第2回面談で打ちのめされた母と私。
(この記事は前の記事の続きです)
母は胃痛で倒れたりしたのですが、面談の影響はそれだけではなく、医療保護入院から任意入院に切り替わったことに伴い、父はスマホを利用できるようになりました。
それで、毎日のように母に電話がかかってくるのだそうです。
私「そんなに毎日話すことがあるの?」
母「まあ……いつも、早く家に帰りたい、って話と、サボテンの話。
あと、
『特に用はないんだけど、スマホがある以上は使わないと損だからな』
って。
私は、昼間は色々家のことをしないといけないから、電話するなら夜にして、って言ってるんだけど、父さんは朝でも昼でも関係なくかけてくるのよ……」
父、そういうとこだぞ……。
入院中で暇を持て余しているのだろうとは思いますが、
「電話するなら夜に」
とはっきり言われているのに、自分の思い立った時間に電話をかけてしまうこと……言い換えれば、他人の気持ちや事情に配慮する力の低さは、問題の主因のような気がします。
「それで、
『スマホも使えるようになったし、退院に一歩前進だな!』
とか言うのよ……」
前進ではないんだよなあ……。
ともあれ、父を説得するにも、実際に現地の様子を見ていなければ始まりません。
母と私は、社会福祉士さんからもらったリストを元に、高齢者施設を見学することにしました。
ただ、私が施設探しの必要を感じたのは、これが最初ではありません。
最初にそれを感じたのは、実はこのブログがきっかけでした。
1月11日(日)、はてなブログに前回の記事を公開しました。
父の介護が始まったと思ったら終わった。 - 小学校笑いぐさ日記
想像以上にたくさん読まれて驚いたのですが、そこでいただいたはてなブックマークのコメントの中に、
「退院に備えて、急いで介護施設探しをした方がいい」
というものがいくつもありました。
例えば、
id:shea え、これ普通に一月中には出てくるのでは?このくらいで入院できないし、施設を探さないといけないのでは。
id:korimakio 入院中の今のうちに包括からケアマネさん紹介してもらって先の事を相談しておこう。認知症可の介護施設を探して貰うとか色々。
id:takanq 投薬で症状が治まっても再び自宅で老老介護は厳しいだろうから、退院先を決めないといけないです。MAX3か月の猶予があると考え、今からすぐにケースワーカーや社福に相談し介護施設選定に入ったほうがいいですよ
などなど。
その他にも、コメントをくださった皆さん、ありがとうございました。
たいへん参考に、また支えになりました。
(ただ、「増田」って呼ばれたのはびっくりしましたね……。あと「娘さんかと思った」とか。私ことfilinionは男です)
確かにこのとき、それまであった絶望的な慌ただしさと緊張感が突然消滅したため、母も私も半ば虚脱状態になっており、3ヶ月後のことなど全然考えていませんでした。
それでコメントを読んでにわかに焦燥感に駆られ、月曜すぐに包括支援センターやSWさん(ソーシャルワーカー)に連絡したのですが、どちらも
「今はまだ動けない」
と言われました。
理由は2つ。
第1に、要介護認定がまだであったこと。
介護施設は、施設によって、「要介護1以上の方」「要支援2以上」といった利用条件があります。
このため、要介護認定を受けていないと、施設探しができないのです。
第2の理由は、SWさん曰く、
「患者さんの容態がどのような状態で安定するかわからないから」。
どんな状態の認知症に対応できるかは、施設によって異なります。
急性期で治療中の父が、どんな状態で安定するかは、この時点では見通せず、それが安定するまでは施設探しができない、ということです。
……それは、言い換えると、施設では受け入れられないような状態の父が、
「もう安定しました。治療終了です」
として自宅退院してくる可能性がある、ということ……?
この懸念は半ば当たってしまったわけですが。
そんなわけで、一時はやきもきしていたのですが、「前編」に書いたとおり、第1回の面談で、病院側から
「グループホームはこちらで探します」
という心強い言葉をいただいてしまったため、施設探しはそこでストップしていたのでした。
ところが、今やすでに要介護認定の結果は出ましたし、高橋医師との約束も反故になったので、改めて施設探しをすることになりました。
母と私が見学した施設は3ヶ所。
後述しますが、選択肢があることは必要だと考えたからです。
(施設見学中にも、父から母のスマホに着信がありました)
どんぐりの里(サービス付き高齢者向け住宅)
*1
要支援1~要介護5。
費用:18万円/月
初めて見る高齢者施設でした。
「高齢者向け住宅」というのは、いわばワンルームマンションで、一人一部屋の個室(トイレ付き)があり、私物も持ち込めるとのこと。
(ただし、建物自体の出口には鍵がかかっています)
部屋にある家具は、介護ベッドとエアコン、小さなキャビネットだけですが、それも好きなものを持ち込んで良いとのことでした。(テレビ端子あり)
「例えば、棚を持ち込んで、そこに多肉植物などを並べる、ということも可能でしょうか?」
「できますけど、植え替えなどのお手伝いはできないので、ご自分でお世話できる範囲になります」
それはまあ、父としては望むところでしょう。
「毎日、お食事と、おやつが出ます。
面会の時に、お菓子などを差し入れていただくのは構わないのですが、その場で食べきれる分だけにしてください。他の入居者さんがうらやましがってトラブルになるので」
入院中の現在は、母が毎週おやつを大量に差し入れて、それを看護師さんが毎日少しずつ出してくれているそうなので、そこは病院の方が手厚いかも知れません。
施設内での体操やゲーム、時にはみんなでお花見などのイベントがあるとのこと。
建物もまずまずきれいで、良い印象でした。
懸念としては、食堂にカラオケセットが置いてあって、美空ひばりの曲が轟音で流れていたこと。
(実は入居者の一人がマイクを握って歌っていたのですが、その声はか細くてほとんど聞こえませんでした)
職員も入居者も平然としているのですが、とんでもない音量で、施設全体に轟いていました。
たまにならいいけど、毎日だったら辛そう……。
つばきの家(サービス付き高齢者向け住宅)

要介護1~要介護5。
費用:15万円/月
訪問するとまず面会室に通され、施設長だという中年男性との面談になりました。
そして、
「で、旦那さんはどんな状態なんですか?」
施設の説明を聞く前に、まずこちらが父の説明をすることになりました。
我々の話を聞いた施設長は、
「私もこの仕事20年やってますけど、男性の前頭側頭型認知症はねえ、難しいんですよね。リモコン投げたり、壁を壊したりねえ」
私「病院の先生の見立てでは、ずいぶん落ち着いていて、退院可能だとのことなのですが」
「そりゃあ病院にいるからでしょ!」
……といった感じで、どうも歓迎されていない雰囲気。
いやまあ、
「病院にいるから落ち着いているだけでは」
という懸念は、母と私にも共通するものなのですが。
「施設で暴れるとね、また病院に逆戻りになって、今度はもっと強い薬を出しましょう、って話になって、そうこうするうちに副作用でわけわかんなくなって、排泄の始末も自分でできなくなっちゃう、みたいなこともあるんですよね」
脅された末にようやく案内された施設は、ここもおおむねきれいでした。
美空ひばりも流れてないし。
ただ、部屋もほぼ似たような感じなのですが、外から家具を持ち込むのは不可とのこと。
その代わりと言うべきか、施設内に小さな畑があり、そこで入居者みんなで野菜を作ったりするそうです。
この施設は要介護1以上が条件ですが、隣町にある系列の施設は、要支援でも入居できるとのこと。
「ただ、ウチは、入居者は8割が女性でしてね。男性の入居者も、いるのは100歳超えた人だから、70代のご主人と話が合うかどうか、相性も心配ですねえ」
歓迎されている風ではまったくなかったのですが、しかし、施設見学が終わってまた面会室に戻ったところで、施設長が一枚の書類を出し、サインするよう我々に求めました。
「これにサインしたからって直ちに入居になるって訳ではなくてですね。審査とかもありますから。
ただ、今書いていただかないと、先々、入居を希望された場合に、また二度足を踏んでもらうことになっちゃうので」
ええ? と私は思ったのですが、母が
「いえ、今日はやめておきます」
と断りました。
よくよく考えれば、断るのが当然です。ちょっと躊躇してしまったことを恥ずかしく思います。「連帯保証人」の欄もあったし。
後で母曰く、
「父さん、ああいう、ちょっとえらそうな物言いをする人と相性悪いのよ」
壮健ホーム(介護付き有料老人ホーム)

要支援1~要介護5。
費用:18万円/月+入居一時金100万円
(プレミアムルームは23万円/月)
地元の総合病院が運営する施設で、医療支援が充実しているのがセールスポイントでした。
説明してくれたのは、穏やかな印象の若い男性職員です。
館内は非常にきれいな印象を受けましたが、現在満室だとのことで、個室内を見学することはできませんでした。
私物の持ち込みは、家具も含め可。
施設内でのイベントなどはあまりなく、
「皆さん、室内で静かに過ごされる方が多いですね」
とのこと。
父にはその方が良いのではないかと思えました。
ただ、とにかく満室。
プレミアムルームは1ヶ月程度で空きが出る見込みだが、スタンダードルームは順番待ちで、秋以降の入居になる……とのことでした。
(どうして空きが出る時期がわかるのかはよくわかりません)
プレミアムルームは、部屋自体が広いことに加え、IH式のキッチンや、個室風呂もあるというのですが、さすがに費用面で手が出ません。
キッチンも、父には宝の持ち腐れだし。
中庭にきれいな花壇があって、母が
「あれは、どなたがお世話されてるんですか?」
と尋ねると、
「基本的にはスタッフが管理していますが、園芸がご趣味の入居者さんが、スタッフと一緒にやることもありますね」
とのことでした。
また、職員の方からは、
「ケアマネジャーをつけてもらった方がよいのでは」
「老健という選択肢もありますよ。この辺りで認知症に強いのは……」
といった助言もいただきました。
こうして3ヶ所の施設見学を終えた日、病院での3回目の面談がその翌日に予定されていました。
私は、父をどう説得したものか、話す内容をあれこれと考えました。
認知能力がさほど衰えていないとはいえ、口頭で説明したのでは、
「それはさっきも言ったけど……」
という感じで、話が堂々巡りになるのは目に見えていると思いました。
そう考えると、絵とキーワードで図解しながら説明するのが良いのではないでしょうか。
私は、考えた説明の内容をメモ帳に書き出し、かばんにA4のコピー用紙と水性ペン(プロッキー)とクーピーペンシルを詰め、早めに就寝しました。
第3回面談。 3月27日。
参加者は、鈴木医師、SWさん、社会福祉士さん、父・母・私の6名。
これまでと同じく、最初に医師からの説明がありましたが、病状等については大きな変化はありませんでした。
ただ、前回の最後に言われた
「ご家族から、『同居はできない』と、きっぱりと伝えて欲しい」
という点について、改めて念を押されました。
それから、
「このたび、院内で異動がありまして。今回の話し合いが物別れに終わった場合、主治医が交代になります」
また変わるの!?
こちらからは、いくつか鈴木先生に確認をしました。
「見学した施設のうち、壮健ホームは、入居まで数ヶ月待ちとのことでした。仮に、父がそこへの入居を希望した場合、それまで入院させてもらえるのでしょうか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
あっさり言われたので拍子抜けしました。
前回、
「長期入院は望ましくない」
「施設への入居に同意するまで何ヶ月も入院させるということはできない」
と何度も言われたので、早めに出ていかねばならないのかと思っていました。
*中間段階理論。
それと、父を説得するにあたって、迷っていたことがありました。
話が前後しますが、前回の面談の後、社会福祉士さんから、
「途中でちょっとお話しした、施設を、病院からご自宅に戻る中間段階として考えてみては……という方向で説得するのはどうですか?
ご家族のお考えもちゃんと聞いていなかったので、あまり強くは推せなかったのですが……」
と提案されていました。
今の母の気持ちとしては、
「中間も何も、もう同居は絶対に無理」
です。
しかし、それでは父との妥協点がありません。
そこで、いわば方便として、
「まず、いったん施設に入って、落ち着いてから帰宅しよう」
という説得の形はアリなのか?
施設見学をした際に、「つばきの家」と「壮健ホーム」でこの話をし、意見を求めました。
(「どんぐりの里」の時は思いつきませんでした)
「つばきの家」の施設長としては「ナシ」でした。
「そうやって言いくるめて入居させてもね、結局、『いつになったら帰れるんだ!』って騒いで暴れたりしますからね。やめた方がいいですよ」
母「そうすると、こちらに入居されている方は、皆さん納得して入居されてるんですか?」
「ええ。子どもに迷惑掛けるわけにはいかないから、とかね」
一方、「壮健ホーム」では。
「それでご本人が納得されるなら、いいんじゃないかと思いますよ」
そして、鈴木医師の意見を求めると、
「そうですね……。それは、お家の方のお考えによると思います。
将来的に同居してもよい、とお考えなら、それでもいいと思います。
ですが、全く自宅に受け入れる気がないのに、そういう希望を持たせるのはよくないと思います」
そこで私は、ずっと考えていたことを話しました。
「正直に言って、今の時点では、母が父と同居するのは全く不可能ですし、将来的にも無理だ、というのが母の気持ちです。
ただ、思うに、施設に入居して、父の様子が落ち着いて、家族や地域の人と穏やかに生活できそうな様子が見られれば、母の気持ちも変わって、将来的に同居できる可能性もあるとは思っています」
つまり、
「永久に無理だ、と今は思っているけれど、将来気が変わる可能性がないとは言えない」理論。
すると、鈴木医師とSWさんは顔を見合わせて、
「それならいいんじゃないですか?」
「いいと思いますよ」
いいのか……。
そして父が呼ばれました。
病状の説明などがあった後、
「とにかく、一日も早く家に戻りたい」
と言う父に、私は、
「じゃあ、ちょっと色々図に書きながら説明するね」
と、テーブルの角をはさんで隣の席に座り、紙を広げました。
図解タイム。
話をしながら、ペンで書き込んでいきます。
先に示しておくと、完成形はこうなります。
(汚くて恥ずかしいのですが、あとで再掲します)

「まず、今、病院に父さんがいるよね。
イニシャルを取ってCとして……」(右上に描く)

「そして、家には母さんがいる。
同じくQとするね」(左上)


「……で、父さんとしては、今すぐ、病院から家に退院したいんだよね」
「んむ」

「でも、残念ながら、それは今すぐにはできないんだよ」

「どうしてだよ! 俺は……」
「うん、戻れない、って言ってるわけじゃないんだ。
戻るための話は後でするんだけど、今はまず、何が家に帰る障害になっているか、という話をさせてくれないかな」
……という感じで、図を書きながら話を進めました。
・家に帰るための障害は2つ。
第一に、近隣トラブルが再発するおそれがあること。
実家に帰るということは、一人で暮らすわけではなく、母や近所の人とうまく付き合っていかなければなりません。
一方、前回の面談で、父自身が、
「何が悪かったかわからない」
「認識の違い」
と繰り返し言っていました。
それはつまり、「また同じ状況になったら同じことをやるだろう」と言っているようなものです。
近隣の人にとって、また、母にとっても、それでは不安が残ります。
この点について、父から直接の反応はありませんでした。*2
父「私はねえ、また今までみたいに、みんなで焼肉食べに行ったり、カタンをやったり、和やかに暮らしたいんだ」*3
私「そうだね。
ただ、一緒に暮らすというのは、2人の気持ちがそろわないとダメだよね?
『一緒に暮らしたいな』
『そうですね、一緒に暮らしましょう』
っていう風にさ。
『俺は一緒に暮らしたいんだ!』
『いや私はとても無理です』
っていう状態では、一緒に暮らすことはできないじゃない?
家に帰りたい、っていう父さんの気持ちは、私もわかってるし、母さんも、先生も、ここにいる人たちはみんなよくわかってる。
だから、今度は、父さんが母さんの気持ちをわかってあげて欲しいんだよ」
父の言うことを頭から否定するのは避け、極力「そうだね、その通りだね」と、いったん受け止めることを心がけました。
第二に、激昂・暴言の問題。
母は、主に近隣トラブルを心配していますが、私としては、こちらの方が重大だと思っています。
父「あのね、私が……あなたにね、暴言なんて、言ったことがありましたか?」
私「うん、父さんは覚えてないんだよね。
先生もそう言ってた。
『認知症になった人は、認知症で感情的になってやったことを覚えていないことが多いので、謝罪とかを求めない方がいいですよ』
って。
だから覚えてないのは仕方ないと思うんだけど、動画があるからちょっと見てみようね」
と、私はスマホを取り出して、動画を再生しました。
動画タイム。
この動画は、父が入院する前日、12月25日に撮影したものです。*4
状況としては、夕方ににわか雨が降ってきて、父が、外に出してあったサボテン等を取り込もうとした時のことです。
「お前らも手伝え!」
というので私も手伝おうとしたのですが、鉢の下に段ボールを敷くとかなんとか言っているものの、指示が不明瞭でよくわからず、
「どういうこと? 段ボールをどうするの?」
と尋ねたところ、父の怒りが爆発しました。
「言われたことをちゃんとやれえ!」
「こんなに馬鹿だとは思わなかった」
「バカ嫁もバカ息子もいらねえよ! 出て行け!」
さらには、トイレのドアの損害賠償10万円を払え、念書を書け、と言い出します。
トイレのドアとは何か。
恥ずかしながら、実家のトイレのドアは、私が大学時代に穴を開けてしまい、以来、上からシールを貼って隠してあるのです。

これはまあ、四半世紀前とはいえ間違いなく私の落ち度なので、直せと言われたら私がお金を出して直すべきものです。
ただ、
「利子が付いて10万円の倍で100万円」
「バカ嫁も同罪だからあいつにも請求する」
とか言い出すのはさすがに筋が通りません。
こうして、
・ちゃんと手伝え
・すぐ出て行け
・念書を書け
がローテーションし、合間に「馬鹿野郎!」などの罵声が交ざるという地獄。
とにかく植木鉢を何とかしようと玄関のたたきに下りると、
「勝手に俺の地所に入るな!」
帰ろうとかばんを持ち上げると、
「俺の家にあるものを勝手に動かすな!」
そして台所からスツールを持ってきて、廊下との境に置いてどんと座り、
「片付けるまでここを通さねえぞ!」
と言うのですが、台所は廊下の奥の部屋なので、特に帰り道を塞ぐ位置でもなく。
もはや支離滅裂すぎて笑ってしまったのですが、しかし、この10分足らずの動画を見ると、今でも動悸がして手が震えます。
私が父の激昂に晒されたのは、ほぼこの時だけですが、これに一ヶ月間、朝から晩まで晒された母のトラウマはいかばかりかと思います。
「出て行け!」と私を押しだそうとした時の力が意外に強く、危険を感じたのもこの時でした。
認知症の人が、病院の受診や要介護認定調査の時だけ「いい子」になってしまう、という話は聞いたことがあったので、必要ならその時に見せようと思って記録したのですが、よもや、最初に見せるのが父本人になろうとは思いませんでした。
(動画を見せても大丈夫か、ということは、父が呼ばれる前に鈴木先生に確認しました)
私のスマホから流れる自分の罵声に、しばらく言葉を失っていた父でしたが、
父「俺を病院に入れるためにこれを……」
するとすかさずSWさんが、
「いえ、違いますよお父さん。私たちも見たの初めてで、今の様子と全然違ってびっくりしてます」
私は説明を続けました。
・この動画のような暴言が、ずっとあったことから、母は非常に不安を抱いている。また、近隣の人へも同様のことがあった。
・先日の面談の後には、母は胃に締め付けられるような痛みを感じ、倒れてしまったという。
「同居するかも知れない」
ということを考えるだけでお腹が痛くなって倒れてしまうような状態なのに、実際に同居することはできない。
私「母さんが倒れたとして、父さんが看病するのは難しいよね?
だから、今、父さんにやって欲しいことは、母さんの不安を解消してあげることなんだ。
そのためにどうするかというと……」
父「あのね、施設は、私はね、絶対に拒否します」
私「そうなんだ、わかった。でも、とりあえず話だけ聞いてね」
・高齢者施設に入居することの良い点は、まず、個室であること。
私「父さん、今、何人部屋なの」
父「3人」*5
・そして、私物などの持ち込みができること。
私「(見学時に撮った部屋の写真を見せる)ここに棚を置いてさ、そこにサボテンでもシクラメンでも置けるよ。
病院ではさ、前に高橋先生に、サボテンの鉢を持ってきちゃダメか聞いたんだけど、ダメって言われて」
鈴木医師「そうですね、鉢植えはちょっと……」
・病院に比べると実家に近くなるので、面会も頻繁に行えることから、母を安心させる機会も増えるのではないか。
・外出も可能なので、家族で焼肉を食べに行くようなことも、時にはできると思う。
・そこで、安定した様子を見せて、これまでのことを振り返れば、いずれは、母が安心して、一緒に家に帰りましょう、ということになる可能性もあるのではないか。
父「どれくらいいればいいんだよ」
私「それは父さん次第だよ。
父さんが、他の入居者さんと仲良く生活できれば、母さんも安心できるだろうし。
逆に、またさっきの動画みたいになっちゃったら、場合によってはまた病院に戻ることになるかも知れないし……」
ここで、父が、
「そこまで言われちゃ仕方ねえかな」
と折れました。
私は父の顔しか見ていなかったのですが、母曰く、その瞬間、鈴木先生もSWさんも社会福祉士さんも、一様に驚いた様子だったということです。
父「どこにあるとこなんだよ」
私「それはね、父さんと相談して決めようと思うんだ。
こっちも、何もこっちの考えを押しつける気はなくて、父さんに決めてもらおうと思って」
と言って、私は各施設でもらったパンフレットを広げました。
施設を3ヶ所見学した理由はこれです。
選択肢を用意して、本人に選んでもらうことで、納得感が増すからです。
小学校の特別支援学級で、
「さあ時間です、計算プリントをやりましょう」
と言うと、
「やだ!」
と拒否する子がいるとします。
そういう子に、
「はい時間だよ。お勉強しよう。漢字ドリルと計算プリントどっちがいい?」
と尋ねると、
「……プリント」
と、わりとスムーズに学習に入れることがあるのです。
(もちろん、何を言っても「やーーーーーだーーーーー!」と言う子、あるいは、何を言っても爪垢をほじくるのに夢中で返事をしない子もいます)
………ヨシタケシンスケさんの「それしかないわけないでしょう」を読んだら、この辺の欺瞞が指摘されていて、耳が痛いながらも痛快でした。

それしか ないわけ ないでしょう | ヨシタケシンスケ | 24件のレビュー | 数ページ読める | 絵本ナビ:レビュー・通販
ともあれ。
パンフレットを広げましたが、父に、それぞれの内容を詳しく検討させるのはさすがに困難です。
私は、見学で聞いた各施設の特色を説明しながら、要点をメモ(A4の紙を四等分したもの)に書き、パンフレットの上に置いていきました。

すると父は、
「じゃあ…これかな」
と、「どんぐりの里」を選びました。
「わかった。
ただ、面談とかがあって、向こうで審査するらしいんだ。
こういう…(図の左側を指す)職員に暴力を振るったり、他の入居者に暴言を吐いたりする人は受け入れられないって。
だから、第二、第三希望も教えて欲しいな」
すると父は、第二希望には、「つばきの家」を選びました。
家族としては、「壮健ホーム」の方が合っているのでは、と思ったのですが、父は
「秋まで待たされたんじゃたまらねえからな」
と言うのでした。
秋までには実家に帰れるつもりのようです。
私「そうだねえ……。
ただ、父さんは『もう3ヶ月経った』って思ってるだろうけど、母さんとか、近所の人にとって、それは『つい先日』だからね」
それと、SWさんから、伝えた方がいい、と言われたことがありました。
私「SWさんから、母さんがどこかアパートを借りて、父さんと別居してはどうか、という話もあったんだよ。
でも、母さんは、
『父さんに一人暮らしは無理だから、放ってはおけない』
って断ったんだ。
それで、父さんに一番合った施設を探そう、って、この短い期間に3ヶ所も見学に行ったんだよ。
だから、母さんは父さんのことを嫌いなわけでも憎んでいるわけでもない、ってことは、わかって欲しいな」
ここで、鈴木先生が、
「それではですね、K村さんに退院のご希望がある、ということは、私たちも承知しているのですが、奥様の精神面がまだ不安定なようですので、そちらが安定するまで、施設に入居される、ということでよろしいですね?」
という確認があり、面談は終了しました。
おそらく、鈴木先生としては、家族の説得が不調でも、先生から説得するつもりだったのだろうと思います。
上では書きませんでしたが、私が話している途中にも、鈴木先生やSWさんは、
「当院は築年数も古いですし、あくまで医療機関であって住むところではありませんからね。高齢者住宅の方が、快適度は間違いなく上だと思いますよ」
とか、
「お父様にも、怒ってしまう理由があったんですよね」
とか、助け船を出してくれる場面が何度かありました。
父を説得できたのはその力もあったと思います。
こうしてできあがったのが、以下の図です。
字が汚いのは……しゃべりながら書いたし、父に見せながら横向きに書いたので……(言い訳)。

口頭説明だけでなく視覚的な情報も必要、というのは、学校でも言われることですが、今回も有効だったと思います。
話が堂々巡りにならないように、という意図もありましたが、実際、父を説得しながら、「こういう風に……」と、図に立ち戻って説明し直すことがしばしばありました(特に、左側の、胃の痛みで倒れている母の図)。
この「話しながら書く」形式は、説得の仕方を考えているうちに自然に思いついたのですが、思い返すと、今まで自分がやってきた、黒板に書きながら授業をする経験から来ているのだと思います。
面談終了後、SWさんから、
「その資料、ちょっと貸していただけますか? 今日は看護師が不在だったので、コピーして共有したいと思います。
それから、差し支えなければ、他の患者さんのご家族に、
『こういう風に説得したご家族がいた』
と、資料として使いたいのですが。もちろん、プライバシーには配慮しますので」
と言われ、承諾しました。
そんなわけで、どこかの病院で、この図をご覧になることがあるかもしれません。
ただ、説明しながら要点をまとめた図なので、文脈抜きで図だけ見たら、意味がわからないかも知れない、と思います。
その点も、黒板に似ていると思います。
(「板書」で画像検索すると、学校の授業の後の黒板の写真がたくさん出てきますが、それだけ見てもどんな授業だったかわからないものが多い)
ともあれ、今回はうまくいきましたが、これが常にベストなやり方だと言うつもりはまったくありません。
あくまで私が慣れたやり方だったというだけです。
また、父の認知能力にも合っていたと思います。
これをお読みの、患者ご家族の方は、ご自分の得意な方法や相手の状態に合わせて、例えば、事前にレジュメを作成しておくとか、パワーポイントなどのスライドを作成するとか、方法はいろいろあると思います。
それなら字が汚いのを気にしなくてもいいですし。
一方、レジュメだと、聞いている人の目が、こちらが話しているのとは別なところに行ってしまう、ということがよくありますが、白紙に書きながら説明だと、目移りしないのは利点かなと思います。
ちなみに原本は、母が欲しいというのであげました。
今はラミネート加工して実家に飾ってあります。
その後。
まだ父は病院にいます。
(電話も毎日掛けてくるそうです)
父が入居を承諾したその日のうちに、「どんぐりの里」には入居申込書を提出しました。
しかし、正式な入居申し込みには病院の診断書も必要だとのことで、検査などを終えて必要な書類がそろったのは半月以上後、4月14日でした。
その後、「どんぐりの里」から審査に通ったという連絡があり、現在、退院の日取りを病院と調整中です。*6
とはいえ、ひとまず、父の受け入れ先が決まり、一安心しました。
「落ち着いたらブログに続きを書こう」
と思っていたのですが、ずっと状況が流動的で、書くことができませんでした。
これで一応は落ち着いた……と思いますが、今後、父がちゃんと施設になじんでくれるかどうかなど、不安はまだあります。
(ノイズキャンセリングイヤホンを買う必要があるかも……とか)
人間が本当に「落ち着く」ことは、死ぬまでないのかも知れない、と思います。
ただ、別件で、違う精神科の先生と話すことがあったのですが、そこで父のことを少し話すと、
「『家に帰りたい』って言う入居者をうまくなだめるのも、施設の仕事だと思いますけどね」
と言われました。
それはそうかも知れません。
そのほか。
*自宅退院ではダメだったのか?
疑問に思われた方もいるかも知れません。
病院の主治医が「軽快した」と退院を勧め、実際、面談でも易怒性は見られず、医師の質問にも模範的な回答ができたのであれば、自宅退院させても良かったのでは? と。
私自身、最初の記事では、
父が、ちゃんと元気になって……つまり、
「あの時は俺はちょっとおかしかったんだよ。母さんには迷惑掛けてすまなかったな」
となって、病院から出された薬もちゃんと飲むようになって、近隣の方と穏やかに過ごせる状態になって退院するなら、それはとても素晴らしいことです。
と書いていました。
まあ……家族なんだし、自宅で同居するのがベストなんじゃないの、くらいの気持ちでした。
結局のところ、それが一番安くつきますし。
しかし、母の
「もう父さんの面倒を見るのは無理」
という意志が予想外に強固でした。
病院では服薬で落ち着いていても、自宅では服薬管理が困難なこと、認知症は治療できるものではなく、今後進行していくことが予想されることなど、理由はいろいろあります。
母としては
「近所の方が受け入れてくれない」
と言うのですが、私は、母自身のトラウマも大きいのでは、と想像しています。
いずれにせよ、自宅退院となれば同居するのは母です。
その母が「無理だ」と言っているものを、
「きっともう大丈夫だよ、試しに一緒に住んでみなよ」
「夫婦なんだから一緒に住むべきだよ」
などと言う権利は、息子にも主治医にもない、と思いました。
ともあれ、本件では、私は、最終的な決定権は母にあって、私は(意見は言うが)それに従う、という立場で行動してきました。
「カリフォルニアから来た娘症候群」ではありませんが、関係者がそれぞれ勝手に病院と連絡を取り合っては、混乱の元だと思ったからです。
ただ、母曰く、
「家にいるときは、
『父さんが戻ってくるなんてとんでもない』
って思うんだけど、面会とかして、しょぼくれた様子を見ると、気持ちが鈍っちゃうのよね……」
とのことでした。
鈴木医師にも言ったことですが、将来的に、母の気持ちが変わることは、実際にあり得るかも知れません。
ともあれ、服薬で易怒性が驚くほど抑えられたのは事実です。
その点は、似たような患者さんのご家族にとっては、良いニュースなのではないかと思います。
*費用面の問題。
頭が痛いのは、月18万円の施設利用料です。
これは「家賃」であって介護サービスではないので、介護保険は利用できません。
父と母の年金で賄える金額ではないので、私と弟がいくらかずつ出し合う形になると思います。
(弟は、当地からはるか南方、首都圏でIT関係の仕事をしているため、このたびの記事ではほとんど言及する機会がありませんでした。
しかし、ほとんど毎日のように母に電話して(もちろん夜にです)話し相手になってくれ、精神的な支えになっていると思います)
*どうやって受診させるのか。
父の場合は、元々、手足の痛みがあり、ST会病院(仮)という総合病院にずっと通院していました。
ところが、何年通ってもよくならない、というので、父は不満を持っていました。
そこで母が、精神科の受診に先立ち、
「filinionがいい病院を探してくれてるから、見つかったら一緒に行こうね」
と、事前に根回ししていたのです。
それで、県立精神衛生病院も、スムーズに受診できました。
また、それより前、私は市内の精神科に何軒か電話して父のことを相談していました。
そこで言われたことは、
「とにかく最初は本人が受診する必要がある」
ということ。
私「本人が病院に行きたがらない場合はどうしたらいいでしょう」
病院「そうですね、当院に来院されるご家族の場合だと、
『健康診断を受けてみよう』
などという名目で連れてこられることが多いです。
最近体力が落ちてるみたいだから検査してみよう、とか」
とのことでした。
父の場合、要介護認定調査も、医療保護入院の初期、保護室にいる間に行われましたが、市の職員は「健康調査」と言っていたそうです。
参考になればと思います。
余談ながら、ST会病院の名誉のために書いておくと、父が治らなかったのは病院の責任ではないと思います。
父は、医師が出した薬を飲みたがらず、
「私には合成の薬じゃなくてこの薬が効くと思うんですよね」
などと言って、ネットで知った漢方薬を要求したりしていたのです。
ST会の先生も父の言いなりだったわけではなく、可能な範囲で父の希望に応えつつ、
「対症療法も大事な治療なんですから、考え方を変えた方がいいですよ」
などと諭してくれたのですが、それが父には気に入らなかったようです。
その上、無理を言って出してもらった漢方薬も何ヶ月分もため込んでいたわけですし。
なお、手足の痛みは、県立精神衛生病院に入院したら治ってしまったそうです。
おそらく、屋内の快適な環境にずっといるからだと思います。
*ケアマネジャーについて。
はてなブックマークでも、壮健ホームでも、ケアマネジャーを付けてもらうよう言われたのですが、3回目の面談の時にそのことを尋ねると、社会福祉士さんから、
「施設に入居することになったら、その施設を担当するケアマネジャーさんがいると思います。
あるいは……自宅退院になったらケアマネジャーがつきますけれども」
と言われました。
多くの高齢者は、まず介護が始まってから要介護認定を受け、介護サービスを利用し、施設・病院と進むのだと思いますが。
父の場合、まず入院があって、それから要介護認定、という流れなので、通常と順序が逆になってしまっているんだと思います。
そういったわけで、私たちの経験が全ての人にそのまま適用できるわけではないと思いますが、それでもこの記事が誰かの参考になれば幸いです。
*1:以下、パンフレット画像は全てChatGPTが生成。細部は滅茶苦茶だけど、AIすごいですね……。
*2: ただ、この日はもう
「認識の違い」
とは一度も口にしませんでした。
その代わり
「行き違いがあった」
と言ってたので実質同じですが。
*3:「カタンの開拓」。
ドイツ生まれの4人用ボードゲーム。
私と弟が帰省した時に4人でやるのが、両親の楽しみでした。
*4:「動画」と言っても、カメラを構えて父に向けるわけにはいかないので、スマホは手でぶら下げていただけです。
なので、映像としては父が映ったり何もない壁が映ったりします。
ただ、音声ははっきり入っています。
*5:4人部屋でベッドが1つ空いている、ということらしい。
*6:退院後、施設まで父を連れて行くのは家族の仕事。
退院できるのは平日のみ。