ちょっと前に「科学リテラシークイズ」なるものがはてな周辺で話題になりまして。
「科学リテラシークイズ」(科学と生活のイーハトーヴ)
翻訳して解説までつけた労作。
お疲れ様です。
……結構「この問題ってどうなのよ?」みたいな部分もあったわけですが、それはブックマークですでにあれこれ言われているようですのでさておきます。
その上で気になったのは、
「これってリテラシーか?」
という点。
学校の理科では、理科の学力を
「自然事象への関心・意欲・態度」
「科学的な思考・判断」
「観察・実験の技能・表現」
「自然事象についての知識・理解」
の4つの観点で評価します。
で、「科学リテラシー」ってのは、たぶん「思考・判断」だと思うんですけど。
でも、件のクイズって、「知識・理解」を問う問題になってる気がしたのです。
じゃあ、「思考・判断」を問う問題を自分で作ってみようじゃないか……なんて思ったりもしたのですよ。身の程もわきまえず。
以下がその作りかけ。(解答は脚注に)
問1
以下の研究の問題点を指摘しなさい。
理科の自由研究で、電磁波が植物に影響を与えるかどうかを調べることにした。
実験:アサガオの鉢植えを、部屋の無線LANアンテナの隣に置いた。
結果:3日後くらいから元気がなくなり、一週間後に枯れてしまった。
まとめ:電磁波は植物に悪い影響を与えることがわかった。
*1
問2
とある生活雑誌に、ゴキブリ駆除のためのホウ酸団子の作り方が載っており、
「スプレー式の殺虫剤は、ゴキブリが中途半端に薬を浴びて耐性を獲得する可能性があるが、ホウ酸団子は中毒死するまでゴキブリが食べ続けるので、ゴキブリに耐性がつくことがない」
と説明されていました(実話)。
しかし、実際には、ホウ酸団子でも徐々にゴキブリは耐性を獲得するものと思われます。
その理由を説明しなさい。
*2
問3
科学の長所は、仮説が正しいかどうかを実験などによって客観的に確かめられる点にあります。
それでは、進化論や天体物理学など、実験を行えないものは「科学」ではないのでしょうか。
*3
……ただこれ、問題を考えるうちにどうも疑念が。
これっていったい何のためのテストなんでしょう。
いや、一般人向けの、科学的な思考・判断力を判定するテストが作りたいわけですけども。
じゃあ、私たち一般人にとって必要な「科学リテラシー」ってどんなものであって、なぜそれが必要なんでしょう?
第一に考えられるのは、科学リテラシーが足りないと、怪しげな代替医療やら健康器具その他にひっかかって、健康を損ねたり経済的な損失を被ったりするかも知れない、という問題です。
しかし、例えば「マイナスイオンが体に良い」とかいうのはまあ嘘なわけですが、その真偽を自力で判断できるリテラシーって、実はかなりハードル高いんじゃないでしょうか。
「嘘だよ」って考えてる人は、どうやってその結論に到達したんでしょうか?
ほとんどの人は、自分が信頼する情報源がどう言っているかを基準に、信じるかどうか決めているんじゃないかと思います。
自力で実験して(あるいは実験するまでもなく)その判断を下せた人って稀じゃないでしょうか?
だとしたら、その手の疑似科学詐欺については、科学リテラシーを高めて対処するというより、
「キャッチセールスにご注意」
とか
「振り込め詐欺の被害に遭わないために」
とかと同じ方式で対処するのが正しいんじゃないでしょうか。
つまり、
「厚生労働省の認可を受けていないにも関わらず、健康上の効能を謳う商品にご注意!」
みたいな。
もちろん、科学リテラシーが足りないことによる被害というのは詐欺だけではなくて、
「LHCが稼働するとブラックホールができて地球が滅びるかも知れない」
↓
「悲観して自殺」
みたいな残念なケースもあるわけですけど、それこそ真偽を自力で判断するのは困難。
「LHCで地球が滅ぶなんてあり得ないよ」
って思っている多くの人のうち、粒子加速器で地球が滅ぶ可能性について自力で理論的な予測を行った人って、たぶん全体の1%もいないと思うんですがどうでしょう。
「科学リテラシー」が必要であるもっと別な理由としては、日本が民主国家だ、ということが挙げられるでしょうか。
民主制国家においては、国民は国家の主権者であり、科学行政に対してもそれは同様なわけだから、科学研究予算の適正な配分と、科学立国としての望ましい戦略立案のためには、主権者たる国民が科学的素養を有していることが必要なのである……という。
でもそれこそ素人には無理ですよ。超無理。
専門家である科学者が
「この研究方針ならいける!」
って主張してるものを、専門外の一般国民が可否を判断できるわけないじゃないですか。
民主制は素人が知恵を寄せ合って国家を運営するシステムですが、真に専門的な分野では、素人が何人いても一人の専門家にかなわないわけで。
(真に専門的「でない」分野、って何だろう、という疑問はさておきますが)
虫垂炎の治療に必要なのは一人の外科医であって、「家庭の医学」を抱えた素人が百人いたって役には立たないのです。
同様に、一般国民の科学的素養のレベルがどの程度だろうと、国家の最先端の科学研究戦略との間にはほとんど何の関係もない、と思います。
こうして考えてくると、十分な科学知識がないと不利益を被る、という状況って、実はあんまりないんじゃないでしょうか。
しばらく前の他所様の記事。
「アポロ陰謀論とかいう以前に」(山本弘のSF秘密基地BLOG)
身の毛もよだつようなオソロシイエピソードがいくつか紹介された上で、
おそらく、先日の皆既日食の際に、テレビで解説を見て、「へー、月と太陽って違うんだ」とか「日食って太陽を月が隠すことだったんだ」と初めて知った人間は多いのではないかと、僕はにらんでいる。
……という話になるわけです。
たぶんそうだろうなあ、とは思うんです。
世間一般の科学知識って、実は絶望的にレベルが低いんじゃないか、とは、私も過去何度か感じたことがあり。
でも、逆に考えると、その程度の知識しかなくても、多くの人は幸せに人生を送ることができてるわけですよね?
それも、そういう人がとりたてて低学歴で社会的地位が低いとかそういうことではなくて。
……ウチの奥さんだって、明らかに科学リテラシーは私より低いけど、社会人としての適性は私より高いし。
ちなみに前にお義父様が貸してくれた本がこれ。
斜め読みしかしてないですけど、人間が病気になるのはエンザイム(酵素)が不足するからで、実は酵素には、各種の酵素に作り替えられる前の原型となる「ミラクルエンザイム」が体内にあって……いや、アミノ酸だろそれ。
それで、日本人の95%は牛乳を消化できなくて、牛乳の飲み過ぎは骨粗鬆症の原因で、ヨーグルトも腸に悪いんだそうです。
著者は、ヨーグルトをよく食べていて腸が病気になった人もたくさん見てきている……そりゃ、胃腸内視鏡外科医だからな!
人間の歯は、犬歯1(肉食のための歯)に対して門歯+臼歯が7(草食のための歯)だから、動物食15%、植物食85%が人間にとって自然な食のバランスだと……おっと、パンダの悪口はそこまでだ。*4
でも、お義父様って、前は県庁でずいぶん高い地位にいらして、定年退職した今もあちこちからお声掛かりがあるような、わりとかなり社会的に成功した人なんですよ。
……こうして考えてくると、一般人の生活には科学知識なんかほとんど不要=科学知識を高めても生活の質を改善する効果はあまりない……という気がするんですがどうでしょう。
もちろん、さっき書いたみたいな疑似科学詐欺にひっかかると生活水準は下がるかも知れませんけど、それは科学知識の問題じゃなくて詐欺対策の問題だ、とはすでに述べたとおり。
だから、もし各種の社会的な不利益を回避するのが、一般人に必要な「科学リテラシー」なのだとしたら、その内実は、冒頭に掲げたような(あるいは私が作ろうとしたような)テストで計れるようなものとはずいぶん違っているのではないかと思います。
……なんだろう。
「科学的っぽい」話を聞いた時に、その真偽を自力で判断する能力……ではなく。(そんなの無理だから)
その真偽の判断を、適切な情報源に求めることのできる能力、なのかも知れません。
……っていうかこれ、突き詰めると
「政府や大学など、専門的な研究機関の説明を受け入れよ。“学界の権威主義”を批判する在野の自称研究者や非正統医療者、商売人の話は聞くな」
というだけの話になってしまうんですよね……。
そういうスタンスを広く一般人に叩き込むことこそ、社会にとって必要な「科学リテラシー」なんでしょうかね……。
しかし、これってだいぶ権威主義の香りがする意見ですし。
疑似科学詐欺とかの被害を受けるのは、そういう「権威主義」っぽい主張に耳を傾けない層のような気もするのが困ったところ。
まあ、「権威」への信頼とは別に、ほんとに基礎的な判断力はあるといいかも知れませんけど。
んー、本を読んだら、ちゃんと末尾に参考文献リストがあるかどうかチェックするとか。
「経験者の喜びの声」だけじゃなくて、ちゃんと対照実験をやって統計をとってるかどうか確認するとか。
エネルギー保存則に反してないか検討するとか。
……これは「査読力」とでも呼ぶのが適切なのかも知れない。
ともあれ、一般人向けの科学リテラシーテストを考えていたら、一般人が科学について学ぶのって趣味以上の意味があるのかしら……と、逆に不安になってきてしまった、という話でした。
*1:問1
・対照実験を行っていない。(および、標本が小さい)
(解説)
対照実験を行っていないのが最大の問題です。
屋内に置いたために(電磁波と無関係に)枯れた可能性もあるので、日当たりなどの条件をそろえた別のアサガオと比べる必要があります。
また、標本が小さいのも問題です。
一鉢だけでは偶然枯れてしまう可能性もあるので、実験群・対照群とももっとたくさん用意する必要があります。
*2:問2
・ホウ酸団子への耐性を持った個体は最初から一定数いるはずで、ホウ酸団子を撒くことによって耐性を持たない個体が死に、耐性を持った個体が子孫を残しやすくなるから。
(解説)
問題の生活雑誌は、耐性の獲得について誤解しています。
耐性は、ある個体が殺虫剤などに晒されて徐々に「慣れて」獲得されるものではありません。
(もし耐性が「慣れ」だとしたら、次の世代に受け継がれないのであまり問題になりません)
実際には、殺虫剤などにある程度耐性を持つ個体は最初から一定数います。
他の個体が殺虫剤で死んだ結果、耐性を持つ個体ばかりが生き残って子孫を残し、やがて耐性を持った個体ばかりになる、というのが「耐性の獲得」です。
ホウ酸団子においても、ホウ酸に耐性を持つ、あるいはホウ酸団子のにおいなどを忌避してはじめから食べない個体がある程度いるはずで、そういう個体は生き残って子孫を残してしまいますから、やがてはホウ酸団子の効き目は薄れる(耐性が獲得される)ことになります。
*3:問3
・科学であると言える。実験を行えなくとも、検証可能な予測を行うことはできるため。
(解説)
実験を行える分野では、理論的な予測と実験の結果が一致すれば、理論の信頼性が高まったと見なされます。
実験を行えない分野でも、理論に基づいた予測を行うことはできます。
例えば、天王星の軌道は理論的な予測とずれていたことから、別な天体の引力が影響を与えているのではないか、と予測されました。
フランスのルベリエは、天王星の軌道を元に計算を行い、この未発見の天体の位置を推定しました。
そして、ベルリン天文台のガレがそこを観察したところ、実際にその天体が見つかったのです。(海王星の発見)
進化論においても、例えば化石の証拠に基づいて、いくつかの種同士のDNAがどれだけ共通しているかを予測し、これを検証することができます。
「今後このようなことが起きるだろう/発見されるだろう」
という予測を的中させることは、実験で仮説を検証するのと同様の意義を持つので、実験を行えない分野でも科学と呼ぶことはおかしくありません。
*4:パンダは竹が主食だが、歯は肉食動物そのもの。