戦争を知らないひ孫たち。

 最近、学習が遅れ気味な子に個別指導をしていて、ちょっと衝撃を受けことがあるので書きます。
 
 小学校3年の国語教材に、「ちいちゃんのかげおくり」って話があるのをご存じでしょうか。
 
 知らない方のために紹介記事にリンク。
blog.goo.ne.jp
 短い話だから読んで。(元は絵本)
 
 ブログの方が
「涙なしには読むことのできない、ある意味衝撃的な…素晴らしい作品」
 と書いてるとおりで、私もこれを音読するともう泣けてしまって授業にならないんですが。
(なお「一つの花」でも泣いてる模様)
 
 で、よそのクラスの子を何人か個別指導してたんですが、本作の内容にさしかかったところ、この子らはもう全然内容を理解してないことが判明。
 
私「5の場面(『それから何十年』以降、最後の4行)の部分は、要約するとどういう内容?」
A男「うーん、急に町が復活してるから、燃えたのは幻だったのかも知れない
 
 いやいやいやいや。
 
私「……この、『ちいちゃんのかげおくり』って、いつの話かわかる?」
A男「?」
 
 こういう物語教材って、学習の最初に「いつの話か」「どこの話か」とか確認するんじゃないのか……。
 
 っていうか、そもそも小学3年生、「かつて日本で戦争があった」という事実を知らないのです。
 昔は、学校で教わらなくても、どこかで伝え聞いて知っていた(例えば、福島で原発が事故った話なんか、学校で教えなくてもみんな知ってる)わけですが、今はもうそういう時代ではないのだ……。
 
 もっと衝撃だったのはB女。
 
私「かげおくりをした次の日って、場所はどこ?」
B女「……列車?」
私「うん……列車に乗るんだから、駅だよね。(B女は電車は知っているが「列車」という言葉は知らなかった)お父さんはどこに行くの?」
B女「?」
私「教科書の下(脚注)に、『出征』って言葉の意味が書いてあるから読んでみようか」
B女「(読んでから)『いくさ』って何?」
私「戦争のことだよ」
B女「戦争って何?
 
 星新一の「白い服の男」か!
 
戦争を知らない子供たち」といえば、我々の両親世代のことでしたが、今の小学生に至っては「戦争」という言葉自体を知らなかったりするんですよ……!
 
 いやまあ、個別指導を受けてる子だから、これはかなり極端な例ではあるんですが。
 それにしても、もう作品読解とかそういうレベルではないので、かなり衝撃でした。
 

戦争を知らない孫による解釈。

 
 ……といっても、私も、あまんきみこ氏が本作を書いた時には「当然のこと」「常識」であったことを知らずに育っているわけで、あまり大きなことは言えません。
 おそらくかなり理解が抜けているだろうと思います。
 
 以下、作中に明記されてないけど「たぶんこういうことなんだろうなあ」と思っていることを書くので、「いやそれは違う」ということがあったらご教示願いたいです。
 
・出征する前の日……先祖のはかまいりに行きました。
 なぜみんなで出かけたかといえば、一家全員がそろうのはこの日が最後かも知れないから。(事実そうなる)
 
・「今日の記念写真だなあ」
 同様に、これが家族がそろう最後になるかも知れない、という意味の記念。
 
・「体の弱いお父さんまで、いくさに行かなけらばならないなんて」
 体が丈夫でない父が、妻と幼い子どもを置いて出征する、というのは、「一つの花」とも共通するテーマ。
 太平洋戦争初期は、健康で、できれば独身の若者が優先して召集されたが、戦況の悪化につれてそうも言っていられなくなった(いわゆる根こそぎ動員)。
 つまり、もうかなり戦況が悪化した時期だということを暗示している。
 あまんきみこの世代であれば、お母さんが「体の弱いお父さんまで……」と言った時点で読者は「ああ……」となったのだと思う。
 
・この町の空にも、しょういだんやばくだんをつんだひこうきが、とんでくるようになりました。
 本土空襲が本格化したのは1944年以降。
 本作の舞台は明記されていないので、どこの街だったかはわからない。(どこであってもおかしくはない)
 
・風の強い日でした。
 ほんの短い一文だけど、空襲の夜に「風が強い」という一言は、当時を知る人にとってどれほど恐ろしい意味を持っていたろうかと思う。
 
・「さあ、ちいちゃん、母さんとしっかり走るのよ」
 お母さんは最初は子どもたちと一緒に走っている。
 しかし、
「風があつくなってきました。ほのおのうずが追いかけてきます」
 という、いよいよ逃げ切れない状況になって、ちいちゃんを抱き上げて走る。
 ところが、
「お兄ちゃんがころびました。足から血が出ています。ひどいけがです」
 それで、やむなくちいちゃんとお母さんが走ることになる。
 これは本文中にはっきり書いてある点だけど子どもは見落としがち。
 お母さんの台詞はかなり悲壮なものだと思う。
 
・「お母ちゃんは、後から来るよ」
 この知らないおじさんは言ってみれば嘘をついたわけだけど、もちろん決して悪い人ではない。
 火が迫ってくる中で、幼い子どもが「お母ちゃん」と叫びながら立っていたら、他に言えることがない。
 直後の「みつかったかい、よかった、よかった」の時、おじさんは心底ほっとしたはず。
 
・「じゃあ、だいじょうぶね。あのね、おばちゃんは、今から、おばちゃんのお父さんのうちに行くからね」
 普通に考えたら、こんな焼け跡で母親とちいちゃんが別行動するわけがない。おばちゃんは、大丈夫かどうか本当はかなり疑っていたはずだと思う。
 ただ、おばちゃんが実家に戻ると言っていること、「はすむかい」であるちいちゃんの家が全焼していることを考えると、おそらくおばちゃんの家も無事ではない。
 おばちゃんが一人暮らしをしていたとは思えないから、こちらも夫は戦地にいるのかも知れない。
 そんな状況で近所の子どもの面倒をみるには限界があって、心配ではあるがちいちゃん本人の言葉を信じて置いていくしかなかった……ということだと思う。
 
・お父さんとお母さんとお兄ちゃんが、わらいながら歩いてくるのが見えました。
 ちいちゃんが死んでしまった、ということは、大体の子は理解できる。(A男は「軽くなったから浮いたってこと?」とか言っていたが)
 ただ、ここにいるということは、父も母も兄もすでに死んでいたということ。
 おそらくは父が最初に戦死し、母と兄は、空襲の晩、ちいちゃんの知らないところで焼死していたことになる。
 
・ちいちゃんが一人でかげおくりをした所は、小さな公園になっています。
 子どもたちに
「『ちいちゃんが一人でかげおくりをした所』ってどこ?」
 と尋ねると、大抵「こわれかかったぼうくうごうの中」と答える。
 防空壕の中で自分の影が見えるわけはないのだが、防空壕と聞いてイメージできるわけがないので写真とかを見せるしかない。
 ちいちゃんが眠った防空壕は、おそらく家の庭にあったはずである。(あまんきみこ氏の世代にはそんなの常識だったんだろうが)
 ということは、ちいちゃんの家の跡地は公園になってしまった、ということ。
 戦災地復興の詳細についてはよくわからないので自信がないが、これはあるいはちいちゃんの一家が戦災で全滅してしまったこととも関係があるのかも知れない。