愛想良く。

先日、生まれて初めて占いというものをやってきました。
 
彼女が以前同僚たちと行ったことがあるのだそうで、いたく高く評価しているのです。
 
「すっごいよく当たるんだよ! あたしとか、何にも言ってないのに、『絵を描くか何かしてますか?』とか『体のことで不安がありますか?』とか、当たっちゃうの! 先輩、今度一緒に行って相性を占ってもらおうよ!」
「ええー。 まあ、いいけど……」
「なんで乗り気じゃないの? そんなに占いが嫌いなの?」
「いや。 私は悪い結果が出ても気にしないだけだからいいんだ。 ただ、卒論は、悪い結果が出たら『私と先輩は相性が悪いんだ! じゃあやっぱり結婚しない』とか言い出しそうで……」
「あはは。 でも、いい結果が出たら、『それじゃあ、やっぱり今年中に結婚しようかな!』とか言うかも知れないじゃん。 五分五分の賭けだよ」
「そうかなあ? だって、卒論は最近わりと結婚に前向きだし。 少なくとも2008年中には結婚しよう、って言ってる状況なんだもの。 私としては、あえて賭けに出るメリットは薄いよな、と思って」
「ふうーん。 そう。 じゃあ、やっぱり私前向きじゃなーい。 先輩と結婚なんてする気起きないなー」
「ぐっ……!」
 
教訓:相手より論理的であれば議論に勝てる、というのは、大いなる誤謬である。
 
彼女の説明によれば、件の占い師は本業は占いではなく某所のアルバイトなのだそうです。
しかし、占いの才能があることから、アルバイトの暇な時間に、無料で占いをしているのだとか。
 
「それってすごくない? 普通、プロの占い師とか言ったら何千円も取られるじゃない?」
 
確かに、なかなか心引かれる話です。
 
「占いの才能があるが、本人にはそれで収入を得る気はない。だが、噂を聞きつけた人々が、自分の運勢を占ってもらいに時折訪れるのだった」
 
……って、TRPGとかの味のあるNPCっぽいなあ、と。
うまくするとライトノベルの主役を張れるかも。
 
とはいえ、「バイトの暇な時間」が深夜であることから、遅めの夕食を食べて、適当に時間をつぶしてからそこへ向かうことになりました。
 
「……でさ、占いが終わると遅い時間になっちゃうんだけど、どうする?」
「……うちに来る?」
「うん。 掃除しといてね」
 
もうちょっと喜べ、という声もあるかも知れませんが、彼女、この前うちに来た後に「水回りが汚い」とか、やたら的確に厳しいチェックをしていきました。
……とても、自分が一人暮らししたことがないとは思えません。
 
仕方ないので一週間掛けて掃除しました。
 
トイレや台所の流しはもとより、風呂おけのふたに生えたカビとか風呂の椅子とか細かいところまで。
 
……弱っ。
 
ともあれ。
 
件のバイト占い師のバイト先に行ってみると、そこは複合娯楽施設でした。
 
まあ、漫画喫茶とかインターネットカフェに、ボウリングだのビリヤードだの各種アーケードゲーム機だのが増設されたようなものです。
時間当たりいくらで料金が発生し、ゲーム等の個別のプレイ料金はかかりません。
 
10時半すぎ、店内に入って尋ねると、
「今、シフトの関係で店内にいないんで、12時になったら……」
という話でした。
 
店内は、途方もない音量でメタルなBGMがかかっていて、声がよく聞こえません。
店員同士はインカムで話し合っています。
 
そこまでするならBGMの音量を下げたらいいと思うんですが、何か余人には計り知れぬ事情があるのでしょう。
 
一方、余人のこっちはインカムを持っていないわけで、まるで耳の遠い人と話し合っているみたいでした。
……いや、あんな環境で一日何時間もバイトしていたら、実際難聴になってしまう可能性は高いと思いますが。
 
仕方ないので12時まで過ごすことにしました。
コミックコーナーなら少しは静かかと思ったんですが、容赦なくスピーカーが絶叫していました。
 
その隣は「リラクゼーションルーム」とかで、暗くしてリクライニングなソファーに横になれるスペースでしたが、そこも難聴系BGMの渦。
 
あの環境でリラクゼーションになるような人は、鉄道のガード下ででも十分リラックスして休めると思います。
 
その騒音になんとか深夜0時まで耐えきって、もう一度店員さんに話を聞くと、
「1時にもう一度来て下さい」
 
ふざけるなー。
 
「帰ろうか? 私はそれでも別にいいんだけど……?」
「うーん、でも、せっかくここまで来たんだし……」
 
私はどうもBGMというやつが苦手で、ゲームセンターとかの大音量の世界はもとより、飲食店でも何も曲がかかってないほうが落ち着くたちです。
その時点ですでにかなり神経がすり減っていたので、ひとまず料金を払って外に出て、外で時間をつぶすことにしました。
 
しかし、一つ気になることが。
 
「あのさ、さっき、インターネットコーナーのパソコンに、このお店のホームページが表示されてたんだけど」
「うん」
「そこに、『占い師がいる』……って大きく載ってたぞ?」
「うん、その人」
 
いや、他に言うことはありませんか。
 
一時間後。
 
「えーと、あと20分くらい、1時20分になったら来て下さい」
 
ふざけるなー!
 
何か、余人にはわからない事情があるのでしょうが、15分ごとに料金がかかるから、結局2単位料金がかかってしまうことはわかります。
 
いい加減眠かったのですが、仕方なく、嘘リラクゼーションコーナーで20分耐えました。
 
そうしてやっと占ってもらったわけですが。
 
まあ、バイトそのままですから、別にもったいぶったところはない、気さくな感じです。
場所も、入り口のカウンター。
 
だったら店に入らないでカウンター越しに占ってもらいたい。
 
占いの方法は、氏名・生年月日・手相を使います。
氏名を書いた紙の下に、なにやら考えて四桁の数字を書き込み、
 
「うーん……。 いや、でも、相性は悪くないですよ」
 
なんだ「でも」って。
 
しかし、彼女がそれに気付かないようなので賢明にスルー。
 
「彼氏さんは……真面目な方ですよね。 男らしいというか」
 
男らしいなんて言われるのは、記憶にある限り生まれて初めてですが。
少なくとも、知り合いからは言われない言葉です。
 
この時、私は眠気と騒音と店側の対応への不満でいい加減イライラしていて。
それがかなり態度に出ていたと思います。
 
彼女からも、この後
「先輩って、愛想笑いとかしないよね。 なんかすごいぶっきらぼうだったよ」
などと言われてしまいました。
 
……私が知る限り、タロットとか手相とかは、占い師にあいまいな指針を与えるに過ぎません。
それをより具体的な判断にする手がかりとなるのは、占われる側の様子です。
 
快活な人か陰気なタイプか。
体力に自信がありそうか、健康に不安がありそうか。
裕福そうか困窮していそうか……などなど。
 
例えば、
「近い将来に大きな環境の変化が。他人との積極的な関わりがよい結果をもたらす」
……とかいう占いが出たとして、相手が専業主婦なのか中年営業マンなのか男子高校生なのかで、アドバイスすべき内容は違ってきます。
 
そういった、客の外見や雰囲気をもとに、「こんな感じかな?」という内容を話すのが占い師の技術です。
それを意図的にするか無意識にするかは人によるでしょうが。
 
だから、普段以上に無口で表情の険しい私を見て、
「真面目」
「男らしい」
「内にため込んで一人で悩んでしまうタイプ」
「仕事面では、真面目すぎるので、もう少し柔らかくなるといい」
「結婚すると、彼女に仕事をやめて家にいて欲しいと思っている」
とかいう内容になったんじゃないかと。
 
もしそこで、客が結果について何か言ったり、「ええー?」とかいう表情をすると、それを手がかりに方向性を修正できるんですが、その時の私はずっと不機嫌そうな顔で、時々皮肉げに笑うだけ、という、いろんな意味で嫌な客だったと思うので、占い師の方はかなり苦戦していました。
 
それでも、
「内にため込むけど、それで爆発してしまうとかではなくて、自分の力で決断できる人」
とか軌道修正しているのは観察できました。
 
結果としてはより一層真実から遠くなっているけど。
 
あと、結婚の時期について、
 
K村「いつ頃結婚しそうですか」
占い「(手相を見る)かなり近い……一年以内か……2006年中ですね」
卒論「ええー?」
K村「(皮肉げに鼻を鳴らす)」
 
占い「ですから、結婚の時期はかなり近いです。2006年から一年以内……2006年から2007年でしょう」
卒論「ふうーん……」
K村「(皮肉げに唇を歪める)」
 
とか。
 
07年は一年以内じゃないぞ。
 
細木和子に従うなら、07年という線はあり得ないらしいんですが、細木和子とどっちを信用したらいいですか?
 
金運については、
 
占い「あー、おもしろいですね。 近々、何か大きな挑戦をすることがあれば、チャンスをつかめるかもしれません」
K村「(皮肉げに目を細める)」
占い「……いや、結局今のままの仕事を続ける可能性が高いと思いますけど、もしもチャレンジしてみたら、大きなものをつかめる可能性もあると思いますね。リスクもあるでしょうけど」
 
それは占いではなくてただの一般論ではないか。
 
これで、大人数で客が来ていて、周りの人が「あー、そういうとこあるよねー」とか「えー、ほんとに?」とか反応してくれる状況なら、もっとずっとやりやすいんだろうな、と感じました。
 
ともあれ、私としては、以前から本で読んではいたけれど実地に見ることのできなかった、占いの技術について観察することができましたし、彼女との相性についても「でも」悪くないらしいので、まずまず有益な経験でした。
 
二度と行かないけど。
 
K村「一度12時って言った以上は、店としてはきちんと12時に対応できる態勢を整えるのが当然だよなあ」
卒論「でも、しょうがないよ。あの人は占い師が本業じゃないんだし」
K村「いや……。あのさ。だって、店として『占い師がいる』って言って客を呼んでいるわけでしょ? 確かに占い料は取っていないけど、それはあの店のサービス全てがそうなのであって。事実、私らはあの占いだけのために、二時間分の入店料を取られているわけよ。 だから、あれを『仕事じゃない』って言うのは無理があると思うよ」
卒論「ああー、そっかー」
 
その純真さがうらやましい。
不安だけどな。
 
ともあれ、何のメリットもない(はずだった)五分五分の賭けにも勝利しました。
 
今週の日曜日は、とうとう彼女のご両親にご挨拶です。
 
母「で、何? どんな話してくるの?」
私「いやー、まあ、この間彼女が来た時みたいに、普通に世間話を」
母「『娘さんを下さい!』とか言わないわけ?」
私「うーん、まだ、その辺は具体的になっていないので」
 
なんか、ついに母からもせっつかれていますが、焦らず話を進めるのが最善手だというのが過去に得た教訓ですので。
 
……でも緊張するなあ。
 
卒論「あ、そうだ、この間、職場の○○さんに先輩と会ってもらった話をしたら、××さんも先輩と会いたいって」
K村「何人面通しをすりゃあ気が済むねん」