インターナショナル地方大学カレー。

 大学時代、自由競争のあるなしで市場がどう変化するか、というのを目の当たりにした(……と言うと大げさですが)ことがあったので書いてみます。
 
 細部は意図的に変えているところもありますし、うろ覚えの部分もあるのでお許しください。
 
 学部一年生のある日、先輩たちから「一年生は〜〜教室に集まるように」と連絡があり、一同ぞろぞろと集合しました。
 で、先輩から
「もうじき本学の大学祭である。国語科でも何か出し物をしなければならぬ。何かアイデアを出すように」
 と言われました。
 
 そんなこと言われても。
 
 入学前に大学祭に来た一年生なんてごく少数なわけで、そもそも「大学祭」というもののイメージがまったくつかめません。
 互いにひそひそささやきあうばかりで一向になんの意見も出ず、とうとう先輩がキレました。
「お前らさあ、自分たちも参加する大学祭、国語科として参加する大学祭なんだから、もっと当事者意識を持ってくれないと困るんだよ!」
 
 そんなこと言われても。
 
「じゃあさあ、毎年ウチはカレー屋をやってるんだけど、それでいいですか。
 実績もあるし、ガスボンベとか鍋とか必要なものは、院生の〜〜さんのところで借りられるし」

 
 それを先に言え。
 対案などあろうはずもない我々は一も二もなく賛成し、満場一致で、例年通りカレー屋の出店となったのでした。
 
 その場で、かろうじて建設的な提案として出たのが、
「追加料金で付けられる飲み物はウーロン茶とのことですが、他にジュースとかも用意しては?
 というものでしたが、これは先輩に
「……という意見があって、以前にオレンジジュースと選べるようにしたこともあったんですが、結果的に売り上げは変わらず、かえって売れ残る飲み物が増えるだけだったので、ウーロン茶だけにしました
 
 実データに裏付けられてるんでは反論のしようがありません。
「例年通り」には理由があるのです。
 
 ちなみに、学科以外にサークルの出店もあることから、全員がカレーの売り子として参加するわけではなく、私は当日のカレー屋スタッフからは外れていました。
 しかし、やらねばならぬことがありました。
 前売り券の販売です。
 
 正確にいくらだったか覚えていないのですが、例えばカレーが一食400円であるところ、6食分2000円、とかで強制的に食券を買わされるわけです。事前に。
(ええ、この記事を書いたのは、先日、郵便はがきの「自爆営業」の記事を読んだからです。http://goo.gl/I1IOzB
 
 いくら大食いの大学生とはいえ、せっかく他の学部やサークルが他の食べ物も売ってるのに、期間中3食カレーを食べるのはキツい。
 というか、朝晩の時間は開店してないんだからそもそも3食は食べられない。
 
 勢い、他学科の友人に交渉して買ってもらうしかないわけですが、なにぶん非コミュの私のこと、2枚ほどどうにか350円ほどで売り飛ばしたものの、残りは泣く泣く捨てる羽目に。
 
「これで“毎年実績がある”と言われてもなあ……」
 と思ったことでした。
 
 しかしながら。
「例年通り」でないことが、その年は起きたのです。
 
 競合企業の登場でした。
 
 国語科が「例年」カレー屋を出店しているにもかかわらず、その目と鼻の先で、同じくカレー屋を出店したサークルがあったのです。
 
 価格は一皿400円。
 しかも、追加料金を払うことで、チーズ・目玉焼き・ミニハンバーグなどのトッピングを選べるという充実ぶり。
 ちなみに飲み物は、ウーロン茶の他、オレンジジュース、コーラ、ファンタグレープなどから選べます。
 
 つまり国語科カレーには、勝てる要素が何一つない。
 
 品質で劣る側が、なんとか競争せねばならない場合どうするか。
 値下げでの勝負でした。
 
 ふと見ると国語科カレーは350円に値下げ。
 そこで相手側が大人しくしているはずもなく、しばらくして通りかかると相手サークルも同じく350円に。
 次いで国語科は320円……と、みみっちくも壮絶な価格競争が発生したのです。
 
 売っていた人たちにとってはその狂騒状態はなかなか思い出深いものであろうなあ、と思いますが、前述の通り私は売り子ではなかったのでそのあたりの事情はわかりません。
 しかし、ともかく食券を350円で売りつけた友人から、もの言いたげな目で見られたのを覚えています。
 貧乏学生としてその気持ちはわからぬではありませんでしたが、私はまだ4枚の食券を持っていて、しかも値引きしたにもかかわらず学科生への還元は一円もないわけですから、こっちだって被害者なんです文句あるか。
 
 ……と、いうわけで、
「自由競争経済ってすごいなあ……」
 というのが、その時の率直な感想でした。
「値引きしろ」とは誰も言わないにもかかわらず、両店舗とも自発的に値下げしていったわけですからね。
 
 それとともに(これは後になって)思ったのは、
社会主義国家の事業体って、あの国語科カレーみたいな雰囲気だったのかも知れない」
 ということでした。
 
 結果だけ見ると、国語科は、独占的地位に甘んじて改革を怠り、いざ競争相手が登場した際には値下げ以外に打つ手を持たない苦しい状況に陥った、と言えます。
 
 しかし、それでは国語科が本当に改革の努力を怠っていたのかと言えば、(結果的には「例年通り」になったとはいえ)事前のミーティングで新たに入ったスタッフ(一年生)からアイデアを募るというまことに民主的な体制でした。
 また、提供する飲み物はウーロン茶のみ、というのも、飲み物の種類を増やしても売り上げは増えない、という実際の市場調査に基づいた合理的な判断であったわけです。
 
 こう、東ドイツでは自家用車はトラバントしか製造しない、みたいに合理的な判断ですね。
 
 しかし、結局、その「民主的で合理的な運営」からは何の進歩も生まれなかったのです。
 
 つまるところ、競争相手が存在しない独占状態で、前売り券によって一定の売り上げが確保される……という、ある種の計画経済体制下にある限り、いかにミーティングや市場調査をやっても、結局のところまったく無意味なのだと思います。
(あのミーティングで「価格を350円に下げて、追加料金でトッピングを選べるようにしましょう」などと提案しても、採択されたとは到底思えないわけで)
 
 ともあれ、時として、独占企業・公営企業に対して、非効率だ、消費者の方を向いていない、等と指弾する報道を見聞きするにつけ、あの、ドイツ統一後の東ドイツのような有様になった国語科カレー店と、徒労そのものだったミーティングを思い出し、
「中の人たちは、それぞれはそれなりに真剣にやっているのかも知れないけどなあ……」
 などと思うことでした。