私の同級生……仮にS君とします。
S君と私は中学校で同じクラスでした。
中学は……今にして思うと結構荒れていて、授業をエスケープしてタバコを吸ってる不良グループがいたりしたのですが(田舎なので、1990年代後半になっても古典的なヤンキーがいた)、S君も私も、そういう集団とは付き合いがありませんでした。*1
S君とは特に親しかったわけではありませんでした(というか、私が非コミュのオタクで、「親しい友人」というのがほとんどいない)が、彼は爽やかなスポーツマンで、勉強もまあまあできる人でした。
校内駅伝大会では、一番キツい上り坂の区間を任されて、みんなから大きな声援を受けていたのを覚えています。
みんなから一目置かれる彼を、私は「住む世界の違う人だなあ」と思っていたのですが、S君は朗らかな人で、非コミュの私をバカにしたりなどもせず、普通に接してくれました。
(なんでか知らないけど私のことを「先生」と呼んでた……と言うと距離感がわかるでしょうか。
後に、エヴァの第伍話でシンジが同じように呼ばれてるのを見てちょっと懐かしかった)
高校が分かれたので、その後は音信不通になってしまったのですが、後日彼の名を聞いたのは私が就職した後、「S容疑者」としてでした。
ここからは私もネットで知った話なのですが(そして部分的にフェイクを混ぜていますが)、私が高校・大学と進学する間に、S君も県外の大学に進学し、卒業後は地元に戻って就職したのだそうです。
ところが、就職先の社長は、自称暴力団関係者のパワハラ野郎で、従業員には暴力と罵詈雑言の嵐、早朝から深夜まで働かせて残業代を出さないどころか、深夜の飲み会の運転手みたいな私的なことまで社員にやらせる始末。
さらには社長の奥さんも、従業員をアゴで使って、会社と全然関係ないことを従業員にやらせるという、社員なんだか家庭内奴隷なんだかわからない地獄みたいな扱い。
しかし、S君は根性があったのか何なのか、その会社に耐えて適応してしまい、社長の片腕だか一の子分だかみたいな立場になっていたようです。
(「彼は社長に洗脳されていた」とは、元同僚の言)
そして、後に会社の経営状態が悪くなると、社長は犯罪に手を染めることになります。かなり重い部類の。
この時、S君もその片棒を担がされる羽目になったのです。
S君が率先してそんな凶悪犯罪をやるような人間だとは思わないのですが、パワハラ社長に何年も私生活まで密着されて暮らしていると、逆らうことなんて考えられない心理状態になってしまうのだろうなあ、と想像します。
結果として犯罪は露見し、S君は共犯者として逮捕され、裁判で有罪になりました。
もうすぐ刑期が終わるはずです。(社長はもう少し長い)
一応、教育職の端くれになった私ですが、S君を思うと、人間の未来なんて本当にわからないもので、怖いことだと思います。
学生時代には私よりよっぽど前途有望に思えたS君が、20代で犯罪者になり、今もまだ塀の中にいるなんて、当時は想像もできないことでした。
なぜ彼の人生がこんなことになってしまったのか、と思わずにはいられません。
S君が悪い奴だったとか意志薄弱だったとかは思いません。
むしろ、人間の心なんてみんな弱いもので、私だって誰だって、オウムみたいな洗脳カルトに入ったら教祖に心酔してしまうし、ワタミの洗脳研修みたいなのを受けたら24時間死ぬまで働くようになるのだと思います。
(でも、私がS君の会社に入ったら適応する前に耐えきれず自殺してそうな気はする)
だから、そんな会社が世の中に存在したこと自体が破滅の罠であって、S君は不運にもそれに嵌まってしまったのだと思います。
(被害者やご家族の方を思うと「不運」では済まされないのですが)
近年、退職代行というものを耳にします。
毀誉褒貶あるようですが、私は、ブラック企業で苦しんでいる人は、ぜひどんどん活用していくべきだと思っています。
anond.hatelabo.jp
上の記事も、社員に金を貸し付けて事実上の債務奴隷にし、違法な「罰金制度」で賃金を支払わないブラック企業の話です。
しかし、筆者増田は自殺する寸前に退職代行の存在を知って脱出に成功し、借金もほぼチャラになります。
費用は2万円だったそうです。
もし、四半世紀前に退職代行サービスがあって、S君が早いうちにそこに連絡することができていたら、S君は今頃はもっとずっと幸せな人生を歩んでいたかも知れないし、例のブラック企業(倒産しています)はもっとずっと早く破綻して、犯罪の被害者も出ていなかったかも知れません。
「ブラック企業は倒産した方が世の中のため」
などと言うと、現実が見えていないきれい事だとか、そこで働く人の生活を考えていないとか言われることがあります。
しかし、私は思うのですが、ブラック企業は……改善できるならもちろんそれが最善でしょうが……改善できないブラック企業は、やはり潰れた方が、社会のためにも、そこで働く人のためにも良いのではないでしょうか。
今学校にいる子ども達が社会に出て行ったとき、S君が嵌まったような「罠」が、世の中に存在しなくなっていることを願わずにはいられません。
*1:私は「ヤンキーから馬鹿にされていた」という感じ、S君は「にこやかに距離を取っていた」という感じ。