朝、学校に来ると、いつもは元気なA男が、頭を抱えるようにして机につっぷしています。
私「おはよう。どうしたの?」
A「……なんでもない」
顔を上げないまま答えるA男。
よく見ると、眉の上辺りに、ばんそうこうがはられています。
私「あれ、それ、どうしたの? だいじょうぶ?」
A「……どうもしない」
ばんそうこうを隠すようにして、うずくまってしまうA男。
私「ん……? 目の近くだからあぶないねえ。血とかでなかった?」
A「……だいじょうぶ」
私「どうしてけがしたの?」
A「なんでもない」
私「なんでもなくてけがはしないだろ?」
A「……どうもしない」
その間、ずっとA男はうずくまったままです。
おかしい。
私「? …………!」
- 通常しないような場所に怪我をしている
- けがの原因を聞いてもひたかくしにする
- ひどく落ち込んだ様子が見られる
私「まさか、児童虐待……!?」
虐待の事例では、怪我をするのは、腹部など、外から見ただけではわからない場所であることが多く、身体計測の時などにはじめて発覚するケースが多いのですが、だからといって、
「外から見たところに怪我をしている」=「虐待ではない」
と判断する人がいたら大馬鹿でしょう。
ともかく、そういう怪我をしている、という点については、速やかに養護教諭に報告します。
養護「んー、学校でしたけがじゃないんでしょ? ならほっといていいんじゃない?」
……鷹揚だな。
一校時、その子の様子をよく観察します。
相変わらずうずくまっていることが多く……。
…………。
……なんか、顔立ちが変わった?
一校時終了後、その子の兄に話を聞いてみます。
私「ねえねえ、A君のおでこのばんそうこうなんだけど、あれ、どうしたか知ってる?」
兄「あー。あいつバカだから、親父のかみそり持ち出して自分のまゆげそったんすよ」
私「は?」
兄「それでまゆげなくなって、はずかしいからばんそうこうはってるんです」
私「……じゃあ、怪我はしてないの?」
兄「してないっすよ」
つまり、顔立ちが変わって見えたのは、反対側の眉の上半分が無くなっていたから。
頭を抱えてうずくまっていたのは、なくなった眉毛を隠していたから。
……バ……ッ……。
バカーーーッ!
てなわけで、万事杞憂に終わりました。
まあ、杞憂で良かったんですけど。
私もねえ、小さい頃は、自分の髪の毛はさみで切って怒られたりしたけどねえ。
かみそりで怪我しなくて良かったですね。
……養護教諭に「虐待かも知れない」とか、早まったことを言わなくて良かった。