有害なものを体に入れないことが大切。

 

けっこう以前の話。

 
 うちの学校の近くに、お店が出来ました。
 
 掲げてある看板は、
 
「レストラン&エステ」
 
 なにそれ。
 
 それもこんな僻地に。
 
……で、終業式の後、職員一同で行ってきたんです。
 ご夫婦で経営しているレストランでした。
 
 メニューは、
有機野菜を使ったなんとかかんとか」
 だとかで、店内には
「当店では、調理に無塩素水を用いています」
……という張り紙とかが。
 
 健康ブームに乗ったお店なわけですね。
 
 あえて有機農法とかにこだわるなら、もっと都会に出店した方が、意識の高い人がいて需要がありそうな気もしますが。
 
 なにか、食堂の目立つところに、ログハウス風の内装と場違いな本が陳列してあったり。

水道水にまつわる怪しい人々―夢の浄水器が教えてくれた生命のこと

水道水にまつわる怪しい人々―夢の浄水器が教えてくれた生命のこと

 
……「無塩素水」を強調したいのかな?
 
 帰り際に、「いちえ水」……とかいう化粧水のサンプルを全員にくれたり。
 まあ、エステだからかな?
 
店員「これはね、界面活性剤とか防腐剤が入っていない、天然成分だけを使って作った化粧水で、とってもお肌にいいんですよ?」
 
 いやー、でも、化粧水は使わないかなあ。
 
店員「あのね、花粉症なんかの人はね、目にスプレーしてもいいんですよ?」
 
 おお、それはありがたい…………いや、それってどうよ。
 
 化学物質が有害で、天然成分が安全、というのは、根深い迷信の一つです。
 
 テトロドトキシン*1だってマイコトキシン*2だってウルシオール*3だって天然成分ですが有害です。
 
 フィトンチッドにだって致死量があるんですよ?
 
 むしろ、「天然成分」の方が、厚生労働省の検査を受けずに配合されていることもあるわけで。
 
 まあ、そこまで危険ではないにせよ、化粧水として開発されているものを、うかつに目に噴霧することを勧めたりしていいんですか。
 
……とまあ、何か、微妙な気配を感じないでもなかったのですが。
 

再訪。(やっぱりちょっと前)

 
 その後またみんなで行ったところ、なんか、パワーアップしていました。
 
 まず、
 
「レストラン&エステ&岩盤浴
 
 になってました。(ちょっと前の話。岩盤浴がブームだった頃)
 
K村「(ひそひそ)……以前から疑問だったんですけど、岩盤浴って、何がどう効くんですか?」
H教諭「(ひそひそ)なんか、波動がどうとからしいよ」
K村「は、波動ですか……」
H教諭「うん。けっこううさんくさいものみたい」
K村「……遠赤外線とかなら、出てるでしょうけど……」
H教諭「うん、それは間違いないよね」
 
 とはいえ、遠赤外線が健康にいい、ということ自体すでにどうなのかと。
 
 物質の内部まで浸透して温めるのは確かですから、サンマが中までふっくら焼けたり、体の芯まであったまったりするのは理解できるんですが。
 
 冷え性には効果的かも知れないけどなあ……。
 
で、食事中、店の人がなにやら巨大なポリバケツを持ってきて。
 
店員「これはね、うちの自家製のこうそなんですよ」
 
K村「(ひそひそ)こ、こうそ? こうそって何です?」
H教諭「(ひそひそ)酵素パワーの、あれか?」
 
 出て来たのは、何か野菜ジュースのようなもの。
 
店員「これはね、自然の野草を氷砂糖に漬けて……」
 
 自然の野草なら健康によいとおっしゃる。
……野生のスズランとか入ってませんよね? (毒です)
 
 酵素
 
 ご存じの方もいるかも知れませんが、あいにく私は初耳でした。
 いや、言葉そのものは高校生物で習ったんですが、「自家製の酵素」という文脈が理解を超えていました。
 
 酵素といえば生体触媒。
 
 それが自家製。
 
 さすがバイオテクノロジー大国日本。
 一家に一つP4実験施設。
 
 いや、よもや、Googleで「酵素」を検索すると、生化学のページが全然出てこず、健康食品のページがぞろぞろヒットする状況とは。
 http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rlz=1T4GGLJ_jaJP311JP311&q=%e9%85%b5%e7%b4%a0
 
 食事中の我々に、ご夫婦が親切にも資料のコピーを配布してくださって。
 それがまた、
酵素には、消化酵素、維持酵素、分解酵素の3種類があります」
 とか、
「分解酵素を体外から補給してあげることで、宿便が分解されます」
 とか、めまいのするような内容。
 
 なんだ維持酵素って。
  
 そもそも宿便というもの自体、見た人はいないんです。
 
「〜〜を飲んだら宿便が出た!」
 とか言い張る人はいますが、普段と違うものを飲み食いすれば、普段と違う便が出るのは当然。
 
 一方、内視鏡とか解剖とかで直接腸の様子を見た場合、内壁はピンク色で、
「腸の内壁にヘドロのような便がべっとり」
 という状態は、誰にも確認されたことがありません。
 
 大体、野草ジュースの中に植物の酵素が溶け出しているという時点で怪しい。
 
 だって、砂糖に漬けただけだから。大部分細胞内にとどまってるんじゃないかと。
 
 そして、仮に溶け出しているとしても、それが体内に吸収されるなんて事はほとんどありえません。
 酵素というのはタンパク質だから、胃に入ったら普通はみんな分解されてしまうわけです。
(例えばナットウキナーゼについても同じ事が言えます)
 
 仮に万が一吸収されるとしても、それが人間の体に良い影響を与えるなんてなおさらありえないわけです。
なぜなら、酵素というのは必要に応じて体内で分泌されるものであって、そこへ野草由来の酵素を外から適当に投入したら、かえって体内のバランスが崩れて大変なことに。
 
 つーか、いちいち野草を砂糖漬けにするくらいなら、普通に野菜ジュースを飲んだ方がよくね?有機農法にこだわるならそれでもいいから。
 
 なんというか……。
 
 つまり健康ブームに乗るのが目的の商売ではなくて、ご本人たちが健康ブームに思いきり乗せられていた、という……。
 
 察するに、健康志向だけど科学的思考力の足りないご夫婦が、脱サラして「水も空気もきれいで自然の豊かな土地」で起業した、ということなんでしょう。
 
……ご夫婦の前途に幸あれ。
 
あと科学的教養もな。
 
 ちなみに「いちえ水」。
 母にあげたんですが捨てられてしまったようです。
 
「肌につけるものだもの。得体の知れないもの使えないわよ」
 ごもっとも。

*1:フグ毒。300℃に加熱しても分解せず、毒性は青酸カリの10倍。

*2:キノコ等、菌類の毒の総称で、100種類以上存在する。

*3:ウルシのかぶれを引き起こす成分。