戦術研究。(ナルニア王国の。あるいは、ファンタジー映画制作の)

映画を見てきました。
 
冒頭のシーンを紹介。
 
……夜闇の中、低い唸りをあげて飛ぶ軍用機(He111だそうな)の編隊。
パイロットマスクを着け、薄暗いコクピットで言葉(ドイツ語)を交わすクルー達。
 
地上から、幾条もの探照灯の光が照射される。
そして浴びせられる激しい対空砲火。
 
僚機に命中。
不運なその一機は、そのまま下の暗い大地へと墜落。
炎上。
その炎に、灯火管制の闇に沈む家々があかあかと照らし出される。
ロンドン市街。
 
パイロットがクルーに合図する。
爆弾倉開放。
搭載されていた爆弾が、次々に下の町並みへと落下していく……
 
……って、見たのは「ナルニア国物語」なんですけど。
 
最初、違う映画の予告編かと思いましたよ。
 
いやまあ、これは初めの数分だけです。
別にこういうお話じゃないんで安心して下さい。
 
作品全体としては、古典的な(事実古典なんだけど)正統派のファンタジーですから。
 
「早く防空壕へ!」
「父さんの写真が!」
 
……なのに、なんか、この辺りがむやみに凝ってるよな。
原作にはこんなシーンなかった気がするけど……。
 
まあ、感想はまた今度書くとして、クライマックスのシーンを。
 
ネタばれですので注意。
 
……かな?
 
終盤、対峙する白い魔女軍とアスラン軍。
 
アスラン軍から偵察に出たグリフォン*1は、数・装備とも、敵である魔女軍が優勢、と報告します。
その上、アスラン軍は前夜に指揮官アスランを失い、士気は揺らいでいます。
 
これに対し、アスラン軍指揮官ピーターは、自身が先頭に立つことで、士気を鼓舞しようと試みます。
ナルニアのため、アスランのために!」
戦いの意義を示し、さらに「アスランの弔い合戦」という位置づけをすることで、兵士を奮い立たせようとするピーター。
 
決戦場は、見通しの良い平原です。
 
このあたり、両軍とも全然遮蔽とか防御陣地とか考慮してない上、伏兵も側面攻撃も考えずにただぶつかり合うだけ、という、素晴らしく古代チックな戦争です。
「会戦」ですね。
 
ただし、アスラン軍は、背後の高台にエドモンド麾下の弓兵隊を配置しています。
対する魔女軍側は、先制射撃攻撃を受けることを避けるため、弓兵隊の射程に入る直前の範囲に布陣しています。
 
先に動いたのは魔女軍側です。
ドワーフや小型の魔物を中核とする軽装歩兵が横隊を組んで前進します。
これに対して、アスラン軍は直ちに反応。
 
数で勝る敵に、平らな土地で正面から戦いを挑むなど愚の骨頂ですが、アスラン軍には策がありました。
グリフォンを中核とする飛行隊が、上空から岩を投げ落とし、敵前線を攪乱します。(このへん、ドイツ軍の空襲から逃れてきた兄弟が、自分で空襲を指揮する、という皮肉を感じるんですが……)
 
空からの攻撃に被害を受け、前進したものか弓で迎撃したものかと敵が混乱した隙を逃さず、セントール*2を含む重装騎兵がピーターを先頭に楔形の陣形を組んで突撃します。
 
アスラン軍の作戦目標は、敵軍の殲滅ではなく、ただ一人、魔女を討ち取ることです。
ですから、騎兵隊の突進力を利用し、一気に魔女が陣取る本陣まで突破しよう、という戦術に出たのです。
 
しかし、魔女軍はこれを予見していました。
魔女軍は、まずは前衛に配置した軽装歩兵のみを前進させ、本陣との間に間隙を作りました。
そして、軽装歩兵隊が敵騎兵隊の突進を受け止め、その衝撃を吸収して混戦に持ち込んだところで、巨人を中心とした主力部隊が前進する手筈となっていたのです。
つまり、前衛は捨て駒です。
 
余談ながら、騎兵の突撃を防ぐのであれば、重装歩兵の長槍を用いるのが定石でしょう。
軽装歩兵を捨て駒にして防いだのは、兵力に余裕があり、捨て駒に使うのを厭わない白の魔女なればこそ、とも言えますし、あるいは、格闘武器にこだわり、弓や槍を配置しなかった魔女軍の方針の問題であったかも知れません。
「魔女軍の方が装備が優れている」という報告でしたが、その装備は剣や斧がほとんどで、弓や槍を持った部隊が存在しないのです。
確かに、「装備:岩」とかいうのに比べたら優れていると言えなくもありませんが……。
 
まあ、そもそも小柄なドワーフなどでは、長槍でセントールの突進を防ぎ切れたかどうかわかりませんけれど。
 
ともあれ、騎兵隊の持ち味はその機動性にあり、混戦ではその力は半減します。
敵主力が前進し、劣勢に陥るや、指揮官ピーターは撤退を指示。
全軍に角笛で命令が伝えられ、アスラン軍は後退を開始します。
 
追撃する魔女軍ですが、これはアスラン軍の罠でした。
魔女軍が前進したところへ、エドモンド麾下の弓兵隊の攻撃が加えられます。(撤退の角笛が、弓兵隊への攻撃の合図でもあるのです)
併せて、アスラン側は炎の壁を作りだし、これによって敵を足止めし、敵陣を分断します。
これによって、各個撃破を狙うと共に、足止めされている敵に弓兵隊の攻撃を浴びせよう、という作戦です。
 
しかし、この目論見は、最前列へ前進してきた白い魔女が氷の魔法を使い、炎の壁を消し去ったことにより、もろくも崩れ去ります。
魔女軍は直ちにアスラン軍の追撃を再開し、アスラン軍は岩場の峡谷への後退を余儀なくされます。
しかし、ここで追撃を焦り、本陣を前面に押し出したことが、結果的に魔女軍側の過ちでした。
 
峡谷に入り込んだ魔女軍に対しては、左右の高台から弓による攻撃が加えられますが、アスラン軍側も、足元の悪い岩場では騎兵の機動力が発揮できません。
指揮官を最後尾とした退却、ということもあり、アスラン軍は無秩序な逃走に近い形になります。
加えて、指揮官ピーターが馬を失うというアクシデントもあり、アスラン軍は一時は崩壊するかに見えました。
 
しかし、後退するアスラン軍後尾と、追いついた魔女軍前列が、狭い峡谷内で乱戦にもつれこんだことで、ピーター・エドモンドに加え、白い魔女も白兵戦に巻き込まれることになります。
 
そして、この最中、アスラン軍側に援軍が到着したことで、魔女軍は側面を突かれる形となりました。
結果、直後に魔女が戦死。
指揮官を失い、戦いを続ける意味もなくなった魔女軍は士気が崩壊し、潰走します。
 
歴史にifは禁物ですが、もし、魔女軍が追撃を焦らず、陣形を再編成していたら。
あるいは、白兵戦武器だけでなく、もっと弓による射撃戦も重視し、アスラン軍に見る、諸兵科連合の編成をとっていたら、ナルニアの歴史は違ったものになっていたのではないでしょうか。(いや、違わなくていいんだけど)
 
……いやあの、これは終盤の数十分だけで!
全体としては、古典的で正統的なファンタジーですから!
 
(というか、本作の会戦シーンをこうやって分析する方が間違っている、というのが今回のオチなわけで)
 
……しかし、指輪物語といいこれといい、会戦シーンを目玉にするのが、今時の「ファンタジー」では必要なんですかねえ?

*1:前半身はワシ、後半身がライオンの、空想上の生物。

*2:半人半馬の空想上の生物。ケンタウロス。射手座のあれ。