政治の季節(2)〜野球部独立編〜

(何かのプロローグっぽく)
 
鱶沢小学校野球クラブ。
 
その名の通り、鱶沢小学校を母体とする運動部として発足し、男子は野球・女子はソフトボール、という態勢の元、鱶沢小学校男子児童が選手、同校教員が監督・コーチとして、活動を続けてきた野球チームである。
 
しかし、20世紀末より進行した、社会体育体制への移行に伴い、学校主導の学校部活動から、保護者の協力を得て活動する組織へとその活動を変化させていった。
 
2004年には、実際に選手の指導を行う監督・コーチはもとより、予算管理、練習試合の日程調整に至るまで、保護者有志によって行われるようになっていた。
 
しかし、その一方で、より強いチームを目指し、そのための練習の強化を主張する、監督ら指導者と、児童のバランスのとれた発達を訴え、練習は適度な水準に抑えるべきだとする学校側との間で、意見の対立が生まれつつあった。
 
鱶沢クラブはあくまで学校の組織であり、その活動計画策定の主導権は学校にあるべきだ、とする鱶沢小学校。
これに対し指導者たちは、活動に干渉するばかりで積極的に協力しようとしない学校への不満を募らせていったのである。
 
西暦2005年6月。
鱶沢クラブは、卯崎小学校児童を受け入れる。これに伴い、団体名を「鱶沢バースト」と改称。
同月、新たに卯崎小保護者をコーチとして迎える。
 
7月。
市の大会で優勝を果たす。
15年ぶりの県大会出場に沸く選手・一般保護者の傍らで、県大会出場費用の捻出などをめぐり、監督ら指導者と、学校上層部の対立は激化。
 
8月。
ついに指導者会議側は学校からの独立を決意。
父母会を招集し、運営規約を改正、クラブチームとして学校からの独立を果たそうと画策。
だが、学校側は独立を容認しない立場を崩そうとはしなかった。
 
9月。
鱶沢・卯崎の学校統合計画が浮上。
対応に追われる学校をよそに、鱶沢バーストはさらに独自の活動に熱を入れつつあった……
 
…………みたいな。
 
学校の運動部と、「社会体育」というものについて、現在の私の理解を覚え書きという感じで書いておきます。
もし、「保護者の立場からするとここはこうだ」とか、「これはちょっと勉強不足だ」という点があれば、ご指摘下さい。
 
(今回、またえらく長くなるんですが、新年度以降問題になりそうなところなんで、今のうちに状況を解説。
解説しておかないと、春から愚痴をこぼせないから!)
 
現状、鱶沢バーストでは、実際に子どもを教えているのは保護者ですし、他のチームと交渉して、練習試合のスケジュールを組んでいるのも保護者。
要するに、学校側はほとんどなにもしていないわけです。
 
……学校側って、顧問はH教諭と私なんですが。
 
その一方で、練習スケジュールがあまりに過酷なのでは、という懸念も捨て切れません。
 
週にもよりますが、ほぼ毎週、週末に練習試合が1日(3チーム集まって、1日に2試合やります)。場合によっては、土曜が試合で日曜は朝から午後3時ごろまで練習です。
これに加え、平日に3日、21時までの夜間の練習があるのです。
 
担任らからも、
「疲れが出ているようだ」
「最近風邪を引くなどして体調を崩しやすい」
……という懸念の声が出ています。
 
さらには、今年の県大会では、県大会の予備日と運動会の日程が重なる恐れが出、指導者側から、前日(土曜日)への日程変更の要望書が提出される騒ぎ。
……運動会の日程変更ですよ? もちろん。
 
とはいえ、本校の運動会は卯崎小・幼稚園との三団体共同開催ですし、日程は昨年度3月に決定して公表されたもの。
そもそも、これは前年度の保護者アンケートの結果、「今年は土曜ではなく日曜日に」……ということで決定された日程なのです。
 
それを、野球部保護者だけの意向で変更しろ、というのは……。
小学校の保護者の中にだって、野球部とは関係のない人も多いのに。
 
結局、再度確認の結果、県大会の予備日は日曜ではなく翌週の土曜であることが判明し、要望は取り下げられたのですが。
(この辺の、虚実市野球連盟のいい加減な連絡体制にもいろいろ言いたいことはあるんですが)
 
夏には、毎年、市で相撲大会が開かれます。
例年、男子児童はこれに向けて練習してきました。
しかし、
「指を怪我でもしたら困る」
……ということで、監督らはこれに参加しないよう子どもたちに周知。
 
結局、実際に相撲大会に参加したのは、4年生以下の子どもたちと、高学年児童のうち、野球部レギュラーになっていない子だけでした。
 
その一方で、毎週二試合連投してきたピッチャー(卯崎小児童)が肘を壊し、「来年春まで投げてはならない」と、ドクターストップがかかり、今なお通院している状況です。
 
通常、秋以降はオフシーズンで、そのこともあって下校時間を早めているわけですが、一旦下校した後夜間練習。
土日も、雪がちらつく中で練習試合。
 
これでは子どもたちの負担が大きすぎます。
体力的にも時間的にも。
 
一方で、H教諭や私は、夜間練習には出ていませんし、土日も練習試合の時だけ行って、一日練習には出席していません。
だって無理ですから。
 
こういう練習状況に対して、ずいぶん前から学校内では「やりすぎだ」という声が上がっており、校長も何度か監督と話しているのですが、監督たちは基本的に聞く耳持たないのが実状。
 
それどころか、以前は
「こういう練習計画でいこうと思うんですがどうですか?」
という感じだったのが、
「こういうスケジュールになりましたのでお願いします」
……みたいな感じに。
 
基本的に短気で他人の話を聞かない人が多く。
こっちがあまり強く出て、
「じゃあオレはもう知らねえ」
……と放り出されても、今後の活動が立ちゆかなくなる、というのがこちらの弱みなのです。
 
経理面でも問題が。
 
県大会の折には、保護者が乗るバスをチャーターするということで、保護者を動員して地域で寄付金を募りました。
しかし、
「全国大会で宿泊を伴うならともかく、バスを出すだけなら、保護者負担で何とかするのが普通ではないか」
「以前、卯崎小野球部が県大会に出場した時は寄付など集めなかった」
……ということで、両校の校長からストップがかかり。
 
これが、指導者側にはかなり不満だったようです。
 
その一方で、地元企業などからすでに寄付されてしまった分については、どこへ行ってしまったのが定かでなく。
どうやら、ユニフォームの新調に一部が充てられ、まだ数十万円がプールされているようなのですが。
 
その上、保護者団体である「スポーツ文化振興会」の予算からも5万円が持ち出され、領収書も無し。
「……いや……あるんだけどさ」
「はあ」
「領収書、合計してみたら50050円あるんだ……」
「……利子?」
 
こういった中、指導者会議は、新たに保護者コーチを一人迎え、H教諭をコーチではなくマネージャーにすることにしたわけです。
 
そうなると、H教諭は公式試合ではユニフォームは着られませんし、ベンチにも入れません。
かく言う私はスコアラーなので、ベンチにはいますが、もとからユニフォームは着られません。
 
この仕打ちに、それまで学校側強硬派の校長と、みんな強硬派の指導者との間に立って調整に心を砕いてきたH教諭も、さすがにやる気を失ってしまいました。
 
さらには、規約を改正して、もうすっかり自分たちは学校と縁を切ってクラブチーム(=任意団体)になったつもりでいるようです。
 
H教諭は言います。
「でも、毎週毎週練習試合で、そのたびに送り迎えをしたりお茶を用意したりしている一般の保護者だって、かなりの負担になってるはずなんだ。
それに、勝つのが目的でやっているから、レギュラーになれない子はずっとボール拾いをしているしかない。
もう参加したくない、って考えているのは、子どもにも親にも多いんじゃないかな。
それが、曲がりなりにも参加しているのは、『学校の部活だから』……という意識があるからだと思う。
それを、もし、学校側からもクラブチームだと言い切ってしまって、『学校では卓球部を部活動として立ち上げますよ』……とか言い出したら、本当にバーストはチームとして存続していけるんだろうか。
今は、学校のスポーツ少年団ということで保険にも加入しているけど、クラブチームとなったらスポーツ保険の掛け金だってケタが違ってくるし」
「……そうすればいいんじゃないですか? 野球部はもう学校からは切り離したことにして、学校は卓球部でもバトミントン部でも始めたら」
「ただ、元々野球部は学校の組織として立ち上げられて、父母会だって野球部の組織だったわけだ。それを、組織やら連絡網やら、全部勝手に持って行かれるのはやっぱり問題だ。
今、父母会に参加して、地区連絡員なんかやってくれている保護者も、部活動の役員だと思って参加しているわけで。それが、自分がいつの間にやらクラブチームの役員にされていたら、まずいだろ。クラブチームってのは希望者がやるものなんだから。
それに、クラブチームとなったら、5年、10年先の運営を見据えてやらなければならない。
けど、今の指導者たち、自分の子どもが卒業した後もチームの指導者を続ける覚悟があるんだろうか?
さんざん好き放題やっておいて、自分の子どもが抜けたら『学校にお返しします』……じゃあ、通らないよな。
第一、今のバーストの練習方針をこのまま続けさせたら、子どもたちがかわいそうだ」
 
学校の体育は、基本的に、子どもたちの体力を総合的に発達させ、どの子にも運動の楽しさを味わわせることに目的があります。
学校の部活動も、例外ではありません。
 
しかし、「勝つこと」を目的に活動すると、そうはなりません。
総合的な発達は脇に置かれ、ただ野球だけが上手ければよい、ということに。
それは、相撲をやらせなかったことにも表れています。
そして、レギュラー選手にだけ集中的に練習が課され、「どの子にも楽しさを」ということも追いやられてしまいます。
 
「今のやり方じゃ、レギュラーの子だって、楽しいかどうか分からないよな。上手くやって当たり前、ミスすれば怒鳴られるんだから」
 
まあ、自分は体育が楽しくなかったぞ、という方もいると思うんですが。(私とか)
しかし、一部の運動が得意な子だけが活躍して、運動が苦手な子は応援や道具の出し入れだけやっている、というのが、学校の体育としてはありえない、という点は、同意して頂けると思います。
 
しかし、こういった問題を感じつつ、私には疑問があって。
「しかしH先生。 学校側の対応はどうなんでしょう。そもそも、指導を学校関係者ではなく、保護者に依頼した時点で、ある程度こうなることは予見できたのでは。
『指導をお願いします。しかし指導方針は我々の指示に従って下さい』……というのは、そもそも無理があったのでは?」
 
H教諭、少し考えて。
 
「……『学校の指示に従え』……というわけではなくて。
むしろ、考え方の問題なんだ。
 
野球部が、保護者を指導者に迎えてやってもらったのは、つまり学校体育から社会体育へ、という流れを受けたわけなんだけど。
 
社会体育への移行、というのは、一つには、学校職員だけでは限界があるから、地域の、技術があって時間的にも余裕のある保護者に協力してもらおう、という考えがある。
(バーストの監督も、「職業:会社経営」の人だし。……まあ、自分でフォークリフト運転するような種類の社長だけど)
つまり、学校側の負担を軽減する、という発想も確かにあるわけだ。
 
しかし、それ以上に、生涯スポーツ社会の実現、というのが目的なんだ。
 
現在の日本では、スポーツというのは、多くの人にとって、学校を卒業したらやらなくなるものだ。
 
友達同士集まって、カラオケ行こうとか麻雀やろうとか、あとせいぜいボウリングやろうとかいうことはあっても、市の体育館で道具を借りて、バスケやろうとかソフトやろうとかいうことはないよな。
たまに地域の行事でバレー大会なんかがあっても、『いやあ、私は苦手なんで……』とか言って逃げてしまう人が多い」
 
「よーくわかります」
 
っていうか、私はボウリングさえも嫌です。
 
「これを、欧米のような、地域に民間のスポーツ団体がたくさんあって、どの人も生涯にわたってスポーツを楽しむような社会を作ることで、一人一人が新たな楽しみを見つけ、地域の親睦を深め、国民全体の体力の向上と健康の増進を図ろう、というのが、『生涯スポーツ』の考え方なんだ」
「……そんな遠大な話だったんですか」
「うん。
だからこそ、全国で、部活動を学校主導から地域主導へと移行しようとしているわけだ。
 
しかし、『私は苦手なんで……』って言って逃げてしまう人が多い、ということは、ほとんどの人の心の中には、スポーツは『上手い人がやるもの』……という考え方がある、ということだよな。
これは、学校時代、部活動で、上手な子ばかりがレギュラーとして活躍して、それ以外の子はあまり光が当たらなかった経験が影響しているわけだ。
 
……そして問題は、地域でスポーツの指導にあたる人の中にも、そういう考えがあるということだ。
 
地域でスポーツの指導に当たる人の多くは、特にスポーツ指導の専門的な講習を受けているわけじゃない。
その一方で、高校くらいまで、部活動のレギュラーとして活躍してきた人が多い。
 
そういう人がスポーツ団体の指導をするようになると、当然、自分が受けてきたような指導をしようとする。
勝たなきゃ意味がないんだ、みたいな感じになって、とにかく勝つための練習をするようになるわけだ。
 
もちろん、スポーツである以上、勝敗は決して無視できないんだけど、スポーツの楽しさというのは、勝つことだけにあるわけじゃない。
勝つことだけに楽しみを見出してしまうと、それを味わえるのは、結局上手な子だけになってしまうし、苦手な子は何も楽しくない。
そういう指導を、任意参加の団体ではなくて、全員参加の学校部活動でやると、子どもはかわいそうなことになるよね。
 
欧米のように、幼児から大人まで連続して面倒を見てくれるようなスポーツ組織がどの地域にもあれば、その子どもの発達段階を見て、
『この年齢なら、基礎体力をつけるべきだ。この時期には、技術的な向上を図るべきだ』
……と考えてくれるけど、ただ『目の前の大会で勝つ』ことを目的にしていると、その人の生涯の発達を見据えた指導、というものとはズレが生じてしまうんだな。
 
よその学校では、高学年の体育の授業でバスケットボールをやったら、野球部の保護者から『指を怪我でもしたら野球に響くじゃないか』……とクレームがついたことがあるそうだけど。
スポーツをやる中で、運動に楽しみを見いだし、その人の体力の向上を図る、という意味では、いろいろなことをやった方が、自分が本当に楽しめるスポーツを見つける機会が得られるし。
それに、子どもの体のバランスの良い発達を促すためには、いろいろな運動をした方がいいわけだ。
偏ったトレーニングは、偏った発達をもたらすからね。
 
問題は、地域に十分な文化的・人材的な受け皿がないのに、制度だけ社会スポーツ体制に移行しようとしている状況にもあるんだけど……」
 
そんなに深い話だったとは。
この話を聞いた後、思わず社会スポーツというものについてちょっと勉強し直しました。
 
「あの……。もう一つ気になっていることが。
私、勤続年数から考えて、来年学校統合以降も、新卯崎小学校に勤務する可能性が高いわけです」
「そうだね。 俺は異動するけど」
「となると、これまでの経緯から考えて、私が野球部顧問になるんじゃないかと」
「そうだろうねえ。 俺は異動するけど」
「……どうすりゃいいんですか? とてもじゃないけど、あの人たちと渡り合う自信がないんですが」
「がんばれ。『鱶沢ビーストは学校部活動だ!』って主張して、学校に取り返すんだ」
「いや……。だって、私、野球なんて教えられないですよ。いまだに、野手がボール取った後どこに投げるのがいい判断なのかわかんないんですから」
「ま……、向こうの校長と相談して、全校態勢でなんとかするんだね」
「はあ……」
 
4月からどうなってしまうのか。
ご期待下さい。
 
私は嫌だけど。