1年生のS君、朝登校してくると私に尋ねました。
S「先生、この服、なんのかっこだと思う?」

黄色いTシャツにデニムの半ズボン。
特に何かのキャラクターグッズではありません。
私「上が黄色で下がデニム……。わかった! ミニオンズでしょ!」

S「ちーがーうーよ! ウッディだよ! トイストーリーの!」

すまんS君……君の雰囲気があまりにもミニオン寄りなので……。
最近の動画生成AIほんとすごい。(MiniMax H3)
驚き屋とか言われるかも知れないけど、本当に驚いたので。
まず、こんなポンチ絵を描きます。

それをスマホで撮って、動画生成AIに放り込んで、プロンプトを渡すと……

待つこと数分、こんな動画ができます。

マジか。
ここに載せたのはアニメGIFだから無音ですけど、実際に生成されたmp4では、
「カツッ(棒が地面に当たる音)」
「ポヨン(スライムが跳ねる音)」
「ドテッ(倒れる音)」
などの効果音がちゃんと入っています。
(BGMも入れてくれる…んだけど、尻切れトンボになりがちなので、入れないようにプロンプトで指示)
振った棒がしなるところや、スライムのぽよんぽよんした感じもばっちり……むしろ、1フレーム目(つまり私が描いた絵)が一番雑。
これ、子どもの描いた絵なんかもアニメにできるってことですよね……。
ローカルでこれができるとは。
動画生成AI、しばらく前にも試したことがあるんですが、その時は、生成に時間がかかる上に、内容もけっこう破綻しがち(どこまでが人物でどこまでが背景なのかを間違えるとか)だったので敬遠していました。
それがずいぶん使いやすくなって、本当に、ドラえもんの「アニメーカー」がもうすぐそこに見えます。
しかし何しろ驚いた……というか拍子抜けしたのは、導入がとても簡単だったこと。
ComfyUIは過去にも使っていたのですが、改めてインストールし直したら、以前は必要だった、
「このサイトからこのファイルをダウンロードして、ここにこういう名前のフォルダを作って、あっちからダウンロードしたファイルを展開して、出てきたこういう名前のファイルをこのフォルダに入れて、このファイルを開いて何行目のこの部分を書き換えて……」
みたいな作業はほとんど不要になっていました。
もう本当に普通のフリーソフトだこれ。
プロンプトはわりあい長い英文で、効果的な指示の仕方も決まっているようですが、それはChatGPTに書いてもらいました。
動画生成AI(MiniMax H3)で動画を生成します。添付の画像を元に、 動画のプロンプトを英語で作成してください。
以下のサイトを参考にし、プロンプトを構造化してください。
(画像を元に動画を生成するので、I2VA形式になります)
https://domoai.app/ja/blog/minimax-h3-prompt-guide
動画の内容は以下の通りです。
棒人間が動くモノクロのアニメーション。 少年が、持っていた棒を両手に持ち替え、スライムに殴りかかる。 スライムは後ろに跳ねてそれを避け、棒は地面にぶつかる。少年は驚いた顔をし、バランスを崩す。 スライムは大きく跳ねて少年の頭に乗り、少年は目が×印になり、転ぶ。 スライムはそのまま跳ねて画面左に去る。少年は困った顔でよろよろと立ち上がる。
効果音は入れますが、音楽は不要です。
いや……「簡単」とは言うものの、正直に言うと、私の場合、本体をインストールした後、Turbo LoRAという高速化ファイルを入れているし、ちょっとワークフローを変えてシード値を自分で選べるようにしたり(初期状態ではランダム)、ChatGPTが出してきたプロンプトも若干修正したり、同じプロンプトでシード値を変えて何度か試したりしています。
でも、試すだけなら基本そんな作業は不要です。

試行錯誤中の失敗事例。
なんか髪が生えたりスライムに口ができたりする。*1
まあ、それにしても、びっくりするくらい簡単。
つまり、今までこのブログに載せてきたAI生成画像も動画にできるということ……

「核戦争後の荒廃した世界でネコがフルに武装して抗争する絵」

最後、「ニャアー」って鳴いて欲しかったんだけど、どうしても「ガオー」って感じになる。GIFではわからないけど。

Mist girl。


UsgUedZwちゃん。

ともあれ……本当に、手順としてはかなり「誰でもできる」と言ってよい段階に来ていると思います。
長い動画を生成する方法も段々できてきているとか。
生成にかかる時間が短くなったのも、試行錯誤が簡単になってありがたいところ(その分、時間がいくらでも溶けるのも事実ですが)。
自分が見たい動画を自分で作ってみたい、自分の絵が動くのを見てみたいという方、試してみてはいかがでしょうか。
*1:色がチラチラするのは失敗ではなく、低画質で仮出力したからです。まず低画質で試して、うまくいきそうなら同じシード値で高画質にして再出力する、という手順でやっています。
夏休み読書その2。
図書館つくづく便利ですね。
……お気づきでしょうが、夏休みなので、子どもについては書くことがないのです。

「コミック会話 自閉症など発達障害のある子どものためのコミュニケーション支援法」
サブタイトル通り、自閉症スペクトラムなどの子とのコミュニケーション手法のひとつ「コミック会話」を紹介する本。
図書館で予約して借りたらえらく薄い本だったのでびっくりしました。
要するに、「ぼくがこう言って…お母さんがああ言って…」みたいな状況説明を、棒人間と吹き出しで描いていくと、出来事や本人の気持ちを表現しやすいよ、という話。
その発言の「気持ち」を、吹き出しの色で表現する(うれしい気持ちは緑、怒りは赤、とか)、というのがキモなのかも。

(同書8ページ)

(同書付録2)
正直、実際に使っている様子を見ないと、具体的にどんな有効性があるのかよくわからない。
でも、一つの手法として覚えておきたいと思います。

「おくれ毛で風を切れ」
古賀及子さんのエッセイ。この人の本は読むのたぶん3冊目。
デイリーポータルZで知った方だけど、文章が簡潔かつ活き活きとしているし、お子さんとの関わりを中心とした内容にも温かみがあってとても好きです。時折挟まれる内省も新鮮。
(しかし、稀に登場する「山で暮らす夫」がどういうことなのか気になる……ルリドラゴンか?)
「日常の5秒間の瞬間を200字で」というスタンス、できるものなら真似したいところ。
あとがきで、これらは記録ではなく、「文を書く喜び」「文で遊ぶ楽しさ」のために書いている……という一節があり、好きでやっている人はやっぱり最強だと思います。
漫画家さんのエッセイ漫画とか見てもよくそう思います。あふれるアウトプット欲。

「あたし研究: 自閉症スペクトラム~小道モコの場合」
自閉症スペクトラム当事者の小道モコさんが、自分に見えている世界を絵と文章で説明した本。
(ご本人は書いた時点で三十台で、社会人になっています)
この本はとても良かったです。
本人の体験だけでなく、それぞれのテーマについて、精神科医の畠中雄平氏がプロの視点から解説を加えているのも有意義。
どのページも興味深かったのですが、特に印象に残ったのがこれ。(クリックで拡大するはず)



(同書34~36ページ)
服のタグを完全に(根こそぎ)取り除かないと、体調不良になってしまう、という話。
自閉症スペクトラムの児童が、感覚過敏の特性を持っていることが多い……というのは、わりとよく知られていると思います。
(視覚過敏だったり聴覚過敏だったり、逆に特定の感覚が鈍かったり、具体的な状況はひとりひとり異なる)
かく言う私も、服のタグは切らないと気になって着られないので、だいぶ気持ちがわかります(奥さんにもらったマフラーがチクチクするのがダメで、申し訳ないけど一度も使わずにしまってあるくらい)。
でも、ここまで徹底して取り除かないとダメ、さもないと無意識に変なところに力が入って体調不良になる……というのは驚きでした。
そして、畠中氏の解説の、
「味覚でも同じことが起こり得ます」
という指摘にはっとさせられました。
食育の一環として、
「苦手なものでも一口は食べましょう」
みたいな指導は学校でごく一般的です。
食物アレルギーがあればもちろん食べさせることはありませんが、
「アレルギーでないなら、いろいろな料理・食品に触れて、食の範囲を広げることが本人にとってよいことだ」
という発想が根底にあります。
それ自体は間違いではない……と思うのですが、発達障害の児童にとっては、
「アレルギーではないけれど、食べると体調不良になる」
ということがあり得るのだ……というのは、恥ずかしながら考えたことがありませんでした。

(同書25ページ)
「やきそばの作り方」の話にあるように、
「発達障害があっても、やり方を工夫することで、うまくできるようになる」「些細な改善で状況が180°変わる」
というケースも紹介されており、学校でもその子に合わせた方法を工夫したり、本人が工夫できるように支援していくことの意義を感じます。
そんな「工夫」がなくても、がんばればできるし、「がんばればできる」と「できるんじゃん!」「次も頑張りなよ」と言われてしまう、しかし、
「日々の生活の些細なことまでがんばっていたら、疲労困憊してしまいます」
というのは、本当に周囲が気をつけなければならないことだなあと思います。
(一方で、本書はあくまで「当事者の感じ方」を紹介する本で、具体的な支援策の提案は主眼ではありません)
続刊もあるそうなので、ぜひ読んでみたいと思います。

(同書42~43ページ。学校は予測不能のジャングル……そうだなあ……)

「博士の愛した数式」
奥さんに勧められて読んだ小説。良かったです。
事故の後遺症で、80分より前のことは覚えていられない60代の「博士」。
そこへ家政婦として働きにやってきた「私」
そして、ふとしたことからしばしば博士と一緒に過ごすようになる、小学5年生の息子。
その3人の物語です。
記憶力を失った「博士」が、日常の何気ない数字(28とか。220とか)に、その美しさ、かけがえのなさを見出し、数学への愛と熱意を込めて解説する場面がたびたびあります。
そのいずれの場面でも、素人である聞き手に対する敬意と賞賛を欠かさないのが心温まりました。
「教える」とはこうあるべきなのだろうなあと思います。
主人公が何か大きな困難に立ち向かうようなドラマではなく、ある意味淡々とした「日常系」で、安心して読むことができました。
(もちろん、その「日常」も永遠には続かないわけですが)
とはいえ……「認知症がみんなこんな穏やかなものだったらいいんだがなあ」とは思ったり。
(「博士」の記憶障害は事故の後遺症だから認知症とはちょっと違いますが)
がんこちゃんは侮れない。ターラちゃんは(いろんな意味で)ちょっと怖い。
(*ここに「虫注意」と書いておいた方が親切なのかも知れない)
幼児向けの道徳番組、「ざわざわ森のがんこちゃん」をご存じでしょうか。
実は私も、最近まで見たことがなかったのですが、なかなか侮れません。
さすがNHK、10分という短い時間の中で、毎回要点をきっちり抑えた内容になっています。
きかんしゃトーマスがCGになりアニメになる時代に、がっつり人形劇なのもすごい。
(これはがんこちゃんに限りませんが)
中でも個人的にけっこう印象に残った回が、「みえないおともだち?」です。
edu.web.nhk
内容としては、情報モラル、セキュリティの話です。
あらすじ。
かつて、人類が使っていたという機械「フォンフォン」。
それは、遠くの人と会話ができる道具でした。
(あまり意識されませんが、「がんこちゃん」はある種のポストアポカリプスものなんです)*1
これを手に入れて、友達同士で楽しく話をするがんこちゃんたち。
しかし、フォンフォンとともに、危険な古代の恐怖もよみがえっていたのです。
フォンフォンを通じて知り合った女の子、「ターラちゃん」に、「子どもだけのパーティー」に誘われるがんこちゃん。

そして、友達のツムちゃんの身にも危険が……というお話。
学習ポイントその1。
「だいじょうぶ、おともだちだから。しらない人じゃないもん」
と言うがんこちゃんへの、
「がんこちゃん。あったことのない人は、しらない人でしょ」
というお母さんの言葉、なるほどと思わされました。
どんなにネットで話していても、直に会ったことがなければ「知らない人」。
わかりやすい。
それから、ターラちゃんに
「がんこちゃんの仲良しって、だあれ?」
と、聞かれたがんこちゃん、友達であるツムちゃんのことをホイホイ話してしまいます。(学習ポイントその2!)
すると今度はツムちゃんのところに電話が。
ツムちゃんは、ターラちゃんの言う「子どもだけのパーティー」に(夜中に!)出かけてしまいます。
この、本来は引っ込み思案で人見知りなツムちゃんを誘い出す、ターラちゃんの巧妙な手口が学習ポイントその3。
まず、自分を
「がんこちゃんのお友達なの」
と、共通の友人の名前を出して信用させる。
そして、
「私、絵本が好きなんだけど、あなたは?」
と、相手の趣味(がんこちゃんから聞きだしている)に触れて信用させる。
その後、ツムちゃんが図書館の絵本を延滞しているという弱みを聞き出すと、
「それが先生に知れると、学校を追い出されるかも知れない」
「でも、親友だから黙っていてあげる」
「パーティに来てくれるわよね?」
「がんこちゃんも来るから大丈夫」
と、嘘と遠回しな脅迫で、ツムちゃんを断れなくしてしまいます。
幼児向け番組で、こんな詳細かつ具体的なソーシャルハック(?)の状況が描かれるとは思いませんでした。
自分の個人情報はもとより、知人・友人のことも、「知らない人」にむやみに伝えてはいけない、ということですね。
そして、まずは身近な人に相談することが大事。
これはむしろ、大人向けの教材としても役立つんじゃないかと思いました。
とはいえ、このお話は、結局のところ、がんこちゃんの圧倒的なフィジカルによって全てが解決してしまいます。
そして、「フォンフォン」は、「安全な使い方が見つかるまで」再び封印されることに。
このあたりの結末は、幼児向けゆえだとは思います。
現実の子どもたち……そして我々大人は、そうやって解決することはできません。
「安全な使い方」を、身につけなければならないのです。
……あと、本作でインパクトがあったのが、「ターラちゃん」の造形です。
ターラちゃん、実は蜘蛛型の肉食生物で、かわいい女の子に見えるのは腹部の擬態なんですよ。
つまりこういう……。

下が本体。*2
しかもこれ、尾部(つまり「ターラちゃん」の頭部分)から糸を飛ばすんですよ。
一回しか出番がないキャラのギミックに凝り過ぎじゃないですかNHK……?
もちろん、「少女に見えるのは実は擬態/疑似餌」みたいなモンスター、決してNHKの発明ではありません.。
(例:
Q-Bee - Wikipedia(英語記事。なんでか日本語には独立した項目がない)
#歯 箱入り娘 - 速水螺旋人のイラスト - pixiv(迷宮キングダムには「ワー妹」ってのもいる))
でも、それが「がんこちゃん」に出てきたのはだいぶ衝撃でした。
ネット不審者のメタファーとしては、この上なく適切なデザインではありますが。
ともあれ。
夏休みも後半。
おうちでスマホやタブレットを使うお子さんも多いのではないでしょうか。
がんこちゃんのお父さん・お母さんが諭した、
「知らない人に自分やお友だちのことを教えるのは危ないこと」
「子どもだけで知らない人に会いに行かない」
といった教訓を、このお話でお子さんと一緒に考えてみてはいかがでしょうか。
……お子さんが、ターラちゃんについてどんな感想を持ったかも、知りたいところです。
プレコグニション(予見)
NHK for Schoolには授業でお世話になっています。
特に、特別支援向け番組の「ストレッチマン」シリーズ。
edu.web.nhk
番組の構成は、毎回ほぼ決まっています。
(ある程度ワンパターンな方が、見る子どもも安心するんだと思います)
「ストレッチマン・ゴールド」では、10分間の番組の最初に、生活スキル(消しゴムの使い方だとか、内科検診の受け方だとか)を学びます。
そして、子どもを襲う怪人を撃退した後、番組の最後に「みんなで遊ぼう!」のコーナーがあって、身体を動かす遊びが紹介されます。(最初に学んだ生活スキルに関連していることが多い)
「遊び」では、しばしば紙コップを使ったりボールを使ったりします。

*1
番組内で遊んでいる様子を見ると、見ていた子どもたちもやる気が高まり、そのまま同じ活動にスムーズに導入することができます。
そんなある日。
この日は、「ひもを結ぼう」の回を見ました。
最後のコーナーは、縛ったタオルを使った的当て。

「おわり」のテロップが出るやいなや、子どもたちは、
A児「先生、あれやりたいやりたい!」
私「あらー、そうですかー。実はここに、タオルがたくさん用意してあってですねえ……」
B児「やったー!」
すると、2年生のC児が不思議そうに、
「先生、タオル使うの知ってたの?」
不思議ですねえ……。
*1:画像は全て上記リンク先の動画から。
読んだ本
夏休みなので本を読んでます。図書館ってすごい。
1:びりっかすの神様

児童文学の古典的名作、らしい。
タイトルにある「神様」というのは、むしろ「妖精」といった方が近い、小人のような存在です。
表紙に載っている、くたびれたおっさんに羽根が生えた生き物(?)がそれです。
この半透明の小さなおっさんは、テストなどでビリをとった子にだけ見えるのです(転校生である主人公が最初にその存在に気付く)。
「神様」を見た子は、彼と心の中で話をすることができます。
そして、「神様」を見た子同士も、同じようにテレパシーで会話できるようになる……というのがお話のキモ。
一方、子ども達のテレパシーの輪から一人蚊帳の外に置かれる学級担任なんですが、この人が問題があって……。
何かにつけて小テストを実施しては、その得点順の座席に子どもを座らせる、という学級経営。
それ、今だと人権問題とかになりそう。(本作は1988年初版発行)
巻末の解説でも「嫌らしい教師」と書かれてるので、昭和でもそんな教師普通はいなかった……と思うんですけど。
でも、「滝山コミューン一九七四」を読んだ後だと、どんな無茶な教育実践も「こんな教師実在しないよ」とは言えなくなる……。
成績順の座席もダメなんですけど、一番ダメだと思ったのは、成績順でビリになった子が周囲からからかわれているのに、それをちゃんと止めないこと。
「そりゃ、いじめだ」
って、形だけ声はかけるけど、厳しく指導するとかじゃなくて口先だけなんですよね。
それはいじめを容認しているも同然なわけで。
この先生のダメな部分が端的に描写されている場面だと思いました。
ともあれ。
最初は「神様」を見て、話し合っていたのは主人公1人だけですが、それがやがて2人になり5人になり……と増えることで、学級内にテレパシーで会話できる子が増え、子ども同士が連帯していきます。
ファンタジーではありますが、「神様」自身は何の神通力もなく、子ども達に助力もしてくれない(物言いもちょっとくたびれている)、というのが、今見るとちょっと斬新。
むしろ、「テレパシーが普及すると社会はどうなるか」という、ちょっとしたSFのようでもあります。
なるほど名作でした。
2:高校生からわかるマクロ・ミクロ経済学

高校生にもわかるらしいけど私にはまだ十分理解できた気がしない……。
とりあえず、「貿易赤字は減らさねばならない」というのは間違いだ、というのはわかった、と思います。
それから、「財政再建しないと国債が暴落してハイパーインフレに!」……的な主張は煽りすぎだ……としつつも、そうならないのは国債が国内で消化できている(買っているのは日本の銀行であり、つまり日本人の預金)からで、国債が増え続けて国内で消化できなくなるとその限りでないので、やっぱり財政収支の黒字化と税と社会保障の一体改革は必要(消費増税含む)、というのが筆者の立場でした。
初版発行が2013年なので、アベノミクスで異次元緩和が始まった頃の本ですね。
アベノミクス以後の世界、トランプ関税とかをどう評価するかも読んでみたいところです。
3:アート・オブ・スペンディングマネー

「不幸なお金持ちもいるし、貧しくても幸せな人もいるよね?」
という、言ってしまえば意識高い系の本。
でも面白かったです。
・見せびらかすために金を使うのはやめとけ。本当にその車が好きなら高い車を買ってもいいが、他人を感心させるために買うならやめとけ。効果は長続きしないし、次はもっと高い車を買わなきゃならなくなる。
・思い出は年月が経つにつれてどんどん価値が高まる資産なので、思い出作りは大切にしろ。ただ、必ずしもカネがないと思い出が作れないわけではない。
・たまに贅沢するから幸せな気持ちになるので、毎日贅沢したら退屈なだけ。「チートデイ」を決めること。
・貯蓄は我慢ではない。自立を買うことである。
一番心に残ったのは、「自分の死亡記事を考えろ」でした。
日本だと「あなたの理想の弔辞を考えよう」とかになるのかしら。
自分が死んだとき、どんな人として記憶されたいか? と考えたとき、豪邸とかブランドの服とかは候補ですらなく、身近な人たちから人としてどう思われていたかが最優先ではないのか? という話。
私がどんな人として記憶されたいかというと……。
いやまあ、気恥ずかしいのでここに書くのはやめておきましょう。
皆様の理想の弔辞はどんなものでしょうか。

