休校要請の日とその翌日、小学校であったこと。

 金曜日、昼食を買いに校舎外に出たら学童の子とすれちがい、
「先生、まだ学校にいたの!?」
 と言われました。
 
 違うよ……? 君たちが休校になっても、職員室の先生達はみんな勤務日なんだよ……?
 でも給食は出なくなったから、昼食は弁当持参かコンビニで買うかなんだ。
(「感染予防のため飲食店の利用は避けるように」と校長から指示されている)
 
 さて。
 休校関連のあれこれを、学校視点で書いておこうと思います。
 
 ……あんまり詳しく書くと、自治体名どころか学校名まで特定されそうなので細部は若干改変してありますが、全体としては事実に基づいています。
 
 2月27日19時頃。
 本校の職員室には、ほとんどの職員が残っていました。
 通知表・指導要録の作成や進級・進学、卒業等の準備が集中する年度末は、学校でもっとも忙しい時期なのです。
 
 そんな中、教頭が「えっ!?」と叫び、ややあって
「『安倍総理がコロナ対策で全国の学校に休校を要請。3月2日から春休みまで』って!」
 と叫びました。
 
 職員室に「ええっ!?」という動揺の声があふれ、みんな一斉に手元のPCでニュースサイトの閲覧を始めますが、何しろそれ以上の情報はありません。
 
 職員があわてふためく中、校長・教頭・教務主任らはしばらく深刻な面持ちで相談していましたが、やがて校長が立ち上がり、
「学年主任の先生方! お忙しいところすみませんが、臨時の打ち合わせを持ちたいと思いますので、校長室にお願いします!」
 管理職と学年主任、教務主任、学習指導主任、児童指導主任らは、校長室に入っていきました。
 
 残ったメンバーは仕事をしながら気もそぞろです。
 
「え……何? 3月2日から休みって、今日が27でしょ? 明日が28で、土日を挟んで月曜が2日でしょ? じゃあ、明日で学校最後ってこと……?」
「通知表とかどうすんの……?」
「卒業式は……?」
 
 小一時間ほどして校長室から学年主任らがぞろぞろと出てきます。
 
 校長から。
「えー、先生方、すでにご存じの通り、先ほど、安倍首相より、全国の学校に、3月2日から休校するように、との要請が出されました。
 具体的な対応については、市で足並みをそろえることになると思いますので、休校するかどうかをここで決定することはできません。
 しかし、最悪の事態に備えておくことが必要だと思います」
 
『最悪の事態』て。
 
「報道はもちろん保護者も見ていると思いますし、不安も感じているはずです。
 ですから、市の方針が決定するまで何もしない、というわけにはいきません。
 保護者に対しては、今から、一斉メールを送信して、ひとまず明日の対応について連絡したいと思います」
 
 本校はありがたいことに働き方改革の一環として新しい電話機が導入されまして。
 18時以降は「本日の業務は終了しました。また明日お掛け直しください」という自動音声が流れる仕組みになっています。
 これで18時以降は校務に専念できるわけですね(働き方改革)。
 
 もしそれがなかったら、打ち合わせや校長が話している間にもじゃんじゃん電話がかかってきて大変だったろうなあ、と想像します。
 
 その日に出たメールは以下のようなもの。
 
・3月2日以降の予定は、まだ市教委から連絡がなく、休校になるかは未定です。
・しかし、明日、2月28日が最終日になる可能性もあります。
・このため、明日は授業を行いません。下校時刻は予定通りです。
・教科書、ノート等は不要です。その代わり、持ち帰る荷物が大量になると予想されるので、大きなバッグを持たせてください。
・休校になった場合、通知表や、お道具箱、絵の具セットなどの大きな荷物類については、春休み期間中に取りに来る期間を設ける予定です。
・今後の予定については、決まり次第メールや通知文書でお知らせします。
 
「これは大変なことになった……」
「えっ……明日、授業ないんですか? ウチ、今日、理科の実験やって、明日グラフにまとめる予定だったんですけど……」
「そもそも教科書がまったく終わらないよね……?」
 
 なんか、世間では
「この時期の学校なんて、卒業式の練習やってるだけでしょ?」
 みたいなことを言う人もいますが、それはわりと何十年か前の話です。 
 
 確かに、私が子どもの頃の小学校は、卒業式だの運動会だの学芸会だののリハーサルを何度も何度もやったりしたものです。
 しかし昨今では、総合的な学習の時間だの道徳の教科化だの英語必修化だので学習内容が増えた結果、時間的余裕がなくなっています。
 学芸会とか小遠足とかいう行事は「学校行事の精選」として、多くの学校で姿を消しました。
 残った卒業式や運動会のような行事でも、準備時間は大幅に削られ、3月ギリギリまで授業をしないと教科書が終わらない事態になっているのです。
 
学習指導主任より。
「終わらない教科がいっぱいあると思うんですが、それは、家庭学習用のプリントを子ども達に配って、休校期間中に自習してもらうということにします」
「そんなこと可能なのか……?」 
 
 もちろん可能な子、可能な家庭もあると思うんですが、それがみんなに可能ならそもそも公教育なんて不要なわけでして。
 
「……ですので、お忙しいところすみませんが、明日、子ども達に配布できるよう、自習用プリントの作成と印刷をお願いします。今から」
「……そんなこと……可能なのか……?」
 
「あと、各学級とも、終わってないドリルとか、テスト類があると思うんですが、それは、明日、子ども達に全部やらせるようにしてください」
「………可能じゃないだろそれは」
 
 多くの学校では、テスト・ドリル類は、業者から購入したものを使用していると思います。
 その費用は保護者が負担しているわけで。
 保護者に
「学校で使用してお子さんに教えるために必要なんです。だからお金出してください」
 ……って言って買ったものを白紙のまま返却しては、申し訳が立たない。
 だから、通常、なんとしても年度末までに終わらせることになっています。
 
 ……今回は「通常」じゃない気もするんですけど……。
 
「それから、子ども達のやった教材、プリント等も、今、成績処理のために手元にあると思うんですが、明日、返却の漏れがないようにお願いします」
「……ええ……」
 
 通知表の作成が終わってから少しずつ返却するはずだったものが、突如「明日まで」に。
 
 そして6学年主任より。
「あの、先生方、お忙しいところ大変恐縮なのですが、もしも2日から休校になりますと、6年生は明日で本校を卒業ということになります。たいへん慌ただしい一日になるかとは思うのですが、少しでも6年生に卒業の気持ちを持ってもらうために、今から、教室周辺に少し飾り付けをしたいと思っています。申し訳ありませんが、ちょっとでもお手空きでしたら、お手伝い頂けるとありがたいです」
 
 通常、卒業式の準備は、前日放課後、担当になった5年生と職員が一緒に飾りを作ったり飾り付けをしたりしていくものなのですが、今回はもう夜。
 ただでさえ卒業関係業務で多忙な6年の先生たちですから、他の職員も手伝わざるを得ません。
 紙でお花をつくるやら風船を膨らませるやら「卒業おめでとう」のプレートやら。
 過去に作った飾りで流用できるものもありますが、そうでないものも多く。
 
 ……卒業式なんてくだらない形式だ、という人もいます。
  
 確かに、卒業して何十年も経った人にとっては、幼稚園や小学校の卒園・卒業なんて、くだらないままごとにしか見えないかも知れません。
 でも、卒業する本人や、その保護者にとってはとても重要な人生の節目ですし。
 それをいい思い出にしてあげたい、というのは、これまで6年生と接してきた教員の気持ちでもあるわけで。
 
 そんなわけで、わりと夜中までかかりました。
 
 で、迎えた28日。
 
 高学年では突然の修了に呆然とする子がいる一方、低中学年の子はわりと浮かれていました。
 まあ……春休みの長さが突如夏休み並みになったわけですからね……。宿題の量もだけど。
 
 朝には、校長から校内放送を通じて講話。
 主に、新型コロナウイルスの感染予防について。
 
「これまでのところ、皆さんのような小学生が感染することは少なく、感染しても重症になることはあまりない、ということですが、万一、皆さんが感染して、お家に持ち帰って、家族の誰かにうつしては大変だ、ということで、学校をお休みすることになりました」
 
 ……校長先生、実は休校に納得してないでしょ。
 
 実はこの28日の間にも、休校するのか、いつからするのか、といった点について方針が二転三転していました。
 
「仮に休校になるとしたら、上の方針が出るまでじっと待っているヒマもない」
 ということで、校長会と市教委と県教委がそれぞれに対応を協議したわけですが。
 
 臨時校長会で話がまとまった後に市教委から指示が来て。
 その後に今度は県教委から指示が来て。
 そして首相と文科省が「あくまで要請であって個別の判断は自治体に委ねる」とか強調し出して。
 
 保護者には、最終的な方針が決まるまで追加の連絡は出なかったのでその混乱は伝わらなかったと思いますが、一番てんやわんやだったのは給食主任でした。
「この日からこの日までの給食は全部キャンセルでお願いします」
「すみません、さっきキャンセルした給食なんですけど、やっぱりこの日とこの日は……」
「すみません、さっきキャンセルをキャンセルした給食なんですけど……」
 ……なにぶん、相手が生鮮食品ですから、早めに連絡しないとですね……。
 
 各学級では、膨大な量のプリント、通知文書が一挙に配布されて子ども達の机の上に紙の山ができ。
 通常の修了式の日だってかなり配るものが多くて大変なのに、何の準備もなく突然年度末になったわけなので、あの状況下で配られた通知文書、ちゃんと保護者に届いたんだろうか……。
 
 さらにそこに、残ったテストとドリルを一気にやるという無茶な日程で、最終日の余韻もへったくれもありません。
 なにぶん、まだ習ってないところのテストをやるわけですから、教えながらテストをする、みたいな荒技になったり。 
 
 そんな中、給食の時間には、5年生から、
「放送で6年生を送る会」。
 内容は歌とクイズでした。
 
 5年生も、これまで「6年生を送る会」に向けて、レクリエーションを考えたり、下級生と協力してプレゼントを作ったりしてきたのですが、それは全部中止。
 
 ……5年生にとっての「6年生を送る会」は、単なるお遊びではありません。
 一つのイベントを企画し、外部(他学年)に仕事を依頼し、準備し、運営するという経験を、教師がサポートする中でやる学習活動です。
 だから、ぜひ成功経験を味わわせてあげたいところですが……まあ、プレゼントだけは6年生の教室に渡しに行きました、みたいな結果に。
 
 放課後、教務主任が
「こんな時になんですが、もし今日、例えば算数の授業を行った場合には、週指導計画上は、算数の授業時間として計上しておいていただけると……」
 
 学習指導要領で、年間に実施すべき各教科の時間数は決まっています。
 だから、学校の時間割はその基準を満たすように組まれています。
 しかし、台風による休校やインフルエンザによる学級閉鎖などに備え、ある程度の余裕を持ってはいるとはいえ、余裕の時間数は、学年にもよりますが、7時間から12時間程度。
 1~2日分しかありません。
 
 万一、休校が長引いて本当に時間が足りなくなった場合には、その後、昼休みにも授業をやって一日7時間授業にするとかそういう非常措置をして、指導要領の要求を満たすことになります。
 学校行事がずいぶん減らされたのだって、教科の授業時数を捻出するためです。
 
 しかし今回、年度末である3月がまるまる消滅してしまうというのはもう対処不能なわけで。
 
 時間数もそうですが、内容的にも教科書が全然終わらない。
 
 例えば4年の算数では、
「今日は帯分数の足し算をやりましたね。明日は、帯分数の引き算をやります」
 というところで休校。
 
 その分数の学習の後には「直方体と立方体」という単元が控えていたのですが、これはもう全く触れさえせずに学年が終わりました。
 だから今年はたぶん全国で
「立方体……? 聞いたことがありませんね……?」
 という子どもが量産されたわけです。
 各学年、各教科でそんな感じ。
 
 消滅した一ヶ月分の学習内容をどうするのかはぜんぜんわかりません。
 元々、各学年とも、その学年で教えるべき内容を教えるので手一杯だったわけで。
 
 そこへ、今年度やり残した一ヶ月分を教え直すようなゆとりがあるとは思えない。
 仮にやろうとしても、「やり残した部分」は学級ごと、学校ごとに微妙に違うわけで……。
 
 どうするんだろ……?
 全国一斉学力テストとか、大幅な落ち込みが予想されるけど、やるんだろうか……?
 
 その他、突然雇い止めになってしまった非常勤職員の先生達とか、逆に突然フルタイムでの勤務を要求された学童の先生とか、色々あるのですが、そのへんは当事者ではありませんのでこのへんにしたいと思います。
 
 事態が早く沈静化するのを願っているところですが……。
 
 それにしても、これって、4月から新年度が始められるんでしょうか?
 そもそも休校が必要だったかどうかはさておき、現状を見るに、2月28日よりも4月6日の方が状況が良くなっているかどうか、疑わしい気がするんですけど……。