デバッグ不能な遺伝子コード。「それは基本仕様です」

「PSJ渋谷研究所X」ブログ様にて、フレイザーの“金枝篇”の話が出てきました。
http://shibuken.seesaa.net/article/95347967.html
*1 
ひゃっほう! 読んだよあれ。(日本語版の抄訳です、もちろん)*2
 
うれしくなったので、読者のニーズ無視で脊髄反射的に書いてみます。
 
議論の主題は、要するに、
疑似科学って呪術なんじゃね?」
ということ。
 
ここでいう「呪術」とは、
 
類感呪術「似ているもの同士には呪術的な関係がある」
感染呪術「関係があったもの同士には呪術的な関係がある」
 
の二つ。
 
丑の刻参りを例にとると、
わら人形を「人形」にするのは類感呪術(人間を呪うから人間の形にする)。
中に相手の髪の毛を入れるのは感染呪術(相手の髪の毛は相手本人とつながっているから効果がある)。
 
これと似たような論理が、疑似科学にもある、というわけです。
 
……正直なところ、「水からの伝言」をこれで語るのは多少無理がある気もするんですが(感染呪術の“感染”は、病気の感染とはちょっと違う)、ホメオパシーとか確かに「そのもの」です。*3
 
ていうか、これはたぶんさほど新しい観点ではなくて。
リチャード・ファインマンは、疑似科学のことを「カーゴ・カルト・サイエンス」と読んで批判しましたが、カーゴカルト=呪術なわけで。*4
 
いや、カーゴ・カルトというのは白人の偏見で、そんなものは実在しない、という研究もあるんですが、それはこの際どうでもいいんです。
 
カーゴ・カルトの話を聞いて、
「なるほどね」
……と感じたのは、文明人の側だからです。*5
 
だから、私としては、
疑似科学って呪術と一緒じゃん。疑似科学を信じるのは、呪術を信じる未開人と一緒で非文明的だよ」
……とは思いません。
(いや、それは上でリンクした先の人達も同じのような気がするけど)
 
例えば、“相手を呪う方法”について、
「藁で花輪を作って自分の家族の写真を入れる」
と、
「藁で人形を作って相手の髪の毛を入れる」
二つの説明があったら、私たちは、後者のやり方に圧倒的な“説得力”を感じます。(よね?)
 
それはなぜなのか。
 
科学的な妥当性とか実効性はどちらも等価(っていうかゼロ)のはずなのに。
 
それは、私たちが日本人で、「丑の刻参り」という「日本固有の文化」を知っているから……ではない、ということを、フレイザーは指摘したのです。
 
例を挙げましょう。
 
1:エスキモーの子供はあやとりをしない。これはなぜか?
a・あやとりをすると、寝ている間に手が凍傷になると信じられている
b・あやとりをすると、猟の時に銛の綱が手に絡まると信じられている
c・あやとりをすると、部族の犬ぞりの犬が弱ってしまうと信じられている
 
2:川魚の豊漁を祈る呪術は次のどれか?
a・墓地で拾った石を河原に積み上げる
b・桶に雨水をためて、川に流す
c・木で魚の形を彫り、川に流す
 
……正解はどれか、説明は不要ですよね?
どれも日本文化じゃないのに、どういうわけか「説得力」の存在を感じます。
 
それどころか、カーゴ・カルトのような、日本文化でも欧米文化でも南洋文化ですらない架空の“呪術”に、日本人も欧米人も「なるほど」と思ってしまったわけです。
 
つまり、
「類感の法則」
「感染の法則」
には、文化圏を問わず、人類全てを納得させてしまう「力」がある。
 
……というか、人間がそのようにできている。
 
だから、呪術は野蛮な土人の風習ではなく、現代の「文明人」である私たちにとっても、他人事ではないのです。*6
 
リンク先をたどって読んだ
「Chromeplated Rat」ブログ様の、“「人間の基本仕様」について”に出てくる、「人間の基本仕様」という言葉。
http://schutsengel.blog.so-net.ne.jp/2008-04-22
 
科学は進歩しても、人間心理の構造は大して変わっていない、ということで。
 
呪術(と、呪術的疑似科学)に“説得力”を感じてしまうのは「人間の基本仕様」だ、ということでしょうか。
(遺伝的な進化が文明の進歩に追いつかないのは当然で、これに限った話でもありませんが……)

神が我々に知性を与えておきながら、それを使わぬようお望みになるなどとは、私にはとても思えない。
ガリレオ・ガリレイ

神は我らを迷信深く造り給えり。
 
「人間の」仕様、と書かれていますが、実はこれは人間に限った話ではなく。
 
ハトですら、迷信に踊らされる、と、スキナーは述べています。
http://www.komazawa-u.ac.jp/~ono/meishinfushigi.html
 
「ぐるぐる回るとえさが出てくる」
と信じてしまったハトは、本当は定期的に(またはランダムに)出てくるに過ぎない餌をもらうために、意味もなくぐるぐる回るようになります。
 
「ランプがついている時にボタンを押すとコインが出てくる」
と信じてしまった人間は、本当はランプは関係ないにもかかわらず、ランプが点灯している時だけボタンを押すようになります。*7
 
呪術を信じてしまう人間の迷信深さ、というのは、「人間の」仕様、というより、たぶん、もっとずっと原始的な“仕様”なのです。
 
神は海の魚、空の鳥、家畜、地をはうすべてのものを迷信深く造り給えり。
 
……いや、さっきのリンク先では、「人間の基本仕様」というのは、もう少し希望を持った形で使われているんですが……。
 
しかし結局、
「人間はどのみち合理的存在ではないのだから、社会制度を工夫して、その不合理な部分となんとか折り合いを付けていった方が良い」
……という程度の話に読めて仕方ないのです。私には。
 
以前読んだこんな記事があって。
 
「身内びいきってすごいのね:差別と偏見の心理学(2)」(「こつこつとやる日々」ブログ様)

同じ色の服を来ているだけで自分の集団を高く評価してしまうことがわかりました.髪の色による振り分けを除き,子どもたちは2つの集団にランダムに振り分けられます.ですから,2つの集団は基本的には等質なのです.それでも,同じ服というだけで身びいきが観察されたのは驚くべき結果です.
(中略)
Biglerの実験結果をまとめると2点になるでしょうか.まず,(1)なんの意味もないランダムに決められた集団でさえ内集団バイアスが生ずること,そして,(2)それらが集団として機能するなら,ただ外集団と言うだけで(例えば,自分と違う色の服を着ているだけで),ネガティブな評価すら与えることです.

http://d.hatena.ne.jp/lateral55/20060125

私たちは、自分と違うグループに属するものを、意味もなく見下す傾向を持っています。
これは明らかに差別の原因ですが、これもどうやら「基本仕様」のようです。
 
世の中に差別があるのは、人間の自然な性向だ、と。
 
これに限らず、心理学をちょっとでもかじると、人間というのは、実は、およそ理想的な社会を建設する妨げになる傾向を山ほどかかえている、ということがわかるわけですが。*8

そこで神である主は、人をエデンの園から追い出されたので、人は自分がそこから取り出された土を耕すようになった。
こうして、神は人を追放して、いのちの木への道を守るために、エデンの園の東に、ケルビムと輪を描いて回る炎の剣を置かれた。
(創世記:第3章23・24節)

私たちは、永久に楽園に到達することはできないのかも知れません。
 
……人間自身の不合理性と、どうにか折り合いをつけるような社会制度を工夫……したほうが良いのでしょうね、きっと。
 
私なんかは、
「人間の脳や遺伝子を研究し、望ましくない傾向を取り除いた新世代の人類を創造すべきだ!」
とか考えてしまうんですが。
 
しかし、まあ、何が「望ましくない傾向」なのか? という問題に、誰も完璧な答えを出せない以上、これは優生学に直結する危険思想でもあり……。
 
赤い薬は、あなたの子どもがネット右翼になるのを予防する薬。
白い薬は、あなたの子どもがプロ市民になるのを予防する薬。
 
どちらかを選んで飲むことができます。
 
さあ。*9
 
……いや、たぶん、絶望することはないのでしょう。
 
先人たちは、呪術や宗教の支配する時代の中から、まがりなりにも理性が尊ばれる世界を築きました。
偏見と差別が横行する世の中から、まがりなりにも万人の平等が叫ばれる世界を築きました。

自然は、奴隷の肉体を労働に向くように作り、自由人の肉体を政治的生活に役立つように作った。
アリストテレス

ならば、この先、私たちの心の「仕様」自体は変化しないとしても、わずかずつ前進を続ければ、いつか、真に理想的な社会を築くことができるのでしょう。*10
 
明日が、もっと良い日でありますように。
 
……と、そのために、もっとマシな教育ができるようにしないと。
子どもらが、自分の「仕様」を超えていけるようにするために。
 
……人間の仕様そのものには手を加えずに、社会制度でなんとかしよう……ってことは、文明社会が打撃を受けると、人類は速やかに(たぶん1・2世代で)奴隷制や迷信の世界に後退してしまう、ってことなんですよね。
 
北斗の拳」とか、「猿の惑星」の、核兵器を崇拝する人たちとか……。

*1:たぶん、トラックバック先のそのまたトラックバック先、
 
呪術と「人間の基本仕様」(Chromeplated Rat 2008-05-01)経由
図説金枝篇を読んでニセ科学について考えた(あなたの正義は誰を殺しますか 2008-04-30)
 
が、議論のメインなんですけども。

*2:最初、「かねえだへん」って読んでたのは秘密。
読んだきっかけが「ブラックロッド」(古橋秀之氏のライトノベル)を読んだからだというのも秘密。

*3:同種療法。
頭痛を起こす薬草は、頭痛を治す力を持っている。
薬を希釈した水は、(何千倍にも希釈して、中に元の薬の分子がまざっていないほどになっても)薬効を有している。
……という信念に立った一連の治療法のこと。
一般には、効果が実証されていないと見なされている。

*4:ちなみに、「カーゴ・カルト」というのは、南洋諸島の原住民が、白人が文明の利器を持ち込んだのを見て(太平洋戦争中にやってきた米英軍が、輸送船や輸送機から補給物資を受け取ったのを見て)、
「あれは神様の贈り物だ」
「我々も神様の贈り物を受け取ろう」
と考えて、
「滑走路みたいなもの」「連合軍の制服みたいなもの」
を作り、「神様」がやってくるのを待っている……というもの。

*5:「原住民を野蛮だと思ったのが差別的で問題だ」……という話ではないです。ここでは。

*6:トリイ・ヘイデンの「幽霊のような子」で、呪術とか縁のない普通のアメリカ人であるはずの筆者が、わざわざ車に轢かれるような場所に置かれた人形に、恐ろしさを感じたのもたぶんそれ。
その後筆者は、友人のなんかニューエイジな人に相談して、友人は黒魔術だとか精霊だとか持ち出すわけですが。
しかし、そもそも「ニューエイジな人に相談してみよう」と思った時点で、筆者はそれを呪いだと理解しているわけで。
だから、「幽霊のような子」ジュディが呪いの儀式みたいなことをした、ということは、ジュディの両親が悪魔崇拝者だった、という証拠にはならないと思います。
それが証拠になるなら、それを呪いだと理解できたヘイデンも悪魔教団とつながりがあることになる。

*7:リンク先の「コンカレント迷信」なんて、誰もが経験があるんじゃないか、と思います。あんまり調子の良くない機械を使う時とか。

*8:スタンフォード監獄実験」に見る、権力を握った人間は、支配されるものを虐待するようになる……とか。
過去記事:http://d.hatena.ne.jp/filinion/20070526

*9:この間、グレッグ・イーガンの短編集、「祈りの海」を読みました。
どれもアレだったけど、「繭」は、かなりイヤな感じに考えさせられる内容でした……。

*10:不合理な性質を人為的に取り除かれた人間にとって、「理想的な社会」とは何だろう。
「幸福」って、合理的なものなのかしら。