ディストピア十傑

ソヴィエト科学アカデミーは、慎重な研究の結果、アダムとイブはソ連人だったという結論に達した。
なぜなら、彼らは食べるものはリンゴしかなく、財産は身に着けるものさえなく、エデンの園から出ることも禁じられていた。
にも関わらず、彼らは自分たちが楽園にいることを疑わなかったからである。
(冷戦時代のジョーク)
 
“アダムが耕し、イブが紡いだ時、誰が地主だったか”(ジョン=ボール)

 
ディストピア十傑、とかいう企画があるのを発見したのでわけもわからず便乗。*1ディストピア大好き!
住みたくないけど!(当たり前だ)
 
で、このところ長文が続いて申し訳ないんですが、これもまた長い。
今回、ただ単に私の偏った趣味を書いているだけで、何の参考にもならないので、読む必要は全然ないです。ほんとに。
 
警告しましたよ?
 
さて。
まず、私の思う「ディストピア」について考えてみると、いくつかの必要条件があるものと思います。
 
1:ディストピアは住みたくない世界である
だから当たり前だ。
ただ、客観的に見ると明らかに住みたくない世界でも、住人は順応している(させられている)場合もありますが。
でも、そういう時でも、実はどこかに莫大なひずみが出ていて、「ほとんどの住人は『まあこんなものだ』と思っているけど、ある人々は絶望の中にいる」……というのが多いのかも。
それを突き詰めたのが、アーシュラ・K・ル・グィンの「オメラスから歩み去る人々」なのだろうか。(みんなは健康で快活で幸福で、そしてそれがただ一人の悲惨な生活に支えられている世界。あれは、たぶんディストピアなのだろうけど……)
 
2:ディストピアには正義がある
住人が明らかに悪夢のような日常の中で暮らしているにもかかわらず、その政治体制を支える大義名分が存在する。このため、抑圧される人々も口をつぐまざるを得ない。
「共産革命を遂行し、地上に労働者の楽園を築き上げる」……みたいな。
「万人が平等な社会」「恒久平和」「人類の生存」……など、理念はいろいろ。
 
ああ、自分の嘘イデオロギー好きとディストピア好きって、ここでつながってたのか。
納得。
 
だから、ポスト・ホロコーストものなんかの、人類が悲惨な境遇で暮らしている世界は、たしかに悲惨だけどディストピアではないということで。
墜落世界」(TRPG)も、そういった理由であえて除きました。……まあ、あの世界、過酷な環境以上に、政治制度もかなりひどいっぽいんですけど……。
 
3:ディストピアは打倒不可能である
ディストピアが崩壊する理由はいくつかあり得て、

  1. 経済・農業政策の失敗により破綻する
  2. 権力闘争により内部から瓦解する
  3. 無理な対外戦争を(宗教・思想的理由から)起こして滅亡する
  4. 市民革命により打倒される
  5. 人権侵害を非難する周辺国の介入(武力介入を含む)により崩壊する

などかと。(可能性の高い順。たぶん)
あとまあ、侵略とか干渉戦争とかを受けるという事態がありえるのかな。
要は、一般の国家が滅亡する理由と同じであるような気もするけど。
 
真のディストピアでは、これらが回避されるようになっていて(例えば、「コンピュータによる支配なので、権力闘争が存在しない」とか)、悲惨な状態から人々が解放される可能性が限りなく低い。
つまり、現状が悲惨であるのみならず、未来への希望もない、本当の絶望状態。
 
さて、それじゃあ、具体的にはディストピアって何があったろう……と思ったら、案外思いつかず。
うう、もっと本を読まないとな……。
 
1:アルファ・コンプレックス(「パラノイア」・TRPG
「あなたは幸福ですか? 幸福は市民の義務です」
「コンピュータはあなたの友人です。コンピュータを信じなさい」
 
ディストピアと言ったらはずせないのがこれかと。
誰がなんと言おうと住みたくない。たとえハイプログラマー(特権階級)にしてくれると言われても住みたくない。
北朝鮮の特権階級になるより、日本の小市民でいたいですよね?)
 
時は23世紀。
すでに共産主義なんか滅び去った未来なのに、管理コンピュータが「自分たちは邪悪なcommie*2の侵略を受けている」……という、東西冷戦時代の妄想に凝り固まってしまった世界。
コンピュータは、1970年代の「民間防衛白書」に従い、民兵を組織し、配給制を敷き、市民を厳格に統制しています。
一方で、コンピュータにはもとより私利私欲は全くなく、「自分は市民を守るため、市民の幸福のために最善を尽くしている」という自負があります。
「それゆえ、市民は皆幸福で、コンピュータを支持している」→「コンピュータを支持しない、もしくは不幸なのはcommieだ」
……という、訂正不可能な思いこみをしており、誰にもそれは覆せないのです。
 
怠惰な下級官僚組織とか、勤勉に制度を改悪し続ける中央官僚組織とか、クローン技術の進歩の結果としての人命軽視とか、絵に描いたようなディストピアではないかと。
 
Have a nice day,or I'll kill you!
 
2・サイバー教皇領(「トーグ」・TRPG
トーグは、アメリカで作られたゲームです。
 
ゲーム中、近未来の地球は、異世界からの侵略を受けています。
それも、6つの異世界から。
 
……侵略してきた世界、そして侵略された地域は、たいがいどれも「住みたくない世界」なのですが、中でもお気に入りがここ。
 
近未来のフランスが異世界からの侵略を受け、誕生した地域。
サイバネティクスが驚異的進歩を遂げた一方で、「教皇*3はキリストの再臨である」と唱える「サイバー教会」に支配され、これに疑義を唱えるものは片端から異端審問にかけられてしまう世界。
サイバネティクスは神の恩寵なのです」
「肉体をサイバーウェアに置換することによって、私たちは肉の罪から離れることができるのです」
 
ネット上の仮想世界では「モーゼの十戒」など、聖書上の出来事を体験したり、バーチャル教会で友人と共にミサに参列したりできますが、実はその間、サブリミナル効果によって洗脳され続けていたり。
教会の施設に行けば、にこやかな司祭たちによって安全にサイバーウェアの移植手術を受けられますが、実は脳に怪しいチップを埋め込まれていたり。
 
まあ、これらの「ディストピア」勢力と戦うのが「トーグ」におけるプレイヤーの目的なので、完全に打倒不可能なようにはできていないわけですが。
(教会の支配を嫌うアウトローがいっぱいいるし、パリの「自由フランス」はじめ、フランス中にレジスタンス組織がある……とか)
 
「異端審問が実効を有している(例えば、赤熱した鉄の塊を持って大やけどを負っても、無罪なら傷が実際にすぐに治る、とか)」とか、嫌さ加減満載。
中世の教会大分裂までは我々の世界と同じ歴史を辿っていた世界、「マグナ・ヴェリタ(大いなる真実)」が、なぜこんなことになってしまったのか、も、ソースブックではしっかり語られており、架空世界史好きも大満足の世界です。(いねえよそんな奴)
 
3・マーケットプレイス(「トーグ」・TRPG
またしてもトーグ
マーケットプレイスは、ニッポンを侵略した「ニッポンテック」の、侵略元の世界です。
 
世界全体が、「御三家」と呼ばれる三つの巨大財閥に統治されており、
 
「あらゆる財貨は保護されねばならない」
「故に、あらゆる財貨の持ち主も保護されねばならない」
 
……という倒錯した理念の元、「金持ちほど保護される」「無一物の人間に生きる価値はない」……という、酷薄な社会制度が形成されています。
 
「金が全て」……ということで、あんまり「正義」が語れないため、サイバー教皇領の次なんですが、嫌さ加減は同程度。
打倒にしにくいことではそれ以上かも。
 
企業に損害を与えると、それを自分の財産で補填しなければならず、それが不可能な場合、「商安局」と呼ばれる組織がやって来て、処刑されてしまいます。
 
そのことが、「恥と罪」という見出しで説明されていることから考えて(ルース・ベネディクトか……)、これは「切腹」が形を変えたものなのではないかと。
介錯つかまつる!」とか叫びながら突入してくるんですよ、商安局。きっと。
 
自然保護なんて甘い理念はかけらもなく、長年にわたり世界中で行われている埋め立て工事のせいで、かつての陸地の形がどうだったかも分からないありさま。
まともな市民は決して屋外に出ることはなく、屋外にいるのは無一文になって追放された人々だけ。
屋外は、水も、大気も、土壌も、有害物質に汚染され、動植物は死に絶えています。
 
市民の住む部屋には空気清浄機が取り付けられていますが、浄化能力が高いものほど高価で、一般市民は不完全な清浄機で我慢しなければならないというシビアさ。
政府(=企業)は、汚染をなんとかする気なんかさらさらなく、それどころか、空気清浄機メーカーが、わざわざ「公害工場」を作って、毎日膨大な量のスモッグを「生産」してまき散らしている有り様。
 
……こいつらが「ニッポン」にやって来て、ニッポンを裏から経済的に支配しているんですよ、ゲーム中では。
福祉政策とか公教育とかを削減して。
 
トーグで一番住みたくない世界は、東南アジアにやってきたホラー世界「オーロシュ」と、その侵略元世界「ガイア」なんですけど。
でも、あそこは「正義」はおろか、何のイデオロギーも語れない、ただ悲惨なだけの世界なので除外。
 
ただ、「ガイア」に住んでいる、ヴィクトリア人たちの国家、「ヴィクトリア」は、ちょっとディストピアかも。
18世紀イギリスに似ていますが、もっと厳格な社会。
ヴィクトリア人たちは、キリスト教に似ているが遙かに厳格な「サセラム教」の教会に忠実で、「白人は有色人種より当然優れている」という意識に固まった人々です。(……で、そいつらが「自分たちは救世主だ」と信じて東南アジアにやってくるところが悲惨な喜劇なんですが)
 
4・ハイヴ(「神鯨」・SF作品)
T・J・バスの作品。(今、手元にないので、引用文っぽいのは全部うろおぼえ。この後のSF作品は全部そう)
遠未来、海にも地上にも生物はほとんど失われ、人類は地下に都市(ハイヴ。巣穴のこと)を築いて生活しています。
全ての市民は、遺伝子操作を受けたクローンとして生まれます。
通貨はカロリーで表され、「CQB(=熱量銀行)」に蓄えられます。
これを消費して、食料などの配給を受けるのです。
 
作中では、近未来の男性が、長すぎた冷凍睡眠の結果としてこの世界に飛び込んでしまうわけですが。
 
障害者には自殺が勧められるとか、死者(それから、生産予定を超過した胎児)は、タンパク質プールで分解されて食料に加工されるとか、葉緑体を持った食用サナダムシ(餌は人間の排泄物)とか、効率優先の行き着く先が見えます。
一方で、「雌しべと雄しべをそなえた植物」を「誤って」作りだしてしまうことが、大きなスキャンダルとして扱われるのです。
(「そんなものが存在したら、ハイヴ外でも食料を作れるようになってしまう」から。)
 
ちなみに、全ての市民は4本指で、平均寿命は20代前半。
老後が長すぎないように遺伝子操作されているのです。
 
食料生産が落ち込むと、管理コンピュータから、一人二票、自分と自分のクローン以外の誰か(「近親愛は禁じられています!」)に投票するよう求められます。
そして、投票で二票以上獲得できなかった市民は冷凍睡眠送り。
「まだ老後の蓄えが残ってるんだよ」とごねると、「投票結果は財産に左右されません。人類を救うのは『愛』だけなのです!」
 
愛か。
 
一方で、管理システム(人工知能。各部署が管理コンピュータから独立して動いている)の官僚主義のせいで、地下都市の換気設備が停止して大規模な市民の死傷者が出たり、制度的な嫌さ加減もかなり高く。
 
また、主人公ラリー・ディーバーが最初に住んでいる時代や、途中で目を覚ます時代も、なかなか嫌な感じです。
 
ただ、ラストで救われるので、作品としても好き。(ディストピアは好きですが、物語としてはハッピーエンドが好きなんですよ、私は)
 
余談ながら、この作品、「人間から与えられた使命に無駄に忠実なロボット」……という、私の好きなテーマを含んでいて、そこも好きです。(吉田戦車の「一生懸命機械」みたいだな)
 
5・近未来アメリカ(「プレイヤー・ピアノ」・SF作品)
カート・ヴォネガットの作品。
この人の作品は、「猫のゆりかご」を読んで好きになったのが最初で、その後何作も読んだんですが、私は「猫のゆりかご」が一番好き。
どれも、結果的には救いのない世界を描いているんですけど、「猫のゆりかご」は、それが軽妙な文体で薄められて、一番悲惨さを感じさせない作品のような気がします(「異色作」なんだとか)。
 
「プレイヤー・ピアノ」の世界は、高度に自動化が進んだ世界で、政治的決定や裁判、理髪店にいたるまで、ほとんどのものが機械化されています。
(一応、大統領も裁判官もいるんですが、実質的には機械が下す判断を読んで従うだけ)
 
このため、新しい機械の開発などの知的労働や、メンテナンス作業の一部(機械が行えないもの)以外、労働者はほぼ必要なくなっています、
社会は、そういったわずかな仕事を行う、ごく少数の大学出身者(大学の競争率は200倍)と、それ以外の市民に分化されています。
 
ほとんどの市民は、「道路住宅修理点検隊(通称、「ドジ終点隊」)」に配属され、本当はやる必要がないような作業を毎日行っているのです。
 
ちょっとこの話からはそれるかも知れませんが、昔から考えていたことがあって。
ロボットが人間の代わりに労働をしてくれるようになったら、誰もが働かなくて良くなる……というのは、大変ありがちな未来観です。
しかしそれは、「生産手段=ロボットが共有されている」、という、ある種の社会主義体制。
現在の社会を見る限り、そこへ向かう過渡期に、「少数の人間が全てのロボットを所有する」という状況が生まれるはずで。
その時、ロボットを所有しない多数の人間はどうなるのか、と。
 
作中では、計画経済が敷かれた、ある種の社会主義体制で(アメリカなのに!)、市民は食料や住宅、生活必需品などを全て政府から支給され、何一つ不自由のない生活を送ることができ、だれもが幸福に暮らしている……と、大学出身のエリートたちは言うのですが、一方で、誰もが大学に入ってエリートになりたがるのです。
 
つまり、誰もが、「働かなくても生活できるが、その分、いなくなっても誰も困らない人間(社会に飼われている、と言ってもいい)」という立場から抜け出したがっているのです。
 
作中、日本を含む各国から視察が来ていることが述べられます。
生産効率を最大限追求した経済だけに、この「アメリカ」に、他の国が自由競争経済で勝つのは難しいのでは、などと考えてしまいます。
 
「労働の権利」……ということを思わせられる作品です。
 
6・未来地球(「終わりなき戦い」・SF作品)
ジョー・ホールドマンの作品。
 
意思疎通が不可能な昆虫型異星人との戦争に明け暮れる地球。
その中で軍隊生活を送る一人の青年の姿を描く……という作品。
 
ハインラインの「宇宙の戦士(映画「スターシップ・トゥルーパーズ」の原作)」と背景設定はそっくりですが、方向性は逆向き。(ていうか、ホールドマンが、ハインラインを意識して書いたわけですが)
戦争万歳、軍隊万歳で、人類の生存のために侵略戦争も必要だ、と結論してしまう「宇宙の戦士」とは違い、「終わりなき戦い」では、戦争が兵士や市民生活を締め付けていく様子が描かれます。
でも、特に悲惨さは強調されず、ちょっと斜に構えた主人公の視点から、淡々と描かれます。
 
主人公が地球に戻ると(ウラシマ効果のせいで、戻ると時代が飛んでいる)、一見整備された世界だけれど、病身の母はろくな医療もうけられずにいる。
この時代、高齢者福祉が停止され、ある年齢以上になると公共の医療機関で受診できなくなっているのだ……。
 
というあたりが、ディストピア風味。
 
でも、イヤ方面じゃなくて、好きな作品なんです。ラストの展開とか。
 
むしろ、「宇宙の戦士」の方が嫌さ加減は高い作品なんですが。
軍隊経験者しか参政権を与えられないとか。
でも、ハインラインが言うには、それで「人類史上かつてないほど政府が有効に機能している」ってことなので、まあ、ディストピアじゃないんでしょうねえ。
そんな時代絶対住みたくないけど。
 
日本だろうとアメリカだろうとどこだろうと、退役軍人会に政治を任せて、社会がよくなるとは思えないんだけどなあ。
 
映画「スターシップ・トゥルーパーズ」について、「ハインラインが墓場から蘇って監督の首を絞めに来そうな作品」……という評価をどこかで読んだので、てっきりそれだけ原作が素晴らしい、ということなのかと思ったんだけど。
 
作品性はともかく、メッセージは好きになれなかったなあ。
 
7・近未来日本(「ルー・ガルー」・小説)
京極夏彦
 
現在も主張されている「人権の尊重」という理念がより一層推し進められ、社会制度上もそれが徹底されている日本。
高い治安も保証され、清潔感漂う社会なのに、どうしたわけかなんとも寒々として、しかも息苦しい。
 
私たちが目指すべき社会とはどんなものなのか、考えさせられました。
 
また、その「清潔な」社会の裏側で、実は途方もなくどろどろとした問題が進行していたのに、最後、それが打ち倒されても、何一つ報道されることもなく。
この社会の本当の姿はどうなのか……という無力感を感じさせられます。
 
しかし、この作品、前半は、あり得べき未来社会を細部までリアルに描いている(読者からアイデアを募ったんですね?)のに、後半は「ガメラ」だもんな。
びっくりした。
 
8・近未来アメリカ?(「自動工場」・SF短編)
フィリップ・K・ディック
 
世界文明は何らかの理由で崩壊しており。
 
しかし、かつて建造された自動工場が、なおも稼働し続けています。
 
……そして、自動工場のロボット回収車が、必要な資材を持って行ってしまうため、人類はいつまでたっても文明を再建できないのです。
 
「ミルクなんかもう作らなくていい!」
「私たちは、皆さんが自分たちで必要量のミルクを生産できるようになるまで、ミルクを生産し、皆さんにお届けします」
「しかし、雌牛なんかもうどこにもいないんだよ!」
「私たちは……(以下同文)」
 
「忠実な機械」テーマが暗い方向に行った作品。
 
この人の作品は、長中短編問わず、どれもこれも絶望的な世界なんですけど。
こういう、テクノロジーが人類を滅ぼす系の作品も多いし。
 
「高い城の男」(ナチス大日本帝国が勝利を収めた後の世界)とか、「パーキー・パットの日々」(文明が崩壊し、大人たちは過去の栄光に引きこもってしまった世界)とか、その他もろもろ。
 
すごいとは思うんですが、あんまり暗いんで、私個人はこの人の作品はもう読まないことに決めましたよ。
 
9・近未来日本(「定年退食」・コミック)
藤子不二雄
 
食糧事情が悪化し、「定員法」が施行された日本。
 
あちこちに監視カメラみたいなものが立っていて、事故や病気で倒れた人がいると、
「大丈夫ですか? すぐに救急車を呼びます。定員カードを提示して下さい」……と言われるんですが。
 
それが「二次定年」を迎えた国民だと、
「申し訳ありません。お役に立てません」
 
二次定年を迎えた国民は、定員カードが失効し、あらゆる福祉を受けられないばかりか、食料の配給も停止されるのです。
 
その他にも、配給される食糧に新開発の「満腹感を増す薬」が混入されるニュースや、「おかあさんといっしょ」みたいな番組で歌われている童謡とか(「2番さんが来たら1抜けて、3番さんが来たら2も抜けて」……って、それは童謡なのか)、「イヤ未来」感がさりげなく演出されています。
 
10:ザレム(「銃夢」・コミック
木城ゆきと
 
清潔な「理想郷」。
しかし、実は市民の全ては、成人の時に受ける「イニシエーション」により、脳をチップと交換されているのです。
 
街角には、「最高の文化的装置」である、「End Joy」(=公衆自殺機械)が設置されています。
 
そして、彼らの生活を支えるため、地上人たちは抑圧された生活を強いられている……という。
 
社会の仕組みに疑問を持つ者は、「MIB(医療監察局)」により拉致され、治療困難と見なされると、「廃棄処分」になってしまうのです。
 
まあ……、ディストピアですよね。
 
次点で、小惑星キリンヤガ(「キリンヤガ」・SF)。
 
あれも、住みたくない世界ではあったんですが……。
しかし、打倒されちゃうからな。平和裡に。
 
ユートピアとは何か」って、難しい問いですが、「キリンヤガ」を読んで、「古き良き過去を復活させても、ユートピアは実現しないのだ」……と、私は思いました。(この作品から受け取るものは人それぞれだと思うんですが)
かといって、無からユートピア社会を建設しようという試みはかつて成功したためしがなく。
 
それでは、絶え間ない前進、漸進的な改良の果てに、ユートピアがあるのでしょうか。
「我々の社会は歩いている人間のようなものだ。立ち止まれば転んでしまう」……という、カミロイ人(「カミロイ人の行政組織と慣習」R・A・ラファティ)の社会が、実はとても優れたものなのかも(でも、人類には今ひとつそのすばらしさが分からないのですが)。
もっとも、彼らは「君たちも気付いているはずだ、真のユートピアとは退屈なものだと」……と言うのですが。
 
思えば、ユートピアの語源であるトマス・モアの「ユートピア」だって、現在の視点で見るとかなりの管理社会だし。
(子どもはみんな共同体全体の子どもだとか……。ヤマギシ会か!)
 
昔、私が通っていた小学校の近くにヤマギシ農場があって。
クラスにもヤマギシの子がいました。
 
で、夏休みが近くなると、「ヤマギシ子ども楽園村」のパンフが配布されるんですが。
「子ども楽園村」というネーミングを聞くたびに、私は「ピノキオ」を思い出して。
行くとロバにされるという。
 
ちなみに、ラファティの作品はどれも面白いですよ。奇想天外なアイデアと、ちくりとしたブラックユーモアが盛り込まれた軽妙な短編が多く。
おすすめです。
……あと、どれも子どもたちがただものじゃない。
 
北朝鮮の学校で、子どもたちが学んでいる。
「では、キム。南朝鮮の現状について述べなさい」
「はい! 南朝鮮傀儡政権は、米帝の圧政下で同胞は迫害され、犯罪と汚職が横行しています。さらに帝国主義的矛盾に直面し、失業者が街にあふれ、人民は貧困に苦しみ、経済は崩壊寸前、まさに崖下に落ちていく列車のようなものです!」
「大変よろしい。それでは、我が共和国が当面目指すべきものは何か」
「はい! 我が国の当面の目標は、南朝鮮に追いつき、追い越すことです!」(かつては「ソ連アメリカ」として語られたジョーク)
 
閻魔庁に、一人の亡者が引き出されてきた。
この男の生前の様子を調べると、1960年代、日本から「労働者の楽園」北朝鮮へ移住し、その後大変な苦労をしながらも、真面目に生きてきた男だった。
その運命を哀れみ、また、誠実な生き方を讃えて、閻魔は彼を極楽行きとした。
 
ところが、しばらくすると、この男がまた閻魔庁に戻って来た。
 
「お前は極楽に行ったはずではないか。一体どうしたのだ」
いぶかしむ閻魔に、男はこう答えた。
「今度はさすがに用心しようと思って、極楽の入り口の門で聞いたんだ。『ここはどんなところですか?』って。
そしたら、『この扉の向こうは楽園ですよ』……って言うじゃないか。
俺はもうだまされねえぞ」(もとからこの形だったとおぼしきジョーク。合掌)

*1:便乗元:
http://d.hatena.ne.jp/walkeri/20051213
http://d.hatena.ne.jp/REV/20051214#p9
http://d.hatena.ne.jp/imaki/20051215#c1134596063
他。
ディストピア十傑」より、「ディストピア10傑」で検索した方がたくさん出てくる。

*2:言わずと知れた共産主義者の蔑称。
日本語訳するなら「アカ」。

*3:我々の世界のローマ法王ではなく、異世界からやって来た「偽教皇」ジャン・マルロー。
(ルールブックでも「偽」と書かれている。たぶん、問題にならないように)
ちなみに、法王庁アヴィニョンに置かれている。