「GO!GO!選挙」のひどさについて。

 なんか、「財団法人 明るい選挙推進協会」とかいう団体が、成人式でDVDを配ったそうなのですがこれがひどい。

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.nicovideo.jp/watch/sm9393749
 主に「成人向けとしては子どもっぽすぎる」という点が問題にされているようなのですが、いや、子ども向けですらないだろ、これ。
 議会制民主主義についての理解がそもそもおかしい。
 
 20分ある動画全部見たんですが、10話まであって、第2話が「多数決」。
 
 でね?
 登場人物3人のうち、ウサギ君とブタ君が、おやつに何を食べるか、アイスと肉まんで意見が割れるわけですよ。

 そこでラクダ君が、
「こういう時は、多数決がいいのさ」(開始後2分あたり。再生時間は冒頭のものに沿っています。以下同じ)
 
 お互い好きなものを食えよ!
 
 動物ランドには、おやつはみんな同じものを食べなきゃならない法律でもあるのかと。
 
「重箱の隅つつきだ」と思われるかも知れませんが……。
 でも、第1話が「くらしと政治」なわけですけど、アイスを必要とする人にはアイスを、肉まんを必要とする人には肉まんを提供するのが、望ましい行政のあり方だと思うんですがどうでしょう。
 
 もちろんきめ細やかな行政にも限度はあるでしょうけど、
 「肉まんが多数派だから全員肉まんね」
 ってどんなだよ。
 
 ラクダ君が
「ボクはポテトチップがいいな」
 って言い出したら、永久に話がまとまらないじゃん。
(というか、この状況で「多数決にしよう」って、ラクダ君は自分が多数派になれるの事前にわかって言ってますよね……?
 朝鮮半島が分断された後、アメリカが「南北どっち主導で統一するか、国民投票で決めようぜ」って言い出したみたいな)
 
 そして第3話が「代表を選ぶ」なんですけど……。
 
 合コンをやろう、とウサギが言い出します(明らかに幼児並みの知的水準をターゲットにしてるのに、名目は成人向けなのでギャップが激しい……)。
 
ラクダ「じゃあ、いつやるか多数決で」
ウサギ「来月!」
ブタ「明日!」
ラクダ「明日」
ウサギ「じゃあ明日なー」
(4分20秒あたり)
 
 馬鹿か!?
 
 とりあえずWikipediaから「民主主義」。

 単純な多数決と混同されることが多いが、単純な多数決では、単に多数であることをもって、その結論が正当であるとの根拠とするものであるが、民主主義として把握する場合には、最終的には多数決によるとしても、その意思決定の前提として多様な意見を持つもの同士の互譲をも含む理性的対話が存在することをもって正当とする点で異なると主張される。

 多数決の背後には「理性的対話」が当然に必要なのです。
 
 だから対話しろお前ら。
 
 だって、ウサギ、明日では都合の悪い理由があるのかも知れないじゃないですか?
 それを聞けば、他の2人も
「じゃあ来月にしようか」
 って言うかも知れないでしょ?
 
 何の議論もせずにいきなり多数決、というのは、有権者が政策について何ら情報交換せずに投票することを意味し、それは民主制が衆愚制に陥る最大の罠なわけです。
 
 民主主義=多数決、というのは小学校の「学級会」以来根深い誤解ではありますが、こういう教育アニメまでそれに染まってるのはどうなの?
 
 で、そういう議論なき多数決を繰り返した末に、
 
ウサギ「あー、もう面倒!」
ラクダ「こういう時は、幹事……つまり代表者を決めるといいんだよ」
(4分40秒あたり)
 
 民主主義の自殺きた!
 
 いや、まあね?
 
 直接民主制では社会を運営するのに無理があるから、代議制を採用するわけですけど。
 
 でも、3人なら代議制の必要はないだろうが。
「面倒だから任せる」
 って思考はどうよ。
 
 子ども向けの教育アニメとして考えるなら*1、人数が多い集団でまとまりがなくなって、代表を選んだ方がいい……という自然な展開が必要だと思います。
 
歌「私が選んだ代表者、みんなで選んだ代表者♪ 決めて、決めて、あなたが決めて、あなたに全部託すから♪」(5分あたり)
 
 託さねえよ!
 
 自分たちが選んだ代表者であっても、問題があれば批判し、場合によっては罷免するのは有権者の権利です。
(国会議員はリコールできませんが、作中で扱われてる選挙は「市長選挙」)
 有権者の代表が全権力を委任されているかのごとく表現するのはいかがなものか。
 
ブタ「じゃあボク、トイレに行きたいから、代表者に代わりに行ってもらうブー」
 
 こやつめ、ハハハ(AA略
 
 で、第4話「くらしの代表者」ですけど。
 
ラクダ「まあ、考えてみれば、政治も同じだな。暮らしの代表者を選ぶ、ってことだな」
ウサギ「医療費の問題も、ゴミ処理場の場所を決めるのも……」
ブタ「全員でいちいち多数決したら、大変だブー」(6分10秒あたり)
 
 住民投票Disってんのかてめえ!?
 
 住民の利益と密接な関係のある地方自治においては、直接民主制が採用されることもあるわけで、それを
「いちいち多数決したら大変だから政治家の判断に一任すべき」
 というのは、それこそ
「トイレに代わりに行ってもらう」
 みたいな話ではないか。
 
 ……いや……まあ……ね?
 
「住民エゴ」なんて言葉もあるとおり、公益と住民の意思が対立することがあるのは事実。
住民投票で否決されたから処分場は作りません」
 とか言い出すと、日本中どこにも作れないかも知れません。*2
 
 しかしこのアニメ、とにかく
「いいから投票に行って、その後は代議士先生に黙ってお任せしろ」
 というメッセージを伝えたいらしいので嫌すぎます。
 
 っていうかこれ見ても、議会制民主主義の利点が全く感じられない……というかむしろ嫌いになるんですが。
 
 企画した人、実は内心で
戦後民主主義は衆愚制だ!」
 とか思ってるんじゃないか、という気さえ……。
 
「投票用紙は折って投票箱に入れても開票しやすいようにすぐに開くハイテクペーパーなんだ!」
 とかいう蘊蓄より重要なことがあるでしょうに。
 
 唯一の救いは、これを作った「財団法人 明るい選挙推進協会」が、民主党政権事業仕分けの対象になったらしい、という点でしょうか。
 これは蓮舫氏は威張っていい。かも。
 
 ……20歳を相手にするアニメをうるまでるび氏に頼むとか、コスト対効果なんて全然考えてないですよね。
「とりあえず有名どころに頼もう。予算も消化しなきゃいけないし」的な、官僚思考の典型としか。
 

余談

 市長選で3人が投票し、当選者ともなる「コケッコケッコー」候補者、ちょっとだけマニフェストが表示されるんですけど。(8分35秒あたり)
 

1.毎朝、皆様の目覚まし時計になります。
2.子供がいる家庭には毎日、玉子を3個支給!
3.嫌なことは、3歩あるくと忘れる社会に!
4.トサカに来ない世の中に!
5.街を汚す、カラスと闘います!

 明らかに子ども手当な「2」に、
「財源は?」
「子どもが1人でも2人でも3個なんですか?」
 とか、嫌なことも忘れるだけじゃ政治的には解決にならないだろとかいうツッコミはさておき。
 
 ……この動画、カラスは登場しないんですけど、ヘビだのタコだのアシカだのが有権者として登場し、候補がニワトリで投票所の受付はツルです。
 なのに、カラスだけは「動物ランド」市民じゃないの?
 
「カラスは街を汚す奴らだ」
 って、ひょっとしてレイシズムなんじゃね?
 「最終的解決」?
 

さらに余談

国民クイズ
 って漫画があってですね。
 
 日本政府は
「民主主義はもういらない あなたのための全体主義
 を掲げる「国民クイズ省」(をはじめとする官僚制)によって運営されています。
 議会制民主主義は廃止された一方、国民は誰でも、毎日放送される「国民クイズ」に挑戦する権利があり、それで目標得点を獲得すれば、政府の超法規的措置によって、どんな願いでも一つだけ叶えてもらうことができる……というディストピア漫画です。
 
 で、その中で、
「こくみんといっしょ」
 なる、議会制民主主義のダメさ加減を伝えるための教育番組が登場するんですが。
 
 もちろん「おかあさんといっしょ」を模してるわけですが、島では初め議会制民主主義が採用されているものの、島民(3人)の意見が一致しないために何も決められないのです。
 そして、その混乱に終止符を打つ救世主として「国民クイズ」が登場する……という筋立てなんですが。
 
 ……それを思い出す……というか、むしろそっちの方が筋が通ってるんじゃないでしょうか。
 3人で無理矢理多数決やってる「GO!GO!選挙」に比べたら。

*1:「新成人向け」として考えると根本的にどうにもならないので。

*2:……どうかな。
 地域への見返りをきちんと説明すればなんとかなりそうな気もするんだけどな。