文科省がかけ算に順序があると言っている話。

 毎年11月頃、小学2年生が九九を習う頃になると話題になる「かけ算順序問題」ですが、なんだか珍しくこの時季に話題になっているようで。
jp.quora.com

 
 ずっと前からある話ではあるのですが、非常に残念ながら、現状では
文科省が『順序あり』の立場に立っている」
 と言って差し支えないと思います。
 
 バカじゃないの?
 
「小学校学習指導要領解説 算数編」を見てみましょう。(https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2019/03/18/1387017_004.pdf
 
P115~116にかけての部分を引用します。

 例えば,3× 5の式から,
「プリンが3個ずつ入ったパックが5パックあります。プリンは全部で何個ありますか。」
 という問題をつくることができる。
 このとき,上で述べた被乗数と乗数の順序が,この場面の表現において本質的な役割を果たしていることに注意が必要である。
「プリンが5個ずつ入ったパックが3パックあります。プリンは全部で幾つありますか。」
 という場面との対置によって,被乗数と乗数の順序に関する約束が必要であることやそのよさを児童が理解することが重要である。

*1
 ……つまり、
「3個入りのプリンが5パック」
 なら、式は「3×5」であり、かけ算の順序が
「この場面の表現において本質的な役割を果たしている」
 というのです。
 
 その上で、逆の状況(5個入りが3パック)と比べることで、かけ算の順序に関する約束が
「必要であることやそのよさ」
 を児童に理解させよ、というのです。
 
 バカじゃないの?
 
 もちろん、指導要領解説の(あるいは指導要領そのものの)法的位置づけについては諸説あるでしょうが、ともかく文科省の立場がそうだ、というのは動かしがたいところです。
 
 ところで、これは、交換法則を使ってはいけない、という意味ではありません。 
 
 むしろ、2年生で九九を習う段階ですでに、
「今日は七の段を勉強するよ。7×2の答えはいくつになるんだろうね?」
「九九は、はんたいにしてもこたえは同じだから、7×2は2×7と同じこたえになると思います」
 といった「発見」を児童がすることは期待されてすらいます。
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 なお10年前に撮った写真。見づらくてすみませんが。
 
 また、後の学年においても、交換法則を使って計算を簡単にする「工夫」が奨励されています。
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 しかし、これは「元の式を変形する」ことが認められているのであって、「元の式」自体は、「一つあたりの量×いくつぶん」という路線から逸脱することは決して許されないのです……。
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 指導要領解説では、前掲の部分のもう少し前の記述がそれにあたります。

 ここで述べた被乗数と乗数の順序は,
「一つ分の大きさの幾つ分かに当たる大きさを求める」
 という日常生活などの問題の場面を式で表現する場合に大切にすべきことである。
 一方,乗法の計算の結果を求める場合には,交換法則を必要に応じて活用し,被乗数と乗数を逆にして計算してもよい。

 ……という。
 
 つまり、計算を行う際には交換法則を用いても良いが、式を立てる際には、かけ算の順序を「大切にすべき」というのですね。
 
 ……ところで、これは現行の指導要領の解説なわけですが、前掲の写真は10年前……つまり、前の指導要領のものです。
 
 なんでも、Wikipediaには「かけ算の順序問題」という項目があって。
ja.wikipedia.org
 
 そこには
文部科学省による学習指導要領および指導要領解説では順序は規定されておらず、文部科学省は新聞の取材に対して採点方針は学校現場に裁量があるとしている」
 と書いてあるんだそうです。
 
 確かに、前の指導要領の時代、文科省とそういうやりとりがあったのは事実らしいんですが。
 しかし見ての通り、文科省は一方の口ではそう言いながら、実際には、「かけ算には順序がある」という前提の教科書・指導書を検定に通してきました。
 そしてとうとう、今回の指導要領改訂ではかけ算の順序が明文化されたわけです。
 
 ほんと、バカじゃないの?
 

ここから余談。

 
 私自身は「かけ算に順序はない」という意見なのですが、あるかないかについて議論するつもりはないです。
 
 なんというか、本件って、「ある」という人と「ない」という人が両方いて、どっちも常に
「お前らが間違ってるに決まってるだろバカじゃないの?」
 という態度で議論をふっかけてくるんですよね。(私もだね!)
 
 件の「数学的には決着している云々」っていうのもそう。
 
 10年前にこの問題を扱う記事を書いてそれが骨身にしみました。
(教科書会社のトップ「東京書籍」に言わせると、「5×3≠3×5」らしい。 - 小学校笑いぐさ日記)
 
 この記事で言いたいのは
文科省はどう言っているのか」
 ということであって、順序説が正しいかどうかは議論したくないです。
 

さらに余談。

 
 じゃあなんでこの記事を書いたかというと、件の記事のブコメがあんまりだったので。(私怨)

足し算順序の話は算数教育における方便として有効という理由付けだが、実際の所はそれが「教育の専門ではない素人」に批判されることが教員には許せない、って云うメンツの話なんだよな。 - minamihiroharu のブックマーク / はてなブックマーク
 
この理屈に基づくと、「できる子」に対する親の最適な指導は、「先生はアホだから言うことを聞くな」となる。実際、公立の小中学校の教員は大半がアホだし。 - locust0138 のブックマーク / はてなブックマーク
 
 で、「教員がアホとかじゃなくて文科省の方針なんすよ」ってブコメ書いたんですけど。
 
小学校教員の私も、かけ算に順序があるなんて愚かな主張だと思うのだが、文科省が「ある」と言っているので学校レベルではどうしようもないのだ。教師がアホだとかメンツだとかいう話ではない。文科省に抗議しよう。 - filinion のブックマーク / はてなブックマーク
 
「小学校学習指導要領解説 算数編」のP115~116を参照(https://bit.ly/2Yh1NoH)。3×5は「プリン3個入りパックが5パック」であり、その逆ではない、と明記されている。Wikipediaは一つ前の学習指導要領の時の話を書いてる。 - filinion のブックマーク / はてなブックマーク
 
 そしたらそのブコメがさらにブクマされてですね。
 
Wikipediaを読んだら「文部科学省による学習指導要領および指導要領解説では順序は規定されておらず、文部科学省は新聞の取材に対して採点方針は学校現場に裁量があるとしている」と書いてありましたけど/悪化してるの - death6coin のブックマーク / はてなブックマーク
 
 そう。悪化してるの。
 でも、実のところ「悪化」する前から、文科省は事実上「順序説」を支持してきたと言っていいと思います。
 
id:filinion 見たけど、3x5→3連パックが5個の様に、「式から読み取れるお約束がある事を教えろ」という話だし、そのすぐ次に交換則の重要さや分かってる児童に使用を許可してOKと書いてある。 - sgo2 のブックマーク / はてなブックマーク
 
id:filinion 学習指導要領解説p.115「交換法則を必要に応じて 活用し,被乗数と乗数を逆にして計算してもよい」p.297「円周の長さが(直径)×(円周率)求められる」と明記している。文科省のせいにするのは筋違い。 - kamenoseiji のブックマーク / はてなブックマーク
 
学習指導要領では必要に応じて交換則を使ってもいいことになっているのか…。本則側の原理主義者が権力握ってるせいでこうなってんだろうな…。 - suusue のブックマーク / はてなブックマーク
 
 ちゃうねん。
 もう書いたから説明し直さないけど、その2行上から読んで欲しい。
(……なんで円周率の話が出てくるんだろう……?
「円周=直径×円周率」っていう式は、「円の円周は直径の約3.14個分」ってことで、「文科省順序」そのものだよね?)
 
指導要領解説は私企業がテキトーなこと書いて公式づらしてるだけ。ってどっかで読んだけど… - morita_non のブックマーク / はてなブックマーク
 
 でも皆さん文科省のサイトで読んでると思うので……。
(真面目に言うと、それは指導書と混同してるんじゃないかと思います)
 
 それでまあ、こういうブコメ……要するに
文科省は悪くない。悪いのは現場教員であり、filinionはウソをついているor指導要領解説を誤読しているのだ」
 というブコメにわりと多数のスターがついているのがなんともいえない。
 
 いや、これがYahoo!知恵袋とかならわかりますよ?(差別発言)
 しかし、はてなブックマークって、そんな
文科省万歳! 政府の方針に間違いがあるはずがない!」
 みたいな大政翼賛コミュニティじゃないと思うし、上述のブコメ書いたりスター付けてる人達だって、わりと普段は知的なこと書いてる人が多いと思うんですけど……。
(スター付けてた人々に片っ端からidコールを送りたい気持ちをグッとこらえる)
 
 なのに、小学校の教育が話題になった途端に
「公立小中の教員は大半がアホだから」
Wikipediaによればお前は間違っている」
「2行だけ読んだけどお前は間違っている。文科省のせいにするな」
 みたいな反応になるの、小学校教員へのヘイトの溜まりっぷりに、なんとも暗澹たる気持ちになったことでした。
 
 いやあ……私は、教え子からこんなヘイトを買わないよう、彼らが幸せな学校生活を送れるよう、最善の努力をしたいと思います。
(どんな努力をしてもどこかでヘイトは買うんだけどね……。大抵は)

*1:改行引用者。以下同じ。

モンシロチョウを9月にそだてよう。

 さっそくですが虫注意。
 
 我が家にいる、モンシロチョウの幼虫ちゃんです。
 
 
 

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 画面下が頭。
 
 ……なんで自宅で青虫にキャベツをやってるのかというと、今年は3年生の担任だからです。
 
 例年、この時期には理科で「モンシロチョウをそだてよう」という学習があり、子どもたちが卵から成虫までモンシロチョウを飼育、観察します。
 
 しかしご存じの通り、現在は新型コロナウイルス対策で休校中で、観察ができません。
 さりとて、モンシロチョウに「休校が終わるまで孵化を待ってくれ」というわけにもいかないので、担任が卵を採取し、自宅で飼育し、それを学校のブログにアップしているわけです。
 子どもにはブログの写真を通して学習してもらおう、という。
 
 もちろん、モンシロチョウの成長については、NHKなどに素晴らしいビデオ教材があるのですが、それだと
「たった3日でこんなに大きくなるんだ!」
 といった感覚は薄いですからね……。
 
「小学校 モンシロチョウ 写真」
 などでググると、同様の取り組みをしている学校が全国に多数あることがわかると思います。*1
 
 さて、3年生が4~5月の理科でモンシロチョウの観察をするのは、「春だから」という以外にも理由があります。
 
 小学校では、1・2年生は「生活科」という学習があり、3年生から「理科」の学習が始まります。
 生活科でも、昆虫や草花の観察はします。
 しかし、同じ個体を卵から成虫まで通して観察し、そのライフサイクルを知る、というのは、3年生で初めてやる活動です。
 草花についても、この時期にはヒマワリやホウセンカマリーゴールドなどを種から栽培し、「形は違うが、どの植物にも根・茎・葉がある」といったことを学んだり、種ができて枯れるまでを観察したりします。
 
 つまり、モンシロチョウの学習が、1・2年生の生活科と、3年生以降の理科を接続する役割を果たしているのです。
 
 これは3年理科に限らず、どの学年、どの教科においても、こういった
「この学習をやった後にあの学習をすると効果が上がるだろう」
「この時期にはこの学習をするといいだろう」
 といったことに配慮して学習内容が配列されているわけです。……高学年とかほとんど担任したことないから知らんけど。
 
 さて。
 
 それで、最近話題の9月入学案。
 
「学習内容を単純に半年ずらせばいいじゃん」……ってわけにはもちろんいきません。モンシロチョウに秋まで待ってもらうわけにはいかないので。
 
 さりとて、9月に進級・進学して、学年半ばの4月・5月にモンシロチョウの学習をしたのでは、「生活科とのスムーズな接続を図る」という効果はまったくなくなってしまうのですよね。
 
 ……誤解しないでいただきたいのですが、私は別に
「9月にモンシロチョウは育たないから9月入学なんてあり得ない!」
 とか言いたいわけではないです。
 
 諸外国が9月入学でやってるんだから、我が国にそれができないはずはないでしょう。
 ……よくカリキュラムを検討して、充分な移行期間を設ければ。
 
 今年度、令和2年度は、新学習指導要領が完全実施される年です。(中学は来年度から)
 
「完全実施」というのは、それまでに2年間の移行期間があって、新たに追加される学習内容を別冊資料で学習したりとか、色々な移行措置を行ってきたからです。
 
 で、それじゃあ何が変わったのかというと……まあ……教科書の中身をパッと見ると、それほど大きく変わったようには見えないかも知れないです。
 教える側にとっては、評価の観点が変わったりとか重点目標が変わったりとか色々なんですが、内容は大差なく見えるのではないかと。
 モンシロチョウの観察も前からやってることですしね。
 
 その程度(とあえて言いますが)の変更でも複数年にまたがる移行期間を設けるのが通常なわけで。
 それを、教育内容を半年ずらす(ずらせないものもある)、という大変動を、「今年の9月から」で実施できるかといえばそりゃあ無理だと思います。
 
 いや、無理でもなんでもやれ、と言われたらそりゃまあ無理矢理やりますが(そういうの多いよね)……。
 でも、元々、9月入学論が持ち上がったのは、休校期間で子どもたちの学習機会が失われ、学力の低下が心配だ、という理由だと理解しています。
 
 それなのに、急ごしらえのつぎはぎ教育課程を押し通して、「見つかった問題点は来年度以降に活かしていきましょう」みたいなことをやるのは、かえって子どもたちへの悪影響が大きいのではないでしょうか。
 
 ……まあ、今年の子どもたちへの心配ではなくて、「諸外国と合わせた方が経済的に有利」みたいな動機もあるのかも知れないですけど、それこそ不要不急なわけで。
 どうしてもやるなら、これから充分議論と検討を重ねて、次の学習指導要領改訂の時に実施する、くらいの心づもりが最低でも必要なのではないかと思います。
 

*1:いくら写真やビデオを見せたところで、実物を観察するのに比べたら学習効果は全然足りないとは思うんですけどね……。 でも、何もしないわけにはいかないし……。 普段以上に手間をかけて、得られる教育効果は普段より小さいという残念さ。

リングフィット買いました。

 しばらく前になりますが、リングフィットアドベンチャーを買いました。
 
 これは……いいですね。
 
 決してお安いものではありませんでしたが、卒論ちゃん(最愛の妻)は以前「ジムに入会しようかな―」とか言っていたので、それに比べたらずっと安い。
 そもそも、ジムに入会していたって今は通えないし。
 
 毎日夫婦で運動して
「がんばれ!」
「輝いてるよ!」
 とか言い合っています(ゲーム内で、相棒の「リング」がことごとに励ましてくれるので、それを傍で復唱している)。
 
 夕食後に夫婦のコミュニケーションが増えたので、個人的にとても満足。
 
 そこそこ運動したところで、ゲームが「今日はここまでにしてクールダウンしますか?」とか尋ねてくれるので、そこで終了にしています。
 
 卒論ちゃんの場合、コロナ以前より運動量が増えたとか。
 当初はスクワットを1回やるだけでも四苦八苦していたのに、今は「ワイドスクワット!(16回)」とかでもすいすいこなせるように(つらいことはつらい、らしい)。
 成長が実感できるデザイン、素晴らしいなあ、と思います。
 
 ところで、実家の両親に電話で連絡を取ったところ、母は定期的に通っていたヨガ教室とか水中ウォーキングとか(こういう社交性が、私には遺伝しなかったところだ……)が軒並み閉鎖されてしまい、今は家にこもりきりだとか。
 
 むしろ両親にこそリングフィットを買ってあげたいところなのですが。
 
私「父さん母さんもこれやるといいと思うよー」
母「私ら2人はどっちも機械オンチだからねえ。私は家で『超ラジオ体操』やってるから大丈夫よ!」
私「超ラジオ体操」
母「私、ラジオ体操嫌いだからね!」
 
 まあ……大丈夫ならいいんですが……。
(あと、うちの両親の場合、リングフィットやりながら互いにダメ出しし合いそうでそれはそれで)
 
 コロナショックでいろいろ多方面に心配はありますけれど、外出自粛で運動量が減った高齢者が、それきり動けなくなってしまうようなケースもあるのではないか、と考えるとそれも心配です。
 

岡村氏の発言について思うこと。(id:nt46氏への私信)

 少し前にこういう記事がありまして。
「コロナの影響でスーパーで買うカツオの刺身が美味すぎる」
https://note.com/suzukimakoto/n/nbf2bad91eca2
 
 コロナショックで生鮮食品の需要が減少した結果、普段ならスーパーに並ばないような質のいいカツオが安く買える……という。
 
 それを踏まえて、最近はてなで話題になっているのがこれ。
 
「風俗嬢とカツオの刺し身の違いを論理的に説明して」
https://anond.hatelabo.jp/20200503121929
「自分の利益のために人の不幸を期待しているのは風俗嬢に対してもカツオに対しても同じなのでは?」
 
 つまり、カツオが安くて喜んでるのと、先日問題になった岡村氏の「コロナが明けたら美人さんが風俗嬢に」発言と何が違うのか……という。
 
 本件について、私の意見はこうです。
 
 確かに、獲ったカツオを安く売らねばならないのも、収入が途絶えて風俗業に入らねばならないのも、どちらも当事者にとっては不本意なことでしょう。
 
 しかし、前者は「収入が減る」という話、後者は「失職して困窮し、不本意セックスワークに従事することになる」という話で、全く次元が異なります。
 
 そんなわけで、以下のようにはてなブックマークにコメントを書きました。

カツオは元からカツオで、それが安くなるだけだけど、コロナショックで風俗業を迫られる女性は元は風俗嬢ではない。もし岡村発言が「コロナが明けたら風俗が安くなる」ならあそこまで炎上しなかったと思う。

https://b.hatena.ne.jp/entry/4685167710458088770/comment/filinion

だから、「不本意な値下げを迫られる」と「望まぬ転職を迫られる」じゃ全然違うでしょ。例えば漁協が「コロナショックで金がなくなった若い人がカツオ漁船に来るのを期待」って言ったら炎上すると思うよ。

https://b.hatena.ne.jp/entry/4685184743237556546/comment/filinion

*1
 
「値下がりしてるから買いましょう」なら「食べて応援!」的な言い訳も立ちましょうけれど。
「本業で失職して流れてくる人材に期待」というのはいかんよね、という。
 

ここから私信。

 
 さてところが、2つめのブコメに、id:nt46氏から返信的なものがつきまして。
 やりとりは以下の通り。
 
nt46「問題になったのは"炎上"したことでも"言い方"の問題でもなく岡村の価値観そのものだったでしょう?矢部の"説教"まで肯定しておいて、今更それはないでしょう。更にいえばあなたが"全然違う"ことにしたいだけですよね?
 
filinion「私のコメントは見ての通り「言い方」ではなく内容を問題にしてるんですけど…。第一、矢部氏の「説教」に肯定的に言及したことは一度もないですし。誰かと人違いされてませんか?
 
「言い方の問題」ってのはつまり、「岡村氏の言っていることは正しいけど、言い方が悪かった。言葉が足りず真意が伝わらなかった」ってやつですよね?
 そんな醜悪なこと言うわけないじゃないですか。そもそもご本人が謝罪してるのに。
 
「全然違うことにしたいだけ」って仰るけど、全然違いますよね……?
 例えば私だって、自分の給料が減ったら不本意だけど、失職して風俗業なりカツオ漁船員なりにならざるを得ないとしたらもっと嫌ですけど。*2
 nt46氏はそうじゃないんでしょうか?
 
nt46「内容でも言い方でもいいですけど、それに至る(表出する)価値観そのものが問題視され、その"矯正"が肯定されている"状況"に対しての問題提起なんですけど。
 
filinion「一般に、表現の自由は批判される可能性を伴うものです。差別的な発言をすれば批判されるのは当然で、それを内心の自由の侵害だというのは「言いたいことは言うが批判されるのは嫌」という甘えに過ぎないと思います。
 
「価値観の矯正」というのが、例えば洗脳装置に入れて強制的に価値観を書き換える、みたいなのだったらそりゃあ許されないでしょうけど。
 しかし、言葉で相手の考えを変えようとするのを否定するのはナンセンスだと思います。
 
 そもそも言論というものの大部分は、他者の価値観を変えようとする試みです。
 岡村氏の発言だって「コロナ明けを楽しみにしよう」という「価値観の転換」をマイルドに求めたわけですし。
 
 そして「炎上」というのは、反発の多い発言をして批判が殺到した、という状況に過ぎません。要するに批判者の数が違うだけです。
「お前の考えは間違っている」と指摘する自由は誰にも否定できないのです。
 nt46氏だって、私の考えが間違っていることを指摘して、何らかの価値観の転換を求めているわけですよね?(その内実がよくわからんのですが)
 
 もちろん、「炎上」でしばしば見られる、個人情報を特定して脅迫するとか勤務先に通報するとかいった卑劣な行為は、言論とは全く別の問題ですが。
 
nt46「"価値観"とは"内心の自由"ではありません。むしろ"人格"に類するものです。更に言えば"表現の自由"の話をしてるわけでもありません。"表現""内容"の問題ならそれこそ"謝罪"ですむはずです。"内心"はどうあれ。
 
 ええ……?
「価値観」というのは、日本国憲法に言う「思想・良心の自由」であり、どう考えても内心の自由の範疇だと思うのですけど。
 
「"表現""内容"の問題ならそれこそ"謝罪"ですむはずです」
 というのもわけがわからない。
 
 私としては、岡村氏は謝罪したし、一応それで許していいんじゃないか、と思っているのですが(今後の動向に注意は必要でしょうけど)。
「チコちゃん」を降板しろ、とかいうのはそれこそ表現に対する抑圧であって行きすぎだと思っています。
 
 …………最初の
「矢部の"説教"まで肯定しておいて、今更それはないでしょう」
 からずーーーーっと思ってるんですが、nt46氏は誰と戦ってるんでしょうね?
 
 私個人ではなく、ご自分の脳内にいる「岡村叩きをする奴ら」という虚像と戦っているのではないでしょうか。
 
 これはネット上の議論でしばしば見られることで、対話している相手を、その人個人ではなく、「はてサ」「ネトウヨ」「ツイフェミ」「パヨク」といった、自分の脳内にあるステレオタイプ的な仮想敵を代表する存在と見なしてしまう、という……まあ、それは私もたびたびやらかしたことなのですが。
 
 ともあれ、言ってもいないことについて憤られてもたいへん迷惑なので、私自身の発言に基づいて批判されるか、あるいは、どうしても脳内ステレオタイプを相手に議論がしたいなら、ご自分の脳内でシャドーボクシングをするにとどめていただけないかと思います。
 よろしくお願いします。では。
 

*1: 念のためお断りしておくと、セックスワークが卑業だとか言いたいわけではないです。
 その仕事に誇りを持って、自発的に従事している方はもちろんいるでしょうし、それは立派だと思います。
 しかし、風俗嬢の労働環境・人権状況は劣悪だと仄聞します。
 ですから、(岡村氏が言うように)「他に選択肢がないから仕方なく」という理由で就業するとなると、きわめて心身に苦痛の多い業界ではないのか、と懸念するのです。

*2:もちろん、弁護士でも代議士でも宇宙飛行士でも自動車ディーラーでも嫌です。
世の中、やりがいのある仕事なんだろうけど自分がなりたくない職業というものはある。

なんとかディスタンス。

 ちょっと前の話。
 
 新型コロナウイルス感染予防のため、登下校でも間隔を開ける必要が、という話になりました。
 
K村「……というわけだからみんな、班で帰る時も、前の人、後ろの人と、1人分くらい間を空けて歩くように気をつけてね」
「はーい」
「そしたら先生も気をつけてくださいね」
K村「おお、なんて優しい子」
「でも先生は車だから関係ないんじゃないの?」
「だったら、車1台分間を空けて走ればいいんじゃない?」
K村「そうだね、車間距離だね」
 
 1台分は狭いな。
 

いじめを隠蔽した話。

 タイトルは釣り。
 ……のつもりなんですけど……。実際釣りどうかは読んだ方の判断に委ねるしかありません。
(長くてすみませんが。本文約4600字&脚注)
 
 4年生のクラスでした。
 特に配慮が必要な児童が2人いました。
 
 1人目は、不登校傾向のA児。
 すごく真面目で繊細で傷つきやすい子です。
 
 2人目は、発達障害のB児。
 多動で衝動性が強い子です。
 
 A児は、3年生の時から不登校気味になり、学校に来ても、保健室登校のような形で過ごしていました。
 たまに給食だけ教室に食べに行ったり、仲のいい子が休み時間に部屋に遊びに来てトランプとかで一緒に遊んだり……みたいな状態。
 年度当初、これからは少しずつ教室で過ごせることを目標にしていきましょう(ただ、本人の意思を最優先し、無理はしない)という方針を保護者とも確認しました。
 
 一方、発達障害のB児は、常日頃いろんな子とトラブルを起こしていたんですが、それはA児相手でも例外ではなく。
 というか、「トラブル」の多くは
「休み時間になる→即座に教室から飛び出す→途中で他の子にぶつかる→本人は気づいていない」
 みたいな、本人の衝動性に起因するもので(私は「交通事故」と呼んでいました)、相手を選ばない。*1
 
 しかし、A児はそれを
「つきとばされた」「僕だけがいじめられている」
 みたいに受け取る子なのです。
 
 A児から「B君に押されました」「叩かれました」みたいな苦情があるたびに、本人や周囲の子から話を聞いたんですが。
 B児は「やってないですよ!」って怒るし。
 周囲の子に聞いても「えー……? わかんないです……」「見てたけどそんな感じではなかったですよ」という反応だし。*2
 
 それで、担任としては、
「B君は押したつもりはなかったと思うんだけど、急いでいたからぶつかっちゃったんじゃないかと思うんだ。
 これからはよく気をつけてね。
 A君も、B君はわざと押したわけじゃないと思うから許してあげてほしい」
 といった指導を繰り返すことになりました。
 
 A児はそれで納得していたように見えたんですが(むしろB児の方が不満顔)、一番納得しなかったのがA児のお母さん。
 
「なぜ先生からBさんにきちんとした指導がなされないのでしょうか。いじめはいじめる側が悪いのではないのでしょうか。『B君には悪気はないんだ』と言われて、Aは意味がわからなかったそうです(以下2ページ略)
 ……みたいな長文のお手紙が連絡帳に。
 
 この……お母さんとの関係が、実のところ一番難しいところでした。
 
 例えば、4月早々、入学式の前日のことです。
K村「ねえA君、明日の入学式の時、どうするかちょっと相談しよう」
A「出ます」
K村「そう? でもね、他の学年の子もみんないるから、ちょっと心配じゃない?」*3
A「大丈夫です」
K村「そう……。もちろん、A君が出られるっていうならそれでいいし、A君が座る席もちゃんとあるんだ。まあ、入学式ってほとんど座ってるだけで、他の学年の人と話したりはしないしね。
 でも、保健の先生とは相談してあって、A君が入学式に出ない時は、保健の先生と一緒に保健室でゆっくり過ごしても大丈夫、ってことになってるからね? その時は、A君の入学式の椅子はどかしちゃうから、A君がいないことはお客さんにはわからないし」
A「はい」
K村「まあ、別に今決めなくてもいいんだよ。明日の朝、出たければ出てもいいし、やっぱり嫌だなあ、って思ったら保健室で過ごすこともできるから大丈夫。ゆっくり考えてね」
A「はい」
 
 そして翌日の連絡帳。
「今日学校から帰ってきたAが、『入学式に出席するって先生と約束してしまった』と言って泣いていました。他の学年と接する機会のないようにしてほしいとお願いしていたのになぜそんなことを無理強いするのか理解に苦しみます。昨年度のR先生は、少しずつ学校に慣れていくように配慮して進めてくださったのに(以下2ページ略)
 
K村「……A君、入学式出るの嫌だったの?」
A「はい」
K村「おうちで泣いたの?」
A「はい」
K村「そう……。じゃあ、今日の入学式は保健室で過ごそうか」
A「はい」
K村「あのね、嫌だったら、嫌だって言っていいんだよ。先生たち、A君に楽な気持ちで学校に来てほしいと思っていろいろ考えてるから、嫌だったらそう言ってくれた方がうれしいからね」
A「はい」
 
 まあ……そんなわけで。
 無理せず、少しずつ、本人の意思を尊重しつつ、保健室登校から教室登校を目指した……つもりだったのですが。
 しかし、A児母からの長文お手紙はそれからもたびたび繰り返されることになりました。
 
 曰く、
・昼休み、ドッジボールで上級生に集中的に狙われたのが嫌だったと言っている。
・委員会の時間、担当の先生に強い口調で指導されたのが嫌だったと言っている。
・学習プリントを配布するとき、担任が机に強く置いたのが嫌だったと言っている。
 
 ……等々。
 
 こちらとしても、その都度、A君自身から話を聞いたり、周囲の子に状況を聞いたり、上級生の担任や管理職等々と相談して対応したつもりなのですが……。
 ほぼ常に「『加害』側には全然そんなつもりはなかった」って結論に落ち着くという。(もちろんプリントの件も)
 
K村「……A君、嫌なことがあったらせめてその場で言ってくれるといいんですけどね……」
養護教諭「あれはたぶん、家でお母さんがしつこく聞いてるんだと思うよ。
『今日は学校で嫌なことあった? あったでしょ? 何? 何が嫌だったの?』
 って。
 それで、Aちゃんは『嫌だったこと』を無理矢理ひねり出してるんじゃないかな。お母さんの期待に応えたくて」
 
 迷惑な。
 
K村「そういえばR先生、お母さんがR先生のことほめてましたよ。
『R先生は、少しずつ学校に慣れていくように配慮して進めてくださった』って」
R「……あのお母さん、去年は『K先生だけがウチの子の気持ちをわかってくれた』『担任にもっと指導力があればこんなことにはならなかった』って言ってたんですよ……」*4
養護「あのお母さんは、目の前にいる人を攻撃することしか頭にないんだよ。言ってること真面目に受け止めたらダメだよ」
R「去年は、連絡用にメールアドレスを教えてたんですけど、長いメールをいっぱい送ってくるんですよ……。それで、15分前のメールと次のメールで言ってることが違うんです……」
 
 A児のお母さんは、近所づきあいや保育園でも「ちょっと変」「常識がない」「怖い」といった評判のある方でした。
 
 ……実のところ、たぶん、本件の関係者の中で、一番メンタルヘルス的なケアが必要なのはA児のお母さんなんです。
 でも、それは学校にはどうすることもできない。
 
 ともあれ、そんなA児母ですから、B児への対応で納得いただくのは困難でした。
 私からも、時には校長からも「B児については全職員で対応に当たっています」といったことをお伝えしたのですが、A児のお母さんの中では、
「うちの子がいじめられているのに、担任は『本人には悪気はなかった』と言うなど、いじめの存在を認めず、適切な対応を怠っている」
 という堅固なストーリーができあがってしまってですね。
 
 ついには
「Bさんの保護者の方と直接会ってお話ししたい」
 とか。
 
「こじれるだけだからやめろ」
 って校長からも(婉曲に)お伝えしたんですが、結局直談判になって。
 
 B児のお母さんの心労も相当なものだと思います。
 
 B児のお母さんは穏やかな方なんですが、お子さんが2人とも発達障害気味で、家の中でも暴れたりものを壊したり。
 1年生の時から(というか、幼稚園の時から)、お子さんがらみで大きめのトラブルがある都度、相手方の保護者に謝罪の電話をされているという……。
 
 ただ、学校は、A児のお母さんに
「B君は発達障害なんです。薬も処方されてます。ああいう子なんです」
 と言うわけにはいかない。そんな繊細な個人情報ぺらぺらしゃべれない。

 で、A児のご両親は直談判に来て言いたいこと言って帰り、菓子折を持ってきたB児のお母さんはひたすら頭を下げていたのですが、それでB児の行動が収まるはずもなく。
(収まるくらいなら幼稚園時代に収まっている)
 
 その後もA児の母からは、連絡帳を通じて「明らかに悪意がある」とか「異常」といった激烈な表現を含む長文のお手紙を度々いただくことになりました。
 
 ……最終的には、残念ながらA児はほとんど学校には来なくなってしまい、保護者の希望で、適応指導教室に通うことになりました……が、そちらもちょっとしたきっかけで通えなくなってしまった、と、適応指導教室の先生から聞きました。
適応指導教室の先生曰く「あのおうちはお母さんがキーですね」)
 
 なんでも、
「A児は一人でも自習ができるのに、教室の先生が『わからないところはない?』とか話しかけてくるのが嫌だと言っている」
 とかで。
 そして、隣県には、学習時間は完全にその子に任せてくれる適応指導教室があるので、父親はそちらへの転勤希望を出しているとか。
 
 ……お父さん、転勤の前に、お母さんをなんとかしてあげないといけないんじゃないかなあ……。*5
 
養護教諭「Aちゃん、あのお母さんと一日2人っきりで、どう過ごしてるんだろうね。どこにも出かけたりしないみたいだし……」
 
 私は異動してしまったのでその後のことはわからないのですが、今でも
「一体どうすれば良かったんだろう……」
 と思うのでした。
 
 本件で、私や、周囲の先生方が最善を尽くしたことは、胸を張って言うことができます。*6
 しかし残念ながら、結果にはつながりませんでした。
 
 ……これ、もし将来、A児に何かあったら、
「小学校時代にいじめが始まって不登校になった。学校側はいじめの存在を認めず、隠蔽を図った」
 とか言われてしまうんだろうなあ……と思います。
 
 とはいえ、本件で「いじめはなかった」とは言えません。
 
 現在の文科省のいじめの定義は、要するに「精神的苦痛を感じたらいじめ」です。
 
 で、A児は「僕はいじめられている」と思って苦痛を感じていたのだから、いじめは「あった」としか言えない。
 
 ただ、B児が意図的に「いじめた」のか、というと、それは難しい。
 
 ……まあ……B児も「Aのことは嫌い」と言っていたので、全く何の害意もないとも言えませんけど。
 
K村「なんでA君のこと嫌いなの?」
B「ぶってないのにぶたれたとかウソつくから」
 
 まあ……君の視点だとそうだろうねえ……。
 
 こういう、ナチュラルに周囲を傷つけている子が
「自分は『普通にしている』だけなのに、周囲からのけものにされている」
 という被害意識を持ってることって実はよくあります。
 
 そういう意味では、本件は、「B児もいじめられていた」とも言えます。
 だってB児も「暴力行為の濡れ衣を着せられた」という精神的苦痛を感じてるわけですから。……A児にその意識は全くないだろうけど。
 
 いじめ対応で
「学校はいじめた子をかばっている」
 とかよく言われます。
 
 しかし、
「困った子は困っている子」
 という格言がありますが、本件はA児・B児どちらも「困った子」であり、「困っている子」なんですよね……。(おそらくA児の母も)
 
 みんな救えたら良かったのですが。到底力が及びませんでした。

*1:とはいえそれとは別に、怒るとすぐ手が出たり、順番を守るなどのことができなかったり、という問題もあります。

*2:周囲の子がB児をかばっている、という可能性は残念ながらほとんどないです。みんな大なり小なりB児の被害を経験していて「大目に見てる」だけなので。

*3:「過去に上級生に意地悪されたのがトラウマになっている」との話が母親からあったのです。

*4:1・2年生の時の担任も私だった。

*5:お父さんは……お母さんよりはずっと話が通じる方なのですが、いかんせんお仕事が忙しく、お子さんの状況についてはほとんどお母さんを通じて聞いているだけ、という。

*6:A児母からのお手紙のコピーとか、トラブル時の対応とかは全部記録してファイルしてあります。

休校要請の日とその翌日、小学校であったこと。

 金曜日、昼食を買いに校舎外に出たら学童の子とすれちがい、
「先生、まだ学校にいたの!?」
 と言われました。
 
 違うよ……? 君たちが休校になっても、職員室の先生達はみんな勤務日なんだよ……?
 でも給食は出なくなったから、昼食は弁当持参かコンビニで買うかなんだ。
(「感染予防のため飲食店の利用は避けるように」と校長から指示されている)
 
 さて。
 休校関連のあれこれを、学校視点で書いておこうと思います。
 
 ……あんまり詳しく書くと、自治体名どころか学校名まで特定されそうなので細部は若干改変してありますが、全体としては事実に基づいています。
 
 2月27日19時頃。
 本校の職員室には、ほとんどの職員が残っていました。
 通知表・指導要録の作成や進級・進学、卒業等の準備が集中する年度末は、学校でもっとも忙しい時期なのです。
 
 そんな中、教頭が「えっ!?」と叫び、ややあって
「『安倍総理がコロナ対策で全国の学校に休校を要請。3月2日から春休みまで』って!」
 と叫びました。
 
 職員室に「ええっ!?」という動揺の声があふれ、みんな一斉に手元のPCでニュースサイトの閲覧を始めますが、何しろそれ以上の情報はありません。
 
 職員があわてふためく中、校長・教頭・教務主任らはしばらく深刻な面持ちで相談していましたが、やがて校長が立ち上がり、
「学年主任の先生方! お忙しいところすみませんが、臨時の打ち合わせを持ちたいと思いますので、校長室にお願いします!」
 管理職と学年主任、教務主任、学習指導主任、児童指導主任らは、校長室に入っていきました。
 
 残ったメンバーは仕事をしながら気もそぞろです。
 
「え……何? 3月2日から休みって、今日が27でしょ? 明日が28で、土日を挟んで月曜が2日でしょ? じゃあ、明日で学校最後ってこと……?」
「通知表とかどうすんの……?」
「卒業式は……?」
 
 小一時間ほどして校長室から学年主任らがぞろぞろと出てきます。
 
 校長から。
「えー、先生方、すでにご存じの通り、先ほど、安倍首相より、全国の学校に、3月2日から休校するように、との要請が出されました。
 具体的な対応については、市で足並みをそろえることになると思いますので、休校するかどうかをここで決定することはできません。
 しかし、最悪の事態に備えておくことが必要だと思います」
 
『最悪の事態』て。
 
「報道はもちろん保護者も見ていると思いますし、不安も感じているはずです。
 ですから、市の方針が決定するまで何もしない、というわけにはいきません。
 保護者に対しては、今から、一斉メールを送信して、ひとまず明日の対応について連絡したいと思います」
 
 本校はありがたいことに働き方改革の一環として新しい電話機が導入されまして。
 18時以降は「本日の業務は終了しました。また明日お掛け直しください」という自動音声が流れる仕組みになっています。
 これで18時以降は校務に専念できるわけですね(働き方改革)。
 
 もしそれがなかったら、打ち合わせや校長が話している間にもじゃんじゃん電話がかかってきて大変だったろうなあ、と想像します。
 
 その日に出たメールは以下のようなもの。
 
・3月2日以降の予定は、まだ市教委から連絡がなく、休校になるかは未定です。
・しかし、明日、2月28日が最終日になる可能性もあります。
・このため、明日は授業を行いません。下校時刻は予定通りです。
・教科書、ノート等は不要です。その代わり、持ち帰る荷物が大量になると予想されるので、大きなバッグを持たせてください。
・休校になった場合、通知表や、お道具箱、絵の具セットなどの大きな荷物類については、春休み期間中に取りに来る期間を設ける予定です。
・今後の予定については、決まり次第メールや通知文書でお知らせします。
 
「これは大変なことになった……」
「えっ……明日、授業ないんですか? ウチ、今日、理科の実験やって、明日グラフにまとめる予定だったんですけど……」
「そもそも教科書がまったく終わらないよね……?」
 
 なんか、世間では
「この時期の学校なんて、卒業式の練習やってるだけでしょ?」
 みたいなことを言う人もいますが、それはわりと何十年か前の話です。 
 
 確かに、私が子どもの頃の小学校は、卒業式だの運動会だの学芸会だののリハーサルを何度も何度もやったりしたものです。
 しかし昨今では、総合的な学習の時間だの道徳の教科化だの英語必修化だので学習内容が増えた結果、時間的余裕がなくなっています。
 学芸会とか小遠足とかいう行事は「学校行事の精選」として、多くの学校で姿を消しました。
 残った卒業式や運動会のような行事でも、準備時間は大幅に削られ、3月ギリギリまで授業をしないと教科書が終わらない事態になっているのです。
 
学習指導主任より。
「終わらない教科がいっぱいあると思うんですが、それは、家庭学習用のプリントを子ども達に配って、休校期間中に自習してもらうということにします」
「そんなこと可能なのか……?」 
 
 もちろん可能な子、可能な家庭もあると思うんですが、それがみんなに可能ならそもそも公教育なんて不要なわけでして。
 
「……ですので、お忙しいところすみませんが、明日、子ども達に配布できるよう、自習用プリントの作成と印刷をお願いします。今から」
「……そんなこと……可能なのか……?」
 
「あと、各学級とも、終わってないドリルとか、テスト類があると思うんですが、それは、明日、子ども達に全部やらせるようにしてください」
「………可能じゃないだろそれは」
 
 多くの学校では、テスト・ドリル類は、業者から購入したものを使用していると思います。
 その費用は保護者が負担しているわけで。
 保護者に
「学校で使用してお子さんに教えるために必要なんです。だからお金出してください」
 ……って言って買ったものを白紙のまま返却しては、申し訳が立たない。
 だから、通常、なんとしても年度末までに終わらせることになっています。
 
 ……今回は「通常」じゃない気もするんですけど……。
 
「それから、子ども達のやった教材、プリント等も、今、成績処理のために手元にあると思うんですが、明日、返却の漏れがないようにお願いします」
「……ええ……」
 
 通知表の作成が終わってから少しずつ返却するはずだったものが、突如「明日まで」に。
 
 そして6学年主任より。
「あの、先生方、お忙しいところ大変恐縮なのですが、もしも2日から休校になりますと、6年生は明日で本校を卒業ということになります。たいへん慌ただしい一日になるかとは思うのですが、少しでも6年生に卒業の気持ちを持ってもらうために、今から、教室周辺に少し飾り付けをしたいと思っています。申し訳ありませんが、ちょっとでもお手空きでしたら、お手伝い頂けるとありがたいです」
 
 通常、卒業式の準備は、前日放課後、担当になった5年生と職員が一緒に飾りを作ったり飾り付けをしたりしていくものなのですが、今回はもう夜。
 ただでさえ卒業関係業務で多忙な6年の先生たちですから、他の職員も手伝わざるを得ません。
 紙でお花をつくるやら風船を膨らませるやら「卒業おめでとう」のプレートやら。
 過去に作った飾りで流用できるものもありますが、そうでないものも多く。
 
 ……卒業式なんてくだらない形式だ、という人もいます。
  
 確かに、卒業して何十年も経った人にとっては、幼稚園や小学校の卒園・卒業なんて、くだらないままごとにしか見えないかも知れません。
 でも、卒業する本人や、その保護者にとってはとても重要な人生の節目ですし。
 それをいい思い出にしてあげたい、というのは、これまで6年生と接してきた教員の気持ちでもあるわけで。
 
 そんなわけで、わりと夜中までかかりました。
 
 で、迎えた28日。
 
 高学年では突然の修了に呆然とする子がいる一方、低中学年の子はわりと浮かれていました。
 まあ……春休みの長さが突如夏休み並みになったわけですからね……。宿題の量もだけど。
 
 朝には、校長から校内放送を通じて講話。
 主に、新型コロナウイルスの感染予防について。
 
「これまでのところ、皆さんのような小学生が感染することは少なく、感染しても重症になることはあまりない、ということですが、万一、皆さんが感染して、お家に持ち帰って、家族の誰かにうつしては大変だ、ということで、学校をお休みすることになりました」
 
 ……校長先生、実は休校に納得してないでしょ。
 
 実はこの28日の間にも、休校するのか、いつからするのか、といった点について方針が二転三転していました。
 
「仮に休校になるとしたら、上の方針が出るまでじっと待っているヒマもない」
 ということで、校長会と市教委と県教委がそれぞれに対応を協議したわけですが。
 
 臨時校長会で話がまとまった後に市教委から指示が来て。
 その後に今度は県教委から指示が来て。
 そして首相と文科省が「あくまで要請であって個別の判断は自治体に委ねる」とか強調し出して。
 
 保護者には、最終的な方針が決まるまで追加の連絡は出なかったのでその混乱は伝わらなかったと思いますが、一番てんやわんやだったのは給食主任でした。
「この日からこの日までの給食は全部キャンセルでお願いします」
「すみません、さっきキャンセルした給食なんですけど、やっぱりこの日とこの日は……」
「すみません、さっきキャンセルをキャンセルした給食なんですけど……」
 ……なにぶん、相手が生鮮食品ですから、早めに連絡しないとですね……。
 
 各学級では、膨大な量のプリント、通知文書が一挙に配布されて子ども達の机の上に紙の山ができ。
 通常の修了式の日だってかなり配るものが多くて大変なのに、何の準備もなく突然年度末になったわけなので、あの状況下で配られた通知文書、ちゃんと保護者に届いたんだろうか……。
 
 さらにそこに、残ったテストとドリルを一気にやるという無茶な日程で、最終日の余韻もへったくれもありません。
 なにぶん、まだ習ってないところのテストをやるわけですから、教えながらテストをする、みたいな荒技になったり。 
 
 そんな中、給食の時間には、5年生から、
「放送で6年生を送る会」。
 内容は歌とクイズでした。
 
 5年生も、これまで「6年生を送る会」に向けて、レクリエーションを考えたり、下級生と協力してプレゼントを作ったりしてきたのですが、それは全部中止。
 
 ……5年生にとっての「6年生を送る会」は、単なるお遊びではありません。
 一つのイベントを企画し、外部(他学年)に仕事を依頼し、準備し、運営するという経験を、教師がサポートする中でやる学習活動です。
 だから、ぜひ成功経験を味わわせてあげたいところですが……まあ、プレゼントだけは6年生の教室に渡しに行きました、みたいな結果に。
 
 放課後、教務主任が
「こんな時になんですが、もし今日、例えば算数の授業を行った場合には、週指導計画上は、算数の授業時間として計上しておいていただけると……」
 
 学習指導要領で、年間に実施すべき各教科の時間数は決まっています。
 だから、学校の時間割はその基準を満たすように組まれています。
 しかし、台風による休校やインフルエンザによる学級閉鎖などに備え、ある程度の余裕を持ってはいるとはいえ、余裕の時間数は、学年にもよりますが、7時間から12時間程度。
 1~2日分しかありません。
 
 万一、休校が長引いて本当に時間が足りなくなった場合には、その後、昼休みにも授業をやって一日7時間授業にするとかそういう非常措置をして、指導要領の要求を満たすことになります。
 学校行事がずいぶん減らされたのだって、教科の授業時数を捻出するためです。
 
 しかし今回、年度末である3月がまるまる消滅してしまうというのはもう対処不能なわけで。
 
 時間数もそうですが、内容的にも教科書が全然終わらない。
 
 例えば4年の算数では、
「今日は帯分数の足し算をやりましたね。明日は、帯分数の引き算をやります」
 というところで休校。
 
 その分数の学習の後には「直方体と立方体」という単元が控えていたのですが、これはもう全く触れさえせずに学年が終わりました。
 だから今年はたぶん全国で
「立方体……? 聞いたことがありませんね……?」
 という子どもが量産されたわけです。
 各学年、各教科でそんな感じ。
 
 消滅した一ヶ月分の学習内容をどうするのかはぜんぜんわかりません。
 元々、各学年とも、その学年で教えるべき内容を教えるので手一杯だったわけで。
 
 そこへ、今年度やり残した一ヶ月分を教え直すようなゆとりがあるとは思えない。
 仮にやろうとしても、「やり残した部分」は学級ごと、学校ごとに微妙に違うわけで……。
 
 どうするんだろ……?
 全国一斉学力テストとか、大幅な落ち込みが予想されるけど、やるんだろうか……?
 
 その他、突然雇い止めになってしまった非常勤職員の先生達とか、逆に突然フルタイムでの勤務を要求された学童の先生とか、色々あるのですが、そのへんは当事者ではありませんのでこのへんにしたいと思います。
 
 事態が早く沈静化するのを願っているところですが……。
 
 それにしても、これって、4月から新年度が始められるんでしょうか?
 そもそも休校が必要だったかどうかはさておき、現状を見るに、2月28日よりも4月6日の方が状況が良くなっているかどうか、疑わしい気がするんですけど……。