エスニックジョークと、エスニックが微妙な人々。(追記あり)

ブックマークで書こうとしたら、とても100字では納まらなかった。
 
 下のtwitterまとめを読んで思ったこと。
 
 北朝鮮に関する妄想は在日の情報発信で訂正できるか
http://togetter.com/li/31960
 
 要するに、
「韓国、日本が予選リーグ突破したのに北朝鮮はダメ。金正日はこの事実を伝えないどころか、ワールドカップ自体なかったことにするんじゃないかな。」
 という発言に対して、
“無根拠な妄想である”
“多くの日本人にとって「北朝鮮」は話のネタに過ぎないでしょうが、日本人に包囲されて生きる在日朝鮮人がそうした軽口にどれほど心理的圧迫を覚えるか、留意していただけたらと思います”

 といった反論が加えられたわけです。
 
 なるほど。
 
 あー……。
 私自身、北朝鮮をさんざんネタにしてますね。申し訳ないです。ええ。
 
 在日朝鮮人の方の、
北朝鮮人ではないけど朝鮮人
 という、微妙な立ち位置が垣間見えた思いです。
 
 在日朝鮮人の方に
「北の地についての情報発信をしてください」
「あなたたちはあまりにも自分たちをさらけ出さない。だから要らぬ誤解を生むのだ」

 と要求するのは確かに筋違いだと思います。
 
 別に彼らは北朝鮮人ではないのですから。
 
 ……でも、
北朝鮮人ではない」
 のに、北朝鮮がネタにされると「心理的圧迫」を受けるという不思議。
 
 北朝鮮をネタにするのは、韓国人もさんざんやってるわけで、
「国は違えど、同じ朝鮮民族だから許せないのだ」
 といった話とも思えません。
(まあ、韓国人がネタにするのと日本人がするのとでは違うんだ、ということもあるでしょうが……)
 
 日本人が北朝鮮をネタにしても、日本にいる韓国人はそこまで怒らないでしょう。
 
 繰り返しになりますが、在日朝鮮人に対して、北朝鮮拉致問題やら核開発やらの非難をぶつけるのは間違っていると思います。彼らが北朝鮮の政策決定に関与しているわけではないのですから。
(そもそも、北朝鮮では、国民であってすら、自国の政策に関与できないのですから)
 
 それはそれとして、
北朝鮮をネタにするのをやめてくれ」
 というのもどんなものかなー、と思います。
 
 だって、日本にとって明らかに北朝鮮は外交上の懸案(婉曲表現)なわけで、それについてジョークを言いたくなるのは普通でしょう。
 
将軍様」と呼ぶのも、別に
「肩書きに“様”をつけるのはおかしいだろ」
 という点を笑っているのではなくて、同国の独裁体制を皮肉っているわけです。
 
「あなたがいなければ祖国もない」(軍歌)
 とか、共産国としてどうなの……。
 
 ソビエト連邦では、ソ連人同士が自国の政治体制についてジョークを言い合っていました。
 
「“ブレジネフは馬鹿野郎だ”と叫んだ男が逮捕され、懲役20年6ヶ月の判決が下された。
 その内訳は、国家反逆罪で6ヶ月、国家機密漏洩罪で20年」
 
「“プラウダ”と“イズベスチヤ”(どちらもソビエトの機関誌)の違いは?
 プラウダはイズベスチヤではなく、イズベスチヤはプラウダではない」

*1
 
 など、情報操作や共産党独裁をネタにした、有名なものが多々あります。
 
 エスニックジョークには、日本人をネタにしたものもあって、たとえば
 
「学校で、“ゾウについて何かレポートを書け”という課題が出た。
 各国の学生が書いてきたレポートのタイトルは、
 ドイツ人“ゾウの生態学的研究”
 フランス人“ゾウのセックスについて”
 中国人“ゾウのおいしい料理法”
 日本人“ゾウから見た日本人”」

 
 などありますが、それを外国人が言っているのを知って、日本人が怒るという話もあまり聞かず。
 苦笑する人が多いんじゃないでしょうか。
 
 なのに、
「ワールドカップはなかったことになって、選手は炭鉱送り」
 という軽口を叩くと、北朝鮮人ではないはずの在日朝鮮人が非難の声を上げるわけですね。
 
  もちろん、「在日朝鮮人」という微妙な立場(「日系アメリカ人」ともまた違う)のせいで、デリケートになっているんだろうと思いますけど……。
 
 一緒に笑う……せめて苦笑するわけにはいかんのかなあ、と、この手のジョーク大好きな私は思うのでした。
 

以下追記

 予期すべきことだったのかも知れませんが、ブックマークコメントを見るに、この記事はどうも
「在日も日本人くらい寛容になるべきだよ」
 という趣旨に受け取られやすい内容らしいので、少し補足させてもらいたいと思います。
 
 最も象徴的なのは、id:hit-and-runさんの。
“「それで日本人が怒るという話もあまり聞かず」それが非対称性というものです。”
 というコメントかと思います。
 
 本件を「非対称性」という言葉で表すのは、むしろ問題を単純化しすぎのように私には思えます。
 
 私も不勉強ではありますが、「非対称性」というのは、たとえば、
 
「日本人が
“子どもには、できれば在日朝鮮人より日本人と結婚させたい”
 と言えば差別と見なされるが、在日朝鮮人
“子どもには、できれば日本人より在日朝鮮人と結婚させたい”
 と言っても差別とは見なされない」

 
 ……というような状況を説明するには妥当だろうな、と思います。
 
 しかし、そもそもこの記事で扱っているのは、
「外国人が日本をネタにしても日本人は怒らないが、日本人が北朝鮮のことをネタにすると在日朝鮮人怒る」
 という話です。
 
 だからこれは、対称とか非対称とかいう問題ではなく、在日朝鮮人の置かれたややこしい立場の現れだと思うのです。
 
 いささか威圧的な物言いで申し訳ないのですが、この状況を「非対称性」と捉えた方は、
在日朝鮮人北朝鮮人」
 と、無意識に前提されているのではないでしょうか。
 
 id:Apeman氏、id:ncc1701氏もほぼ同様で、本件を「マイノリティの問題」とみなされています。
 
“自分をマイノリティの立場に置かないと理解できない。たとえば、欧米人ばかりの席で「血も涙もないクジラ食い」と揶揄された時の気持ちを想像してみよう。”
“「それを外国人が言っているのを知って、日本人が怒るという話もあまり聞かず。」そりゃガチでマイノリティー体験を持ったことのある日本人が圧倒的に少数派だ、ってことに過ぎんよ。”

 
 なるほど、在日朝鮮人はマイノリティに違いありませんし、日本人の多くには、社会的マイノリティになった経験はあまりないでしょう。
 
 しかし、そもそも今回揶揄されたのは北朝鮮政府(というか金正日氏)であって、誰も在日朝鮮人のことを揶揄したわけではないのですから、マイノリティ云々の話を持ち出すのは本来は筋違いかと思います。
 
 ……「在日朝鮮人北朝鮮人」であると前提すれば話は別ですが。
 
 というか、njamota氏が指摘しておいでのように、在日朝鮮人北朝鮮人ではないのに、両者を同一視する人が多いからこそ、北朝鮮がネタにされることに在日朝鮮人まで神経をとがらせざるを得ないのだろう、と思います。
 
 そういう意味では、
北朝鮮のことを話題にするときは、マイノリティである在日朝鮮人に配慮すべきだよ」
 と主張される方もまた、両者を同一視する、という風潮に一役買っているのではないか、と私は思います。
 
 ……いや、
「じゃあ、お前は本当に両者を全く切り離して考えることができているのか」
 と言われるとなんとも、ですけど。
 
 それはさておき、そもそも、政治ジョークの多くはマイノリティのものです。
 だから、
「マイノリティだからネタにされるのが許せないんだよ」
 というのは説明にならないと思います。
 
 たとえば「ユダヤ・ジョーク」は、非ユダヤ人がユダヤ人の性質(と考えられたもの)をネタにしたものであるとともに、ユダヤ人自身が自らをネタにしたものでもあります。
 キリスト教への改宗や、反ユダヤ主義を巡るジョークなどを見ると、同様のものが在日朝鮮人社会にないとすればそれはむしろ不思議なことだと思います。
 
 ……ああ、それと。
 
 opemu氏のコメント。
“僕も北朝鮮の独裁体制には批判的だが、あの様な事を言う気にはならないので、「言いたくなるのは普通」とはあまり思わない。”
 
 これは申し訳ない。
 
 世の中には、決して政治ジョークを言わないし、聞いても笑わない方……他国についてのジョークは
「下品だ」「差別を助長するものだ」
 と見なし、自国についてのジョークは
「不謹慎だ」「社会問題に対する真剣さが足りない」
 と受け取る高潔な方が少なからずいらっしゃるのだ、ということを失念しておりました。
 
 この記事に、自分と異なる感性を持った方への政治的配慮が欠けていたことを謹んでお詫びいたします。

*1:ロシア語で、プラウダは「真実」、イズベスチヤは「報道」の意。