ガルパンはいいぞ(挨拶)。
実に名作だと思うのだが、仕事柄気になるのは、「敵役」である劇中の文科省の無能っぷりである。
さて、あの文科省のメガネ野郎の部屋のドアには、「学園艦教育局」とある。
当然ながら、現実の文科省には同局は存在しない。
高等学校を管轄するのは、文科省の「初等中等教育局」である。
(文科省組織図・部分。原本はhttp://www.mext.go.jp/b_menu/soshiki2/04.htm)
言い換えると、大洗女子をはじめ、同作の各校は、高校でありながら、初等中等教育局の管轄下にはない可能性が高い。
そこで、この「学園艦教育局」について考えることを通して、「ガールズ&パンツァー」世界について考察を深めてみたい。
(とはいえ、読んでいない資料や忘れている台詞も多いと思うので、おかしな点があればご指摘願いたい)
学園艦の起源と、学園艦教育局の設置について
設定上、
「学園艦の成立は紀元前のブリタニアにさかのぼる」
などと言われているが、劇中に登場するような巨大艦(実質的にはメガフロート)が大量に建造されるようになったのはあくまで戦後。
それ以前は、国内外を問わず、学園艦は通常の艦船……多くは退役した旧型船の転用であったらしい。
その時期、教育の中心はやはり陸上の学校で、「学園艦」は特殊な形態だったはずである。
学園艦教育局が設置されたのがいつ頃かは不明だが、当初は「少数の変な学校を扱うための部局」という位置づけで、あまり重視されていなかったのではないかと想像する。
ところが、戦後、メガフロート工法の実用化(および、「特殊カーボン」をはじめとする、ガルパン世界特有の謎工学技術*1)によって、巨大学園艦が大量に就航。
現在では「中学校以上の学校の多くが学園艦」という状態になっている。
これに伴って、文科省内での勢力は逆転、学園艦教育局が省内で主導的地位を占めるようになっていると考えられる。
ガルパン文科省の組織について
ガルパン文科省の管轄の想像図が以下である。
「学園艦教育局」という名前から考えて、中学〜大学・高等専門学校までの学園艦全般を同局が担当していると考えざるを得ない。
(おそらく、内部に「高等教育課」などが存在するのだろう)
陸上では、その範囲を2つの部局が分担しているにも関わらずである。
これはおそらく、学園艦が少数で、一部局で管理した方が合理的だった時代の名残であろう。
しかし、学園艦の方が主流であるらしい現在では、あまりに管轄が広く、権限が大きすぎるのではないか。
一方で、ガルパン世界でも、依然として陸上にも多数の学校が存在していると考えられる。
まず、小学校は、
「艦を扱うことが難しく、保護者から離れて生活することは好ましくない」
という理由で学園艦が存在しないらしい。
(中学生なら学園艦が扱えるというのも驚きだが)
また、公立中学校は学区内に建っているはずなので、少なくとも海に面していない自治体の中学校は陸上にあるはずだ。
(アンツィオ高校は海のない栃木県の所属らしいが、それはあくまで高校の話である)
いくら学園艦教育局が権勢を振るっても、初等中等教育局の担当範囲がなくなることはないわけである。
しかし、「小学校の学園艦はない」とはいうものの、大洗学園艦は人口3万人の学園都市である。
さらに黒森峰は10万人以上を擁するなど、より規模の大きい艦もある。
その住人に、小学生の子どもが全くいないとは考えにくい。
子どもが小学校に上がる時には、学園艦外に引っ越すのだろうか。
常識的に考えると、学園艦の上に小学校が(幼稚園や中学校も)あるはずである。
(多くの学園艦は中等部を有しているらしいが、それに入試があるのか、それとも地域の「公立中学」として全生徒を受け入れているのかはわからない)
(一話ラストより。右下に、学校らしきものが見えている。
校種はわからないが、みほ達がいる大洗女子の倉庫と校舎は画面ずっと奥、山の向こうなので、ずいぶん離れている)
このような「艦内学校」は、どこが所管するのか……?
こう考えると、ガルパン世界の文科省は、「新参」の学園艦教育局を中心に、内部の縄張り争いがかなり熾烈なのではないかと想像される。
(巨大船舶にして小都市である学園艦の運営については、国土交通省や総務省も口出しの機会を窺っているかも知れない)
「縄張り」ということで言えば、劇場版を見るに、学園艦教育局は、戦車道国際大会にも深く関わっているらしい。
さすがに、中心になっているのはスポーツ庁(文科省の外局)だろう、とは思うが。
おそらく、学生スポーツとしての戦車道が、練習場の確保の都合で主に学園艦で行われていること、西住流・島田流の家元の娘がいずれも学生で、両家とパイプがあることなどが、学園艦教育局が関わる理由ではないかと推測される……が、ちょっとやりすぎではないか。
(劇場版では、この出しゃばりを逆手に取られるわけだが)
学園艦教育局の権限と組織風土について
学園艦教育局の権限は絶大である。
大洗女子……県立大洗女子学園は、文科省の判断によって一方的に廃校を通達される。
県立学校なら、県が存廃の判断をするのが筋だろうと思うのだが、一貫して文科省が方針を示している。
おそらく、艦自体が政府の保有で、文科省が学校に立ち退きを要求したら「店子」である県は対抗できない、ということなのだろう。
それにしても、前述の通り、同学園艦はただの高校ではなく、人口3万人を擁する学園都市である。
それを行政の一存で突如廃止するというのは、なんともおそるべき権力と言わねばならない。
そもそも、ある高校を廃校にする、というなら、最低でも「3年後に廃校。来年度からは新入生の受け入れを行わない」といった形にするのが当然で、いきなり廃校にする(しかも在校生の受け入れ先も決まっていない)というのは横暴を通り越して滅茶苦茶である。
学業に空白期間が生じるわけで、授業時数が学習指導要領の規定より少なくなって単位が取れない、進級・卒業できない、といった事態もあり得る大問題である。
(3万人の立ち退き問題に比べたら些細なこととも言えるが)
学園艦教育局が、文科省の主流へとのし上がるに至って横暴になったのか……あるいは、小規模な学園艦相手ならあまり大問題にならなかった行き当たりばったりぶりが、現代の巨大学園艦時代になっても抜けていないのかも知れない。
(ワンマン社長が好き勝手にやっていた小企業が、体質は同じなままうっかり全国チェーンに急成長などするとどうなるか、という話に似ている)
また、大洗女子の「選択必修科目」などを見るに、カリキュラムは著しくフリーダムで、そもそも学習指導要領に即しているとはあまり思えない。
(第一話。忍道……仙道……。「単位は3倍」とか生徒会が決めてるのもすごい話である)
そもそも、最初の演習に出てくる蝶野教官以外、大人の教師の存在感はたいへん希薄である。
(だから授業時数が足りないとかどうということはない、という発想なのかも知れない)
我々の世界の(陸上の)学校では、学習指導要領は法的拘束力を有すると一般に解されている、
だが一部には、「拘束力はない」という説も根強くある。おそらく文科省にとってはいらだたしい話だろう。
ところで、その指導要領を作成しているのは初等中等教育局である。
で、ガルパン世界ではそれを無視したカリキュラムが学園艦で常態化し、しかも学園艦教育局はそれを看過している、という状況は(以前なら「学園艦は特殊だから」で黙認されたかも知れないが)、考えるだに省内紛争の原因になりそうである。
また、劇場版に登場する島田愛里寿は、「飛び級により13歳前後で大学に入った」という設定になっている。
(公式サイトより)
飛び入学を認めている大学は実在するが、これは16歳……中学校卒業以降(=義務教育終了後)に、という話である。
中学生の年齢で大学に、というのも、陸上の学校ではちょっと考えられない話といえる。
もっとも、これら「生徒の自主性を重んじる」学園艦教育の結果が、大人と対等に渡り合う角谷生徒会長や、華麗に空中投下を決めるサンダースの技量なわけで、そういう意味では素晴らしい成果を挙げているのは間違いない。
(それが当の学園艦教育局を苦しめることになるとは皮肉な話であるが)
大洗女子の廃校について
学園艦教育局の大洗女子への対応は、まったくわけがわからない。
「少子化に伴う統廃合」「予算の都合」ということだが、それにしてもそんなに急ぐ必要があるのか。
そして、どうして大洗女子にこだわる必要があるのか。
学校の存亡を賭けて戦った大洗女子の優勝は全国的に話題になったはずで、それを覆そうとする劇場版での学園艦教育局の行動は謎である。
メンツがある、とかそういうことなのかも知れないが、世論から袋だたきにされるのが目に見えている。
予算の都合なら、大洗女子は存続させて、別な学校(戦車道をやっていない学園艦も多数あるはずである)を代わりに廃校にすれば良いのである。
(なので、テレビシリーズを見た時には、「大洗女子は存続しても、別な学校にしわ寄せが行くんじゃあ……」などと思ってしまった)
それなのに、どうしても大洗女子を、それも今年度限りで廃校に、というこだわりを見ると、学園艦教育局には何か別の動機があるのではないか……と考えざるを得ない。
それが何かは、劇中からは不明である。
例えば、戦車道国際大会と関係があるのかも知れないし、学校運営は完全に生徒会に任せているのに高給取りであるらしい「理事長」が関係するのかも知れないし、戦車が艦内の妙なところに転がっていた理由と関わっているのかも知れない。
あるいは、劇中の高校生の視点からではまったく知ることのできない理由なのかも知れない。
いずれにせよ、学園艦教育局はまず年度いっぱいで大洗女子を廃校にしようとし、それに失敗した。
のみならず、「大した実績もない学校」だった大洗女子に、全国の注目が集まってしまった。
それによって秘密が露見することを怖れた学園艦教育局は、「再検討の結果」、年度半ばでの強引な廃校を進めようとしたのである。
一方、劇中の描写を考えると、戦車道協会や西住・島田両家はもとより、関係する周辺の各部局は、大洗の廃校に協力的だったとは思えない。
例えば、劇場版で、大洗女子を追い出された生徒達は、廃校になった小学校の校舎で寝泊まりすることになる。
普通に考えると、せめて先に他の高校への転入を手配するのが筋である。
(この時点で転校届がないとか泥縄すぎる……)
あまりに急な話でもあり、その場にいるグロリアーナ・プラウダ・知派単の3校で全員(中高それぞれ9000人、計18000人である)を受け入れるのは規模的に困難、さりとて各地に分散して航行中の学園艦に移乗するのは輸送手段の確保が難しい……といった事情があったのだろうが、そうなると考えられるのは陸上の高校に受け入れることだろう。
だが、それには初等中等教育局との折衝が必要になる。
学園艦教育局「……というわけで、大洗を急遽廃校にするので、生徒を陸上の高校に分散して編入させたい」
初等中等教育局「はあ? 手順すっ飛ばして大洗を廃校にするのはそっちの都合でしょう? だったら生徒もそっちで面倒見るのが筋でしょうが。そもそも、カリキュラムだってこっちと大幅に違うんだから、編入してもトラブルになるだけですよ」
そしてまた、劇場版の「転校」「紛失」「私物」といったトリックであるが、県をまたいだ移動でもあり、あれを成立させるには、各学園艦の生徒会の判断だけではなく、その設置者である県教育委員会の協力(少なくとも黙認)が必要だったのではないか。
多数の学校が関与する中、もし、途中で誰かが「この転校って認めていいんですかね?」などと上にお伺いを立てていたら、全てが水泡に帰していたはずだ。
劇場版で学園艦教育局が捺印させられた「誓約書」、ちょっと詳細は読めないのだが、あそこにべたべたと多数の印が捺されていたように、学園艦教育局はその専横のために省内・省外を問わず敵を作り、社会的に四面楚歌に陥っているのかも知れない。
そして、大洗女子の廃校失敗は(それがどんなスキャンダルにつながるのかは不明だが)、学園艦教育局のあり方を大きく変えるきっかけとになるのではないだろうか。
大洗女子が試合に勝ったのは、もちろん、もちろん、チームに参加した彼女たちの奮闘の賜物である。
だが、「廃校撤回」という社会的勝利の背後には、多数の無名の協力者がいたのかも知れない……と考えることは、あの作品の魅力を減ずることにはならないと思う。
「ガルパンアルティメットガイド」にはこうある。
日本の少子化が進む以上、文科省の少子化対策による学園艦の統廃合は進むに違いない。
そこに楔を打ち込んだ県立大洗女子学園の活躍により、魅力的な戦車道が誕生したことで、少子化も食い止められるに違いない。
次の世代、日本近海は新たな学園艦に満ち溢れるだろう。
「大洗女子は存続しても、他の学園艦が割を食うだけなのでは……」
という懸念への回答がここにある。
すごい楽観論だが、それがガールズ&パンツァーだ、というべきなのだろう。
「わたしの戦車道」を見つけるまでの西住みほと大洗女子学園の戦いは、西住みほを「西住流」の重荷から救い、大洗女子学園を廃校から救い、さらに日本をも少子化から救ったのである。
それら新時代の学園艦が、学園艦教育局の専横から免れ、かつ、その自由闊達さを失わずにいられるよう、願わずにはいられない。
余談。
「ガールズ&パンツァー」でひっかかるのが、第一話のオリエンテーションで流れる映像……というかそのナレーションである。
戦車道。それは伝統的な文化であり、世界中で女子のたしなみとして受け継がれてきました。
礼節のある、しとやかでつつましく、そして凛々しい婦女子を育成することを目指した武芸でもあります。
戦車道をまなぶことは、女子としての道をきわめることでもあります。
鉄のように熱く強く、無限軌道のようにカタカタと愛らしい、そして大砲のように情熱的で必殺命中。
戦車道を学べば必ずや、良き妻、良き母、良き職業婦人になれることでしょう。
健康的で優しくたくましいあなたは、多くの男性に好意をもって受け入れられるはずです。
さあ、みなさんも是非戦車道を学び、心身ともに健やかで美しい女性になりましょう。
なんだこの古色蒼然たるテキストは。
「良き妻、良き母、良き職業婦人」という文面の昭和初期加減もさることながら、「男性に好意をもって受け入れられる」ことを謳う武芸とは一体。
(そりゃまあ、モテたい一心で柔道・剣道を学ぶ男性もいるかも知れない。しかし、「女性にモテる」を謳って人を集める道場とか嫌すぎるだろう)
あまりにアレなので、これはおそらく戦車道協会草創期に書かれたテキストが引き継がれているに違いない、と思っていたのだが、前述の「アルティメットガイド」を読むと、「文科省関連団体が毎年作成しているプロモーションフィルム」なのだそうである。
おいィ?
……まあ、現実の文科省関連団体にも割とアレな連中がいないことはないのだが、とりあえず21世紀にもなってこんな文章を女子高生向けに書くような団体は滅びるべきだと思う。