奧さんが入退院しました。(救急車編)

 生まれて初めて救急車を呼んだので、ある程度記憶が新しいうちに書いておきます。といっても数ヶ月前の話ですが。
 
 ある日、仕事を終えた私が漫画喫茶でだらだらしていると、携帯が鳴りました。
 奧さんからの着信でした。
 
私「もしもし?」
妻「あのね……私さっき……倒れて……吐いちゃって……気持ち悪い……」
 
 なんだか声がくぐもっています。
 
私「大丈夫なの!?」
妻「なんか……どうしたらいい……?」
私「今、家にいるの?」
妻「うん……」
私「すぐ帰る……救急車呼んだ方がいい?」
妻「……どうしたらいいかわかんない……」
 
 話し方も内容も全体にふわふわしている。
 これは尋常でない、と確信しました。
 
 後から本人に状況を聞くと、
「テレビを見ていたはずなんだけど、気が付くと床に倒れてげえげえ吐いていた。あわてて拭こうとしたらまた戻してしまうような状態だった」
 とのこと。
 
私「わかった、それじゃ救急車呼ぶから。ベッドに寝てて」
妻「うん……」
 
 救急車を呼ぶなんてやったことがありませんが119番です。ちゃんと番号を覚えています大丈夫。しかし私のMVNOでは確か緊急通報ができなかったはずなのもちゃんと覚えています大丈夫。
 漫画喫茶の受付で尋ねると快く電話を貸してくれました。
 
「火災ですか救急ですか」
「救急です」
「どうされましたか」
「私は今出先なんですけど、さきほど妻から、倒れて吐いてしまったという連絡がありまして」
「奧さんは何歳ですか」
「ええと…40歳です」
「四十代女性ですね。ご住所は」
 
 さすが緊急司令室はてきぱきとした対応。
 
 実は私は自分の住所を暗記していないのですが、電話する前にちゃんと手元に運転免許証を出しておきました。賢い。
 出す時に財布をひっくり返してしまったりなぜか保険証も手元に出していたりしましたが。
 電話しながらずっと足ががくがく震えていたのを覚えています。
 
「ははあ……~~市ですか。ウチは隣市の消防なんですよ。それでは、そちらにおつなぎしますのでしばらくお待ちください」
 
 ええー。
 
 119番は即繋がったけど、この電話の転送がけっこう待たされました。
(計ったわけではないので長く感じただけかも知れませんが)
 
「もしもし、火災ですか救急ですか」
 
 同じやりとりをもう一度。
 
「あっ、それと、今私は出先なんですけど、自宅は鍵が掛かってると思います。アパートの2階です」
「なるほど……ご主人がご自宅に着くまでどれくらいかかりますか?」
「30分……くらいかな」
「そうですか。では、場合によっては玄関を小破壊して入る可能性もありますが、なるべく早くお戻りください」
「はい」
 
 帰路を運転中、救急隊から何度か電話が入りました。(3回くらいだったかな)
 
「先ほど、救急車と工作車が出動しました。それで、ご自宅のドアに窓はついてますか」
「小さい明かり取りの窓なら……」
「奥様がどこにおいでかわかりますか」
「寝室のベッドに寝ていると思います」
「場合によっては玄関など小破壊する可能性があるので、大家さんか管理会社に確認を取っていただけますか」
「はい……でも、もう夜なので管理会社は電話通じないと思います」(実際通じなかった)
「なるほど。奥様の携帯の番号を教えていただけますか」
「ええと……このスマホに登録してあるので、今見られません」
「ではまた後でお尋ねしますね。あと何分くらいでお戻りになりますか」
「道が混んでいて……あと20分くらいかな」
「では、事故に気をつけてお戻りください」
 
 奧さんのスマホの番号くらい覚えてれば良かった。
 
 スマホの電話帳を呼び出して、しかしメモ用紙が手元になくて、ボールペンで自分の腕に奧さんの電話番号を書き留めたりしました。
 だいぶ動揺していると思いますけど、でも今落ち着いて考えても他に方法が思いつかない。
 
 救急隊にスマホの番号を伝えると、
 「こちらから電話して、奥様と連絡がつかない場合は小破壊して入る可能性が」
 とのこと。
 
 こちらとしては、この際ベランダのガラスの一枚や二枚惜しくはないので、気にせず入ってください、という気持ちだったのですが、今にして思うと、世の中には後で苦情を言う人がいるから、しつこく「小破壊して入る場合が」と念押しするのかも知れないですね。
 
 ところでスマホで通話したりカバンからボールペンを出したりスマホ見て腕にメモとったりを運転しながらやるのはたいへん危険です。よい子のみんなは真似しないでください。
 いやほんとにやめましょうね。私はもうほんと頭がいっぱいだったけど。
 
「もしもし、こちらご自宅に到着したのですが、奥様がご自分でドアを開けてくださって、今、救急車に乗っていただいたところです」
「そうなんですか!」
「それで、今から病院に向かいますが、ご主人はあと何分くらいでお戻りになりますか」
 
 別に私を待っててくれなくてもいいんですが。
 でも、この時ちょっとほっとしました。
 奧さんが自分で歩けたこともそうですが、救急隊が「今すぐ病院に!」って様子ではないので。
 プロがそんな対応なら、一分一秒を争うような状況ではないのでしょう。きっと。
 
 自宅のすぐ近くに工作車とおぼしきクレーン車だかはしご車みたいな車両(暗くてよく見えなかった)、自宅の目の前には救急車が、回転灯をきらきらさせて停まっていました。
 
「遅れてすみません!」
「いえ、それでは、~~脳神経外科に向かいますが、ご主人はご自分の車で向かわれた方がいいですね?」
「ええ……はい?」
 
 この時はなんでかわからなかったけど、救急車に同乗すると帰りの足がなくなるのですね。
 
「それでは事故のないようにお気を付けて」
「はい、それじゃあ……」
「あ、お部屋の電気つけっぱなしです」
「この際それはいいです」
「玄関のドアも開けっぱなしです」
「……それは閉めていきます」
 
 そりゃあ……奧さんが自分で閉めてから救急車に乗るわけないよな。
 
 運転しながら頭の中でぐるぐる色々なことを考えました。
 
救急救命士さんがあんまり急いでるように見えないのできっと大丈夫。
・プロだからちょっとやそっとじゃ動揺を見せないのかも知れないけど。
・奧さんは普段から気分が悪くなって吐くことが時たまある(ジャンクフード食べた後とか)のできっと大丈夫。
・すると今日の弁当のおかずがちょっと日数の経った作り置きだったのでそのせいかも知れない。
・漫画喫茶なんか行かないでちゃんと夕食作れば良かった。
 
 しかし今にして思うと、電話越しでさえ動揺してこのありさまなのに、奧さんが発作を起こして意識を失ったり激しく嘔吐したりを現場で目の当たりにしたら、動転してどんな素っ頓狂なことをしていたか分かりません。
 現場にいなかったことはむしろ幸いだったのかも知れない。
 
 病院には救急車より早く着いたのですが、夜間入り口で右往左往した結果、私が診察室前の廊下に着いた時には奧さんはベッドに寝かされていました。
 ……といっても、私は診察室の前の廊下で座ってたので、奧さんの様子は見えなかったのですが、
 看護師さんが、奧さんの靴とバッグ、脱いだ服を入れたビニール袋(吐瀉物がだいぶついている)を渡してくれ、私は問診の様子を聞いていました。
 
「……今までにこういうことはありましたか?」
「いいえ……」
「夕食には何を食べましたか?」
「カレーパン……」
 
 カレーパンかー……。
 
 その後、血液検査をしたり脳波をとったりMRIを撮ったりの気配。
 
 ……後で聞くと、奧さん、自分がMRI撮られたり採血されたりした記憶は全くないそうです。
 その時はちゃんと意識があって、医者の問診にはもごもごいいながらも受け答えしていたのに。
 
 しばらくすると看護師さんが
「入院になりますので、こちらの書類に記入を」
「はい」
「奥様の保険証はお持ちですか?」
 
 持ってるわけないじゃん。
 
 すると救急隊の人が
「えー…先ほど、奥様のバッグの中を改めさせていただいたんですが、大きい方のトートバッグの中の黒いパスケースに入っていました」
 
 わーお。
 
「では、入院されるにあたってこちらの同意書にサインを」
「はい」
「それから、ご主人の他に連帯保証人のサインと捺印が必要なのですが……」
「えっ」
 
 たぶん続く。