最後のボトルネック=人間そのもの。

「不老不死:脳ってRAIDできないの?」(Active Galactic : 11次元と自然科学と拷問的日常)を読んで、つらつらと考えたこと。
http://d.hatena.ne.jp/active_galactic/20080628
 

「老人と宇宙」を読んで。あるいは「宇宙戦争」「スター・ウォーズ」「インディペンデンス・デイ」……etc.

 
 SFにはしばしば、人類よりはるかに進んだ技術を持っている異星種族が登場します。
 でも、科学技術が想像を絶するほど進歩しているからといって、知的にも想像を絶するような天才揃いなのか、といえばさにあらず、だったりします。*1
 
 知能は人類とどっこいどっこいの彼らが、科学では人類より進歩しているのは、単に人類より先に文明を獲得したためです。基本的には。*2
 言い換えれば、人類も時間さえあればそこまで到達できることになります。
 
 もちろんSFのFは「フィクション」の略ですが、これらの設定が読者に抵抗無く受け入れられているのも事実。
 反重力、不老不死、超光速航法、タイムトラベル……。
 「科学技術というのは、限りなく進歩するものだ」*3というのは、古くからの常識のような気がします。
 
 しかし、そんな保証はどこにもないよな、と、最近思うようになりました。
 
 理由は2つ。
 

留年留年また留年。

 
 大学時代に聞いた話。
 
 数学では、画期的な発見をするのは、20代から30代前半くらいの、若い数学者なのだそうです。
 (多くの分野がそうだと思いますが)
 しかし、数学が進歩し、「先人の業績」が積み重ねられていくにつれ、独自の発見をする前に学んでおくべき事は順次増大していきます。
 
 この結果、「学び終えた時にはすでに30代後半」という現象が起きるようになってきた……というのです。
 つまり、積み上げられた知識を学習する時間が足りなくなりつつあるのです。
 
 この現象が進行すると、やがて、若いうち(あるいは「生きているうち」!)に特定の学問を修めることは不可能になり、従って、あらゆる学問分野が停滞するように思います。
 
 反論もあるかも知れません。
「物理学を学ぶのに、いちいちアリストテレスから読み直す必要はないように、新発見が常に“学ぶべきこと”を増大させるとは言えない」
 ……というような。
 
 しかし、19世紀、ニュートン万有引力の法則を発見した頃には、ちょっとした有閑市民なら、自然科学のあらゆる分野に通じていることが可能でした。
 それは「博物学」という言葉が現役だった時代でもあります。
 
 それが今や、「科学者は専門外の分野では素人同然」というのが常識のようになっています。
 レオナルド・ダ・ヴィンチは、16世紀には「万能の人」と呼ばれましたが、もし現代に生まれたら、そんな風に呼ばれることは無理だったでしょう。
 学問を修めることが、時間とともに困難になっているのは明らかです。
 修めるのが困難なら、それを進歩させるのがより困難なのは自明でしょう。
 
 単なる時間の不足、ということであれば、医学によって寿命は延びますし、逆に、より効率の良い学習法・教育法を発明して、短期間で学問を修められるようにするのが教育学の役割なのでは、と思わぬでもないのですが……。
(医学に比べ、教育学の進歩が遅々たるものなのは残念ですが。*4
 
 しかし、もう一つ、問題があります。
 理解力の限界です。
 

誰ひとり超えられない「バカの壁」。

 
 だいたい、ホモ・サピエンスの脳がこんなに大きいのは不可解な話です。
 
 人類の文明を支えているのは、人類の脳です。
 人類文明は、クロマニョン人が火を発見したり石器を作ったりするところから始まり、今や原子力だの宇宙飛行だの遺伝子操作だのに手が届くところまで進歩しました。
 
 で、それを支える脳は? と考えると、こちらは事実上なんの進歩もしていません。
 
 言い換えれば、クロマニョン人の赤ん坊を現代に連れてきて、現代人と一緒に育てれば、たぶんなんの支障もなく現代文明になじめたはずだ、ということ。
 逆に言えば、現代人の赤ん坊をクロマニョン人の社会に放り込んでも、やっぱりなんの違和感も抱かずにクロマニョン人として生涯を全うするであろう、ということでもあります。
 
 これは大変。
 
 成年に達したボノボは、人間の5歳児くらいの知能があるとか聞いたことがあります。*5
 
 一方で、もし、成年に達したのに、例えば10歳児並みの知能しかない人間がいたら、かわいそうな人扱いされるでしょう。
 
 しかし、仮に人類全体がその程度の知能だったとしても、火と投槍器くらいなら充分に発見できたはずです。(ひょっとしたら農耕も?)
 そして、その程度の文明でも、他の生物との生存競争に打ち勝ち、たぶん数万〜数十万年にわたって、他の動物より優位に立つことが可能だったでしょう。
 ……つまり、クロマニョン人がもっとバカだったら、今私たちが生きている時代よりさらに何万年も先まで安泰だった、ということです。*6
 
 だから、「生存競争に勝つ」ということだけ考えると、人類が今持っている脳というのは明らかにオーバースペックです。
 
 この宇宙で、知的種族が人類だけだ、と考えるのは現実的ではありませんが、その「知的種族」がみんな人類並みの知能だ、と考えるのもやはり変な話です。
 もしも将来、人類が地球外文明を発見したら、子ども並みの知能の住民が、初歩的な都市文明を築いている(そしてそれが何万年も続いている)のを発見するかも知れません。*7
 「火を恐れない夜行性の猛禽」とかに悩まされていそうでもありますが。
 そして、それをあっさり退治した地球人の探検隊は神のように崇拝され……というのは、ホントに古いSFですが。
 
 さて、人類は、造物主の設計ミスのお陰でうっかり手に入れた*8脳力の余剰分を振り回し、現状まで科学を発展させたわけですが、その発展が果てしなく続くとは言えません。
 
 現代ですら、各学問分野の先端理論は、一般市民には理解しがたいものになっています。
 「先端理論」がどんどん先に進み、複雑高度化するに従って、それを理解できる人の割合はどんどん減っていき、やがてゼロになる時が来るのではないでしょうか。
 ……少なくとも、有限の人類の脳が、無限に複雑な内容を理解できる、と考えるのは、あまりに楽観的でしょう。
 
 ボノボの「文明」が、メタ道具で止まっているように。
 10歳児の文明が、文字や車輪は発明できても、たぶん内燃機関を発明できないように。
 私たち人類の文明にも、どこかに限界があるのではないでしょうか。
 ことによると、それは結構近い未来に迫っているのかも知れません。
 

人工進化研究所(ゲヒルン)。

 
 まあ、
「火と投槍器だけでも十万年くらい軽くいけるかもよ」
 って書いておいて、文明の停滞を心配するのも変な話ですが。
 
 ただ、中途半端なところで進歩が止まるのが一番困るわけで。
 極端な話、科学技術が今、2008年水準で停滞したら、環境破壊で人類が滅亡するのは必至です。
 なのでとりあえず、「科学の発展は人間を幸せにする」という古典的ドクトリンに沿って話を進めます。
 
 人類が、ボノボや10歳児文明より有利なのは、どうやら自分たちの脳を分析して、ひょっとしたら自力で自分たちの性能を向上させられるかも知れない、という点です。
 
 具体的には……とか書こうと思ったんですが、いい加減長くなったので、あるかどうかわからない次回に続く。
 
次回こんなことを書こうかというメモ:
・人類はいかにダメか。「総統はまだ寝てます」
・誰でも35歳限界説。
ニューラルネットワークと「成功体験ほどニンゲンをダメにするものはにゃー」(by tikani_nemuru_M氏)
・脳のRAID化と「放浪者の軌道」(グレッグ・イーガン
・「竜の卵」(ロバート・L・フォワード
・「百万年の船」(ポール・アンダースン
・なんだSFばかりじゃないか。
・「絢爛舞踏祭」のBALLS(アルファシステム
・強制処理落ちとサクラ大戦2(セガ
・うわあこれはひどい
・ゲームの何が酷いんだこの野郎。

*1:「人類を超越した知能を持つ種族」
というのが、人類出身の作家には描けない、というだけの話かとも思いますが。

*2:「竜の卵」の話はこの記事の続きで書くかも。

*3:核戦争とか環境破壊とかあるいは抑圧的な政府とかによる停滞・退行が起きた場合は例外。

*4:教育は、一方には
「知識の詰め込みは教育の主目的ではない」
という根強い主張があります。
そしてまた一方には、
「人間が生きていくためには〜〜の知識が必要だ!」
と、その時々で違ったことを主張するえらい人たちがいます。
このため方針がぶれがちで、5年後生存率とか目に見える指標がある医学より不利なのだと思います。たぶん。

*5:「“知能”の定義は!?」
とか聞かないでください。
きっと、ボノボの方が5歳児より優れている点もあると思いますよ。

*6:文明批判とかする意図はないです。ここでは。

*7:しかし
「初歩的な文明を持った種族の発見」
っていうのはSF的には定番だな……。
大航海時代とかの経験が下敷きなのかしら。ヤな話だ……。

*8:知恵の木の実を食ったのかも知れないですが。