地縁血縁華燭の典。

昔北海道にいた時、故あってえらく長距離をタクシーで移動する羽目になりました。
 
その時、私が関東出身と知ったタクシー運転手さんが、いろいろ尋ねてきました。
 
「今度、娘が結婚するんさ」
「ああ、それはおめでとうございます」
「いや、それがね、相手が本土の人なんだわ」
 
「本土」というのは、北海道の人が本州を指す言葉です。
または「内地」とも。
 
ここは満州か。
 
「お仕事の関係とかですか?」
「うん……。 でさ、どうなの? 内地って、やっぱり色々、家のしきたりとか大変じゃないんかい?」
「えー? いやー……、どうでしょうね?」
 
現在の北海道に住んでいるのは、明治以降に入植した人々とその子孫です。
従って、室町時代からの旧家、みたいなものはほとんど存在しません。
 
このため、土地とか家のしがらみが少ないようなのです。
一方で、北海道の人にとっては、「本土」の、旧弊なしきたりとかならわしとかいうものが、大変不可解で恐ろしいものに見えるらしく。
 
「でもまあ、一口に本土と言っても、すごく広いですし、文化も土地や家によって様々ですから。ほんとに地方の農家とかならともかく、都会地ならそれほどのことはないんじゃないかと思いますし……」
「うーん……。それはまあ、そうだろうけどな……」
 
北海道では、結婚式も「会費制」とかが主流なんですね。
必要経費と参加者がわかっているなら、必要な額を人数割りすればいい、という発想で。
お金はのし袋に包んだりせず、受付で確認してもらっておしまい。
 
ドライと言えばドライですが、みんなが思い思いの額を包んで、陰で「いくら出す?」とかこそこそ相談し合っているよりはるかに合理的でもあります。
 
さて。
 
それはそうと、彼女は地方の農家の人です。
親戚もぞろぞろいれば、地域とのつながりも深く。
 
一方、私の家は、両親の家が新興住宅地。
両親の実家は200kmほど遠隔地。
祖父母の実家はさらに新幹線で何時間もかかる土地にあります。
家のしきたりとか地域のしがらみとか、北海道以上に皆無なのです。
 
「お盆は憂鬱だよー。 毎年、普段顔を見たこともない親戚の人がごちゃごちゃきてさ……」
「大変だね。……で、お盆っていつだっけ?」
「嘘ッ!? 先輩どこの国の人?」
「いや、夏にあるということくらいは知ってるけど。 うちの母さんも、『お盆ってうちは関係ないから、いつだかよくわかんないのよねー』とか言ってるし」
 
北海道に赴任することになった時、周囲の人から、頻繁に
「K村先生は長男なの?」
……と聞かれました。
 
その通りなんですが、最初のうちはなんでそんなことを聞かれるのか見当がつかず。
 
「家を継がなくていいのか」
という意味だと理解するまでにだいぶ時間がかかりました。
 
父も長男ですが、前述のごとく郷里を離れて何百里
私、お前は長男だから云々、みたいなことを親から言われた記憶は、生まれてこの方ないのです。
 
というわけで。
「でさあ、もし、結婚式をやるとなると、一体何人ぐらい来そうなの?」
「えーと……、おじいちゃんとおばあちゃんと、組内*1の人がひょっとすると夫婦で来る人もいて、
〜〜のおじちゃんと、〜〜のおばちゃんと……親戚が30人くらい」
「げ」
「それから、なんか、あたしが今いる役場だと、職場の人を呼ぶのが普通なんだって。それが15人くらい」
「うーん」
「それから、友だちと、前の職場の後輩と……全部で6・70人くらいかな?」
「……どうよ、それ……」
 
私は、両親と弟を除くと、半径200km圏内に血のつながった人が一人もいませんので。
 
「学校の人も、呼ばなくていいかなー、と思って……」
「いいの?」
「こないだ結婚した先生も、呼んでなかったし……」
「役場は体質が古いからなー……」
 
市町村役場は配置転換はあっても転勤はありません。
一方、学校は、頻繁に転勤がある上、たとえ直属の上司の機嫌を損ねても、人事権は教育委員会にあるため、左遷されるといったことがあんまりないのです。(まあ、異動希望で不利な扱いを受ける、といった話は聞きますが)
 
「だからまあ……、たぶん、四捨五入10人くらい?」
「うわー……。いいねえ……。結婚って、めんどくさいからやっぱりやだな……」
「あらー……」
 
で、母と。
「ねえ、それで、あんたたち結婚の話とかないの?」
「んー、いつ頃、とかいう話はわからないけど、かくかくしかじかという感じ」
「ふーん。まあ、うちはかまわないよ? あたしは、『先方より参加者が少ないと格が保てない!』とか、全然気にしないから。結婚するのはあんたたち二人なんだし」
「いや、先方は、『結婚は家と家の結びつきだ』って言ってたよ?」
「えー、めんどくさい。あたしそういうの嫌い」
「でまあ、ぞろぞろ何十人も参加者がいるのも嫌だから、どこか遠くで結婚式するのもいいかなー、なんて話をしてます」
「あー、いいんじゃない? 北海道なりハワイなり、どこでも好きなとこでやったら? あたしたちには写真だけ見せてくれたらいいから」
「いやあの、せめてご両親くらいには参加して頂きたいんですが」
 
タクシー運転手の娘さんは、幸せになれたのかなあ。

*1:地域の自治組織。 公的な機関ではなく、「寄り合い」とかそういうもの。