こんなにハートマークが乱れ飛ぶピンクの画面にしなくても……。
 

  • 人物描写が薄い。

「個性的」であることの裏返しでもあるのですが……。
 本作のキャラクターって、何か一つ強烈な「個性」を持たされて、それ以外の人間性が希薄になっている例が少なくないような気がします。
 
 実際に存在する例を挙げると角が立つのでやめておきますが、例えば「納豆が好き」というアイドルがいたとします。
 
 すると、その子は寝ても覚めても納豆の話をしている。
 MCでも納豆の話をするし、前述の親愛度演出でも、自分とプロデューサーの関係を大豆と納豆菌に例える。
 
 現実には、たとえ納豆大好きで納豆メーカーに就職したような人だって、納豆以外の趣味があり、家族があり、納豆と関係ない悩みがあるはずだと思うのですが。
 
 しかし本作では、「納豆好き」という単機能しか与えられておらず、それ以外の、人間としての内面があたかも存在しないかのように描かれるキャラクターがいる。
 
「それしかないのか」という話は、作中、ロード画面の1コマ劇場でも時々ネタにされているくらいです。
 
 いや、決して全員がそうだというのではなく、イベント等で内面が掘り下げられる例もまた多いのですけれども。
 

  • セクハラっぽさ。

 まあ……露出度高い衣装がしばしばあるのは……まあ……多少はやむを得ない? の? かな?
 アイドル衣装が普段着とデザインが違うのは当然ですよね? たぶん。
 
 でも、未成年の堀裕子とか及川雫を、ユニット「セクシーギルティ」に入れてセクシー担当扱いするのはどうなのかと……。
 
 あと、及川雫の特訓後衣装、あれさすがに酷すぎませんかね……。

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実家が酪農家。
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初仕事の衣装がこれ。
 いや、「酪農家の娘で、牛が大好き」って設定があるのはわかりますよ?
 プロデューサーは「これで大丈夫?」って心配するんだけど、本人は全然気にしてない、って描写もある。
 
 でも、「本人が好きでやってる設定だからセクハラじゃない」ってのをあまり押し通すと、作品全体の説得力が落ちる気がするんですよ……。
 あんまり言うとセクシーギルティに「世直し」されてしまうかも知れませんが……。
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あっ、これオレかも。
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キキー、開き直った!?
 

  • かわいい至上主義。

「そのアイドルの個性が活かされる、自己実現の物語であるのが良い点だ」
 ……と書きましたが、実は例外があります。
 
 本作では、
「かわいい系じゃなくて、カッコいい系を目指したい」
 というアイドルが何人かいます。
 
「ロックなアイドル目指してます!」だったり
「サッカー選手のほうが興味あるんだけど……カッコよくプロデュースとかもできるのか?」だったり、
「地元じゃ特攻隊長なんて呼ばれてたがな。アイドルなんて興味ねえっつーの!」だったり。
 
 で、そういう子に無理矢理ヒラヒラした衣装を着せる展開がわりとよくある。
 カワイイハラスメント(カワハラ)とでもいうか。
 
 まあ、上に挙げた3人の場合、いずれも、カワイイ衣装とは別に、カッコいい系の衣装も用意されてたりはするのですけど……。
 
 でも、カワハラを受けてるうちに、
「これもアイドルっぽくて、アリですね……」
「カッコかわいいって言われたんだ。アイドルだから、それでいいのかもな。オレもオールラウンドになってきたっていうか、弱点がなくなってきたっていうか…」
「ああいうピンクだのフリフリしたヤツだのも、ファンは喜んでんだよな」
 とか、程度の差はあれデレが入るのもある種のお約束になっている。
 
 嫌よ嫌よも……ってそれアカンやつなのでは。
 
 一方で、逆の展開、「かわいい系を目指したい子に無理矢理カッコいい系を着せる」……という展開は、私が見た範囲ではないのです。
(もっとも、765プロ菊地真がさんざんそういう目にあっている気もする)
 
 一方の前川さん。 

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ナチュラルボーン。
「女の子なら可愛いに憧れるものであり、その頂点がアイドル」
 という価値観を信じて疑わない人。
 これ……親戚に女の子が生まれたら何の迷いもなくピンクでフリフリしたベビー服を送ってくるタイプだ……。
 

それでも好きなところ。

 
 ……と、読み返すとなんか問題点ばかり挙げてる問題。毎日プレイしてるゲームなのに。
 
 実際のところ、キャラクターとストーリーの魅力に引っ張られてプレイしつつ、内心で色々もやもやしていたのです。
 
 しかし、それだけに衝撃だったのが、「デレステ」3周年記念イベントのために制作された曲「ガールズ・イン・ザ・フロンティア」でした。

[デレステ MV 3Dリッチ] ガールズ・イン・ザ・フロンティア
 
 なにしろ、本作は前述の通り「シンデレラ」をモチーフにしています。
 なのに歌詞が
 
「お気に入りだったフェアリーテイル なぞるように生きてきたけれど 幸せのそのイメージは 今ではもうホコリかぶりで」
バックパックに希望詰めて 自分の足で歩け! シンデレラ」
「夢は他人に託すな かけがえない権利」
 
 え? 何? エマ・ワトソン監修か何かなのこの歌?
 
 イベント内容としても、
「今まで自分たちは、色々なことに挑戦してきたつもりだけど、それはプロデューサーが用意したハードルを跳んできただけではなかったろうか?」
「これからは、進むべき道を自分で切り拓いていかなければ」
 という話で、これまでのイベントとかをそういう風に総括するの? え? いいの? そこまで言って大丈夫? という感じ。
 
 曲の冒頭~前半部分で、過去のイベント曲の映像やステージを出しておいて
「守るべきは過去じゃない」
 って歌詞もすごいなーと。
 
 ……まあ、そうは言っても、この歌、このイベントの後、ゲーム自体が劇的に変わったわけではありません。
 アイドルが自主的にレッスンに取り組んだりはしないし、プロデューサー……プレイヤーに不満を抱いて事務所を出て行ったりすることもない。
 親愛度演出では相変わらずハートマークが乱れ飛んでいる。
 
 しかし、今後の楽曲とか、イベントとかで、少しずつ変化が出てくるのではないかな……と、期待しています。
 

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でも曲はもらうもの。
 あれだけ「夢はプロデューサーさんからもらうものじゃない」とか言っておいて、やっぱり曲はもらうのかよー。
 765プロは、ひきこもりの千早のために自分たちで作詞したんだぞー。
 

こまごまと問題だと思うところ。

 
 まあ余談です。
 重箱の隅的な話。オチはありません。
 
・20代後半アイドルが年齢でいじられがち

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川島さんは28歳、菜々ちゃんは「永遠の17歳」。
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オバマが大統領になったのが2009年……?
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やめてさしあげろ。
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ライフステージ。
 でも川島瑞樹さん、ゲーム内に登場した時点ですでに28歳だし、しかもサザエさん時空だから引退して女優にもならないじゃないですか……。
 
 
・「お料理、得意なんです!」はいいけれど。
 いや、「趣味は家事」ってのが悪いとは思わないんですよ、全然。
 しかしですよ?
 
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お嫁さんにしたい有名人アワード……。昭和か。
「結婚したい」じゃないですからね。「お嫁さんにしたい」ですからね。
 
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受賞おめでとうパーティー
 しかも周りのアイドルも喜んで祝賀会とか開いてるし。君たち……。
 
 
はてなだと炎上しそうなやつ。
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食べて応援! ウナギ絶滅キャンペーン!
 ちなみに「結局ウナギは買えなかった」ってオチがつくので、これがウナギである必然性は全然ないのでした。
 
 
アメリカだと炎上しそうなやつ。
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ホワイトウォッシュ。
 
 
ちびくろサンボ(父:ジャンボ、母:マンボ)
 
 本作のアイドルは、基本的には姓名が決まってるんですけど、姓がない外国人キャラがいるのちょっと気になるんですよね。
 上のケイトとか、ナターリアとか、ライラとか。
(「宮本フレデリカ」「メアリー・コクラン」「楊菲菲」みたいな人たちもいるので全員ではない)
 
 まあ、
「ライラさんの名前は、ライラ・ビント・アフメド・イブン・アブドゥッラフマーンですよー」
 とか言われても、カタカナ表記だと名前欄に入りきらないですけど……。
 
 それにしても、表記はともかく設定上も姓が決まってなさそうなのがちょっとかわいそうだし、二次創作とかで困るんじゃないかな……?
 
 あと、年齢に比べてアホの子が多いのも女性差別かしら、と思ったのですが、「SideM」(男性アイドルを育成する、女性プレイヤーを意識したゲーム)に出てくる男性アイドルもわりとアホの子が多いっぽいので、これはまあある種の宿命なのかも知れませんね……。
 

余談の余談。

 
私と、最愛の妻である卒論ちゃんの会話。
 
私「……というわけで、デレステというゲームをやってるんですけど」
卒「ほうほう」
私「しかしアイドルマスターシリーズには、『SideM』って、女性向けの作品もあるんですよ。男性アイドルを育てるという」
卒「そんなのあるの!」
私「基本システムはまあだいたい一緒らしいんだけど、違うのは、ほとんどの男性アイドルには『前職』があるってことなんだ」
卒「ほほう!」
私「医者だったり警察官だったり……まあ、デレステにもそういうキャラクターはいるんだけど、SideMの方は『元なんとか』っていうのを前面に押し出してるんだよね」
卒「それはさー、その方が安心だからじゃないの?」
私「安心」
卒「だって、いきなり直接アイドル目指す人とかちょっとやばそうじゃない」
私「うっ」
卒「その点、前職があってアイドルになりました、って話だと、『ああ、何か事情があったんだね』って感じになるじゃない」
私「……確かに、『わけあって、アイドル!』というのが、SideMのキャッチコピーであるらしく……」
卒「でしょー?」
私「それでなんか、実は過去に暗いいきさつを抱えている……みたいな人が多いという噂」
卒「女子はそういうの大好物だからねー。男の人はさー、女の子の過去とか興味なくて、今が明るくてかわいければそれでいいんだろうけどさー」
私「うっ」
卒「といっても、暗い過去を引きずってる男子とかめんどくさいから、『辛い思い出があるんだけど今はそれを乗り越えてやっていて、ふとしたきっかけでそれを話してくれる』みたいなのが女子的には萌えなんだけどさー」
私「それはそれで、他人の人生のオイシイとこどりのようにも思える……」
 

*1:Kawaii make MY day!」の「とりあえずドーナツ?」とか。まあ、キャラクターソングである、と言った方が簡単かも知れないけど。

*2:上の画像は「こちら葛飾区亀有公園前派出所」61巻「なつかしの駄菓子屋講座」より。ていうかeBookJapanのサイトで一話全部試し読みできます。 こちら葛飾区亀有公園前派出所 61巻 | 秋本治 | 無料まんが・試し読みが豊富!eBookJapan|まんが(漫画)・電子書籍をお得に買うなら、無料で読むならeBookJapan