「特別なぬいぐるみ」ダッフィーはどう作られたか。「ディズニーは夢を売ってなんかいないよ! ハハッ! だって……」

 ずっと前、東京ディズニーシーに行ったとき、ストアの店頭で一冊の絵本を手に取り、衝撃を受けたのでご紹介します。
 
 タイトルは「ディズニーベアのダッフィー」。

 
 ディズニーキャラクターの一人、ダッフィーが誕生した由来を描いた絵本です。
 
 以下、引用の範囲で内容をご紹介します。*1
 
 ダッフィーは、航海に出るミッキーのために、ミニーが作ったぬいぐるみです。

(画像は前掲書から。以下、断りのない限り同じ) 
 
 で、ミッキーは、ダッフィーと名付けたそのテディベアを持って航海に出ます。
 すると、とある不思議な出来事が起きて、ダッフィーがミッキーを力づけてくれます。
 そうして、
「ダッフィーは特別なぬいぐるみなんだ」
 と評判になります。


 
 ここまでなら、 
「なーるほど、ダッフィーにはそんな設定……由来があったんだねえ」
 
 となるところですが、そこで終わらないのがこの絵本のすごいところです。
 
 その噂が広まると、人々が
「自分にもダッフィーが欲しい!」
 と言い出します。
 
 そして、ミニーもそれに応えて、次から次へと「特別なぬいぐるみ」ダッフィーを製造販売するようになります。
*2
 家内制手工業の始まりです!
 
 ディズニーの世界にもディズニーストアがあったんだ!
(並んでるお客さんが、ちゃんとディズニーデザインなのにいかにもモブキャラっぽくて趣深い)
 
 そう、ミニーが作った一点物だったはずのダッフィーを、店で買えるのにはそういう理由が……
 
 と考えるのはまだ早いのです。

『ボクにもダッフィーを作ってよ!』
たちまちダッフィーは大人気。
ミニーはいっしょうけんめい
ダッフィーを作りました。
でも、注文が多すぎて追いつきません。

 
 ミニーの手作りでは需要に応えきれません。これは困った。
 
 そして……。

 工業化社会の到来だ!
 
 私は店頭でこのページを見て購入を決意しました。

『ボクたちも手伝うよ。』
友だちのみんながミニーといっしょに
ダッフィーを作ります。

 いや、手伝うとか「一緒に作る」とかいうレベルじゃないだろ。
 申し訳程度にファンシーな飾りがついてるけど、どう見てもマイクラ工業化MOD並みの自動化量産ラインだろ。
 
 ……こうして、ダッフィーは世界中で愛されるようになりました。

 
 ミニーが、愛するミッキーのために作った「特別なぬいぐるみ」ダッフィー。
 それを世界中にお届けできるようになったのは、ディズニーの仲間たちが、今日も工場でダッフィーを作り続けているからなのです。(たぶん中国とかベトナムとかで)


(画像:tinkerbell.comより)
 そして、その全てが、本物の、「特別なぬいぐるみ」なのです……。
 
 おもちゃ屋で売っている変身ベルトや変身ステッキが「本物でない」ことは、子どもでも知っています。
 設定上、それらは世界に1つしかなく、店で売っているはずがないからです。
 
 しかし、ダッフィーは違います。
 それが工場で量産されていることが、物語で明らかにされているからです。
 
 だから、店に並んでいる全てが、「本物のダッフィー」なのです。
 
 念の入ったことに、話はこれで終わりません。
 最後のページはこうです。
 

ところで、最近こんなうわさを耳|こします。
ダッフィーが海辺をお散歩してるって。

 そう、ディズニーシー内で見かける「人間サイズのダッフィー」。
 あれが何者なのかも、この絵本は説明しているのです……。
ダッフィー&フレンズ ファンブック 2023-2024 (My Tokyo Disney Resort)
 
 ……さて、ずーっと前に買った絵本について、今さら書く気になったのは、以下の記事を読んだからです。
note.com
 たいへん示唆的な記事でしたが、その中に、
「ファンタジー・スプリングスのグローバル資本主義経済への組み込み」
 という一節があります。
 
 公式解説文によれば、ファンタジー・スプリングスには、Duchess(公爵夫人)が、美しい泉を見つけ、その流れを辿るうちに、魔法の地に到達した……という背景ストーリーがあります。

(画像:「東京ディズニーシー植民地主義 ~地理学的に解き明かす~」より)
 
 桃源郷の説話を彷彿とさせますね。
 
 ただ、「桃花源記」は、
「外の世界に戻った漁師は、桃源郷の様子を太守に語り、自分がつけた目印を頼りに再び桃源郷に赴こうとした。しかし、道に迷ってしまい、決して再びたどり着くことはできなかった……」
 で終わります。
 
 一方、ファンタジースプリングスの物語は、
「彼女は、魔法の地に小さな別荘を建てた。そして、やがて大勢の友人たちが訪れるようになると、大きな宮殿を建てて、訪問者全てをもてなすようになった」
 と続きます。
 
 そして現在では、東京ディズニーシー・ファンタジースプリングスホテルには、ラグジュアリータイプの「グランドシャトー」と、デラックスタイプの「ファンタジーシャトー」の2つのシャトーが用意され、お客様の滞在スタイルに合わせてお選びいただけるのです。
www.tokyodisneyresort.jp
 こわ……。
 
 前掲記事で、筆者・やのゆー氏は

精霊の住むファンタジースプリングスは気づけば大量の"冒険者(ゲスト)"によって埋め尽くされ、精霊が作ったおとぎ話の世界はDPAやファンタジースプリングスが巨大な利益を生んでいるように、資本主義的生産・消費のメカニズムに組み込まれてしまったのである。

 と書いています。
 
 そう考えると、あのダッフィーの物語もまた、ディズニーが自作のファンタジーを、ストーリーごと資本主義に接続する手法であり、ファンタジースプリングスの先行事例なのだな、と思い至り、こうしてご紹介することにしました。*3
 
 お金を払わないと「夢の国」に入れないなんて、あまりに現実的で世知辛く、ファンタジーの雰囲気を壊してしまう……とお考えでしょうか?
 
 そんな心配はもう無用です。
 
 ディズニー世界のモブディズニーキャラたちが、ミニーからダッフィーを買ったように、Duchessの宮殿に泊まったように、ディズニーにお金を払うことそれ自体が、あなたがディズニー世界の一員になり、ディズニーファンタジーと一体化する行為なのですから。
 
 ディズニーは夢を売ってはいません。
 支払いもまた、夢の一部なのです。
 

*1:YouTubeには、内容を最初から最後まで「読み聞かせ」している動画もあるのですがリンクはしません。

*2:グーフィーの顔がちょん切れているのは、電子化するときに裁断されてしまったからです。ファンの方申し訳ない。

*3: なお、やのゆー氏の記事の主眼は、タイトル通り、東京ディズニーシーの背後にある植民地主義的な世界の捉え方を、TDSの空間から考える、という点にあります。一方でこの記事は植民地主義にも空間にも触れてないので、先方からするとあくまで脇道ではあります。