従軍慰安婦と宣伝戦について雑感

 従軍慰安婦問題については、歴史学の定説はさておき、日韓政府間で合意しているのは、 
 
・とにかくそういうものがあった。
・また、そこには広義の強制があった。
 
 という点であり、一方、争いがあるのは
 
・狭義の強制の有無
・賠償責任の有無
 
 である、という風に理解しています。
 
 自分には、それ以上の議論をする能力も気力ないので、今回は、上記の合意済みの点は事実であり、合意していない点は事実が不明なのだ、と考えることにし、深入りしないことにします。
(つまり、「いわゆる従軍慰安婦は捏造なのだ!」とか、「狭義の強制は存在した!/しない!」といった議論はしませんので、この日本語の文章を読める方はそういう話は他所でしてくださるようお願いします)
 
 なんでこんな前置きをしてまで記事を書くのかと言えばはてな界隈での個人的応答なわけですがまあ。
  
 さて、先日、NHKの「時論公論」で、「在米韓国ロビーと慰安婦問題」という放送がありました。
 
 見てないんですが、内容はネットで全部公開されているので。その点はNHKは偉い。
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/186202.html
 
 で、これが要するに、アメリカ国内で慰安婦問題に関する対日批判が高まっているのを「韓国ロビーの影響」と解説する……というだけの内容。
 
 米国内で活動する知識人層の日本人が、韓国人より少ないことを挙げ
「ここでも日本人の内向き志向はマイナスに作用しています」
 と述べるなど、「批判されているのは宣伝戦で負けているから」という論調ですね。
 
 これに対してブックマークコメントに
 
事実関係を問題にせず
慰安婦問題は韓国ロビーの影響だ」
 とか言ってしまっていいんですかNHKとして。
 これだと
「対抗して日本ももっとロビー活動をやるべき」
 という、過去何度も自爆した方向性の結論になるんですが。

 
 と書いたところ、id:m-matsuoka氏より、
 
> 日本も米国の弁護士事務所やコンサルタントを雇って対抗するロビー活動やイベントを幅広く行うべき。
 filinion←韓国政府が日本ディスカウントを行うと公言し、予算を出している事実があるね。

 
 というidコールを頂きました。
 以下応答。
 
私「韓国の政府方針としての日本批判は存じています。
 私が言っているのは、我が国の一部の人々が事実関係に目を瞑ってロビー活動を行ったものの米国側は瞑ってくれず逆効果だった事例が過去に、という話です。

 
m-matsuoka氏「効果のある所に続ければ良いだけです。
 韓国がやっているように、重要なのは事実関係ではなく回数と金の量だけです。
 広告も定期的に出すべきでしょう。

 
m-matsuoka氏「韓国が事実関係を完全に無視し嫌韓が増えても日本差別運動を繰り広げている以上、日本人を差別させないためにも、米国が納得するまで続けru
 
 m-matsuoka氏のおっしゃる、「有効なところに続ければ良い」というのは至極当然で、実にまっとうな話です。
 有効でないところに金を使ったって有効ではないですからね。
 
 そう思ったので特にお返事しなかったのですが、なんか連投を頂いたので「じゃあ何が有効なのか」について、考えを記事として書いてみることにしました。
 
 m-matsuoka氏は、「重要なのは事実関係ではない」とおっしゃいます。
 
 あまり倫理的に正しい態度とは思えませんが、まあ、宣伝戦とはそういうものだ、というのがたぶん「リアリズム」的態度なのでしょう。
 人間、自分と深く関わりのない問題に関しては、詳細に検討したりせず、印象に基づいて判断を下すものですから。
 それを利用するのが宣伝戦略の基本ではあります。
 
 ただ、「重要なのは…回数と金の量だけ」というのは正しくありません。
 
 もっと重要なのは宣伝の「内容」です。*1
 
 事実は問題ではない、とはいえ、事実に大きく反することを宣伝によって人々に信じさせるのは、事実に基づいたことを宣伝するより遙かに困難だ、というのは当然です。
 何しろ宣伝すべき根拠が乏しいわけですから。
 
 例えば、どれほどドイツ政府が資金を投じたところで、
ホロコーストはなかった」
 と、世界の人々に信じさせることができるでしょうか……などと書くと、
 
「また“ドイツを見習え”か!
 ナチスに喩えるのもいい加減にしろ!」

 
 などと憤る“保守”の方もいらっしゃるかも知れませんが、だからこそちょっと聞いていただきたいのです。
 
 ドイツは、我々が「ドイツを見習え」と言われることにうんざりするほど「お手本」扱いされています。
 それはもちろん、ドイツがナチス時代のことを深く反省して云々、ということもあるのでしょうが、それと同時に、戦後ドイツの宣伝戦略もあると言えます。
 
 つまり、ドイツは、記念施設やら追悼行事やらを大々的に行い、そのことを国内外に喧伝することによって、
「反省し、生まれ変わったドイツ」
 という自国像を巧みに作り上げてきたわけです。
 
 このような宣伝戦略こそ、日本が学ぶべきものだと思うのです。
 
 まあ、一方で、このようなドイツ政府の努力を無にしようとしているのが、ホロコースト否定論者のような歴史修正主義者であり、坊主頭のネオナチ連中なわけですが……。
 とはいえ、全ての国民が外交的必要性を理解できるはずはなく。
 自分の言動が周囲からどう見えるかを気にしたくない/できない層が一定程度いて、自分の気持ちよさだけで威勢のいいことを言ってしまうのは仕方のないことではあります。
 
 そういう連中がドイツの国際的イメージにとって都合が悪いからこそ、ドイツ政府はナチス翼賛的な発言に迅速にカウンターを入れるのだろう、と理解しています。
 
 仮に、ドイツ政府が

ユダヤ人団体によるいわゆるホロコーストの人数は誇張されている。
・直接的に殺害されたのではなく、労働力として用いられる中で死亡した人も多い。
ホロコーストに協力したユダヤ人も少なくない。

 などという広告を、例えばアメリカなり日本なりの新聞で打ったとして、それで対ドイツ感情が良くなるでしょうか。
 まあ、そんなことは期待できないでしょう。
(対ユダヤ人感情はある程度悪くなるかも知れませんが、それは要するに対立が深まるだけでいいことはありませんから)
 
 大枠としての事実が覆せない中で、細部を争うのは、第三者向けの宣伝としてあまり得策ではありません。
 なにしろ、人間は、自分と深く関わりのない問題に関しては、詳細に検討したりせず、印象に基づいて判断を下すものですから。
 
 ですから、日本がやるべきこととしては、日本が憲法で戦争を放棄したことや核兵器廃絶を訴えていること、多数の平和記念館があること、従軍慰安婦問題に関しても、アジア女性基金などを通じて活動を行っていること、などを大々的に広報してゆくことであろうと思います。
 新たに日本国内に従軍慰安婦慰霊碑など建造して、国内外の記者を招いて盛大に除幕式など行うのも良いかも知れません。
 
 ともかく、
「日本は反省し、生まれ変わった。アジア・太平洋地域の平和と安定に貢献していくのは日本なのだ」
 というイメージを作り上げていく(そして、それを批判する国は世界の不安定化要因である、という印象を与えていく)ことが重要ではないでしょうか。
 
 ……と、このように考えると、憲法9条を廃止しろとか国際平和センターが自虐的だとか「THE FACTS」だとかいうのは、外交的必要性を理解した行動というよりは、自分の気持ちよさだけで威勢のいいことを言っているだけなんではないかなあ、などと思うことしきりです。
 それが、ネオナチのような、職や教育にあぶれた層に多いのであれば、ある程度避けられないことだとは思うのですが……。
 
 ともあれ、m-matsuoka氏のおっしゃるとおり、政治に携わる方は、大局的な判断で、有効なところに金を使って宣伝をしていって欲しいものだな、と思うことでした。
 

*1: まあ、m-matsuoka氏はももちろんそんなことはご存じで、単に100字制限の中では入りきらなかっただけなのだろうと思います。
 わざわざそんな自明のことを書くより、
「韓国が事実を無視しているように、日本も同レベルのことをやるべきだ」
 という、韓国を間接的に中傷する主張をする方がもちろん重要ですから。